近くて遠いキミとの距離

夏目萌

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 201号室の住人が小谷くんだと分かってから数週間。

 あれ以来、今までは全く顔を合わせる機会がなかった筈なのにちょこちょこタイミングが被り、顔を合わせる日が増えた。

「おはよう、小谷くん」
「……ああ」

 彼から挨拶をしてくる事はないので基本私からしてみるものの、『おはよう』の四文字すら返さない。いつも『ああ』の二文字だけ。

(別にいいけどさ)

 特別仲良くなりたいとか、そういう訳じゃないからいいと言えばいいけど、いつかは『おはよう』と返ってくるかもなんて淡い期待を抱いてみたり。

 存在を認識すると、大学構内でもよく見掛けるようになった。

 そもそも一緒の学部で同じ学科を専攻しているから当然なのだけど杏子が言っていた通り、彼はいつも一人だった。

 講義中も殆ど寝ていてただ出席しているだけみたいだし、正直何の為に大学へ来ているのか疑問だったりする。

(まぁ、大学出の方が就職に有利だからかな?)

 私たちは文学部の国文学科という学科を専攻している。

 私の場合、どうして選んだのかと聞かれると考えが安易かもしれないけど、元から本が好きという事や昔から教科で『国語』『現文』『古典』という文系が得意だった事が挙げられると思う。

 それにこの学科は他にも、教育学、哲学や宗教学、日本語学なども学べる事から、目指せる職業も幅広い。公務員は勿論、作家、編集者、小中高それぞれの教諭などが人気だとオープンキャンパスの時には説明を受けた記憶がある。

 まだ大学に入ったばかりだから就職の事はあまり考えてはいないけど、好きな事を学んで幅が広がればと思っていた。

(小谷くんも、そういう職業目指してる……とか?  そう言えば、小谷くんって帰りは深夜になる事が多いよね)

 ここでこうして寝ているのは恐らく、深夜までバイトをしている為だと思う。

 私も週に何日かは深夜までバイトを入れているけれど、彼の場合はほぼ毎日と言ってもいい。

 いつだか私が深夜トイレに行く為に部屋を出た時に帰って来る事が何度かあったり、私も深夜までのバイトを終えて帰宅した際タイミングが被ったりした事があったから。

(そんなにお金が必要なのかな?  まぁ、私も人の事は言えないけど……)

 気付けば事ある毎に小谷くんについて考えている自分がいた。

(別に、深い意味は無いもの。好奇心からよ、うん。絶対そう!)

 どうして気になるのか、それは自分でも分からず不思議な感覚だった。


「葉月、今週末ってバイトだったりする?」

 ある日のお昼休み、食堂で杏子と杏子の知り合いの先輩で一学年上の宮野みやの  由奈ゆなさんの三人でお昼ご飯を食べていると、突然杏子が週末の予定を聞いてきた。

「ううん、今週末は久々に休みだよ」
「何か予定ある?」
「特には」

 という私の返答を聞いた杏子と由奈さんは見つめ合うとニヤリと笑みを浮かべ、「じゃあさ、合コン行こうよ!」と由奈さんが言った。

「合コン!?」

 今までそういったお誘いがなかったから、心底驚きを隠せない。

「あれ?  もしかして葉月ちゃん合コン初めて?」
「は、はい……」
「それなら今回デビューしちゃいなよ!」
「そうそう、合コンくらい今どき普通よ普通」
「は、はあ……」

 っていうか、そもそも私は恋愛経験自体なくて、『彼氏いない歴=年齢』というやつで、異性との関わりはほぼ無いのでちょっと苦手だったりする。

「相手は由奈さんの知り合いでエリート物件だよ!」
「そうよ、今回は結構当たりだと思うわ」
「で、でも……」

 折角の誘いではあるけど、私は内気で知らない人と話すのが苦手だし、何より『お金が勿体ない』と思ってしまう自分が何とも悲しい。

「ねぇ葉月、行こうよ~」
「そうだよ、葉月ちゃん可愛いんだから、自信持って!  出会いの場を大切にした方がいいよ~」
「う、うーん……」

 お誘いは有難いけど、やっぱり合コンは気が進まない。どう断ろうか半ば困り果てていると、

「ここ、いい?」

 定食のトレーを持った小谷くんが空いている私の隣の席を指差した。
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