愛を教えて、キミ色に染めて【完】

夏目萌

文字の大きさ
31 / 62

13

しおりを挟む
「伊織さん……それ、本気で……言ってるんですか?」
「ああ」
「私たち、御付き合い、していたんですよね?」
「あー、まあ、そうだったかもしれねぇな」
「それなら、どうしてそんな事を、言うんですか?」

 今にも泣き出しそうな円香を前にした伊織は、一瞬気が緩みそうになる。

 本当は、今すぐにでも円香を抱き締めたい、彼女をどこか遠くに連れ去ってしまいたい、そう思っていた。

 けれど、それは出来ない。

 これからも自分は任務の為に、動かなければならない。

 円香を危険な目に遭わせる訳にはいかない。

 大切だから、愛しているから、そんな彼女には、幸せな未来を生きていて欲しい。

 今は辛くても、自分と居ない方が幸せになれるに決まってる。

 そう考えた伊織は冷めた瞳で真っ直ぐに円香を見据えると、

「俺、お前みたいな温室育ちで何も知らずに育ったような女は嫌いなんだよ、この世で一番な」

 はっきりとした拒絶を、円香に示したのだ。

「お前さ、いつまで俺に騙されてる訳?」
「え……?」
「さっき、事務所での電話の話も聞いただろ?  俺はな、ただの便利屋じゃねぇんだよ。分かるだろ?」
「……言ってる、意味が……分かり、ません」

 冷めた表情で淡々と話す伊織を前に、円香は酷く胸が締め付けられ、泣きたいのを必死に我慢していた。

「そうか、それならばはっきりと教えてやる。今までのは全て演技だ。初めて会った日の事を忘れたか?  俺は平気で嘘がつけるんだよ。どんな男でも演じられる」
「……それは、今までの事が、全て、演技だったって、事なんですか?」
「だからそう言ってるだろ?  頭悪ぃ女だな」
「…………そんな……」
「最後に一つ教えておいてやる。俺は殺し屋だ。お前とは住む世界が違う」
「殺し、屋?」
「この事は他言無用だ。言えば、お前も家族も近しい人間全ての命は無いと思え」
「…………」
「分かったら、もう二度とここへは来るな。俺の事も全て忘れろ。いいな?」
「…………そんな……本当……に?」
「二度は言わない。もう、話は終いだ。さっさと出て行けよ。さよなら、雪城  円香サン」
「…………っ」

 伊織の言葉に深くショックを受けた円香は震える身体で何とか車を降りると、そのままふらふらと歩き出して行った。

 そんな円香を、車内から見送る伊織。

 彼は、全身が震え上がるような怒りを必死で押さえ込んでいた。

 よくもあんな酷い事が言えたものだと自分自身の事が腹だたしくて仕方が無かった。

「……悪ぃな、円香。あんな言い方しか出来なくて……幸せになれよ」

 もう二度と関わる事は無いであろう彼女の幸せを願いながら、その場を動く事が出来なかった伊織はこの夜、一人車内で過ごす事にした。

 一方円香はというと、駅前からタクシーに乗って何とか自宅まで戻って来たものの誰とも口を利くことなく自室に閉じこもってしまう。

 ベッドの上に倒れ込むと、伊織の言葉を思い出しては一人涙を流して悲しみに暮れていた。

(伊織さん……本当に、全て演技だったの?)

 円香には、何が本当なのか分からなかった。

 出逢いからこれまでの日々は全て演技だと彼は言っていたけれど、そんなはずはなかったと思いたかった。

「……っ、伊織……さん……どうして……」

 その時、ふと彼が自身を『殺し屋』であると言っていた事を思い出す。

(殺し屋……もしかして、伊織さんはその事があるから、私を遠ざけようとしたの、かな?)

 勝手な解釈かもしれないけれど、円香はそう信じたかった。

 短かったけれど伊織と過ごした幸せな日々が作られたものでは無かったという事を、願わずにはいられなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

処理中です...