上 下
20 / 62

2

しおりを挟む
「つーか、こんなとこまで来るか普通、有り得ねぇな」
「おい伊織!」
「何だよ?  雷、テメェには関係ねぇだろ?  これは俺と円香の問題だ」
「それはそうかもしれないけど、もう少し言い方考えろって言ってんだよ」

 伊織の冷たい態度を見兼ねた雷斗は苛立ちを抑えきれずに詰め寄っていく。

 睨み合う二人の間に険悪なムードが流れる中、それまで黙っていた円香が口を開いた。

「すみません、いきなり来てしまって。伊織さんが怒るのも当然ですよね。私、帰ります!」
「あ、円香ちゃん!」

 円香は悲しみをこらえ瞳に涙を溜めながら、いきなり訪ねて来てしまった事を詫びると逃げるように事務所を出て行った。

「おい伊織!  何であんな風に言ったんだよ?  お前、あの子の事、特別に思ってたんじゃねぇのかよ?」
「はあ?  俺がいつそんな事言ったんだよ?  アイツと付き合ってるのは駒として使う為だって言ったよな?  事務所戻ってきたし、アイツを使う場面は無さそうだから連絡も取らなかった。自然消滅狙ったのにここまで訪ねて来るとかさ、アイツ本当に馬鹿だよな」
「……最低だな、お前」
「何とでも言えよ」

 互いに言い合い、これ以上のやり取りは無駄だと思ったのか視線を外した伊織はそのまま居住スペースである上の階へ上っていき、雷斗は事務所を飛び出し円香の後を追い掛けた。

 事務所を出て行った円香はというと、

(伊織さん、怒ってた……。勝手な事、しなきゃ良かった……)

 少し歩いた先にある小さな公園のベンチに座り、涙を流しながら自分の行動を悔いた。

 正直、円香は伊織の態度の変わりように驚きを隠せなかったのだ。

(私、嫌われちゃったのかな……鬱陶しいのかな……)

 伊織が初めての彼氏で、付き合い方すら手探り状態。

 連絡だって出来れば毎日したいけれど、忙しいのを理解しているから途切れても我慢しようと思い、ひたすら淋しさにも耐えてきた。

 だけど、連絡が途切れてしまうと不安も大きくなって、無事を確認したいと思うもの。

 突然会いに行って驚かれるかもという思いはあったけれど、まさかあんなにも歓迎されていないなんて予測出来るはずが無く、円香にとってはショックが大き過ぎた。

「円香ちゃん……」

 少し遅れてやって来た雷斗は、公園のベンチで一人悲しみに暮れている円香を見つけると、ゆっくり近付き声を掛ける。

「……早瀬、さん……。すみません、こんなところを……」

 雷斗にみっともない泣き顔を晒してしまったことを謝罪し必死に涙を拭おうとするものの、溢れ出てくるものをなかなか止めることが出来ない円香。

 そんな彼女を慰めようと隣に腰掛けた雷斗は優しく肩を抱いてこう言った。

「いいんだよ、無理に泣きやもうとしなくて。泣きたい時は泣いた方がいいよ」

 本当なら、追いかけ来てくれたのが伊織ならば、どんなに嬉しかっただろう。

 こうして肩を抱き、優しい言葉を掛けてくれたのが伊織ならば、どんなに幸せだっただろう。

 それでも、ただの顔見知り程度の自分を心配して追いかけて来てくれて、こうして慰めの言葉をくれた雷斗の優しさはとても有り難いもので、

「うっ……ひっく……」

 悲しみが一気に溢れ出した円香は涙を拭う事を止めた。

 一方伊織はというと、

「何でアイツ、こんな所まで来るんだよ……」

 ベッドに寝転がり天井を見上げながら怒りを鎮めようとするも、なかなか止める事が出来ない事に余計苛立ちが募っていく。

 何故彼があのような冷酷な態度だったのか、それは全て円香の為を思っての事だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

身代わりお見合い婚~溺愛社長と子作りミッション~

及川 桜
恋愛
親友に頼まれて身代わりでお見合いしたら…… なんと相手は自社の社長!? 末端平社員だったので社長にバレなかったけれど、 なぜか一夜を共に過ごすことに! いけないとは分かっているのに、どんどん社長に惹かれていって……

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

処理中です...