近くて遠いキミとの距離

夏目萌

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「うう……買いすぎた」

 お米だけを買うつもりが、特売品になっていたトイレットペーパーや食材を色々と買い込んできた事で荷物が沢山になる。

 お米は1キロでそんなに重くないのだけど、左肩にはバッグを掛け、左手でお米を抱えるようにして胸に抱き、右手にはトイレットペーパーと色々な物が入ったレジ袋と、見事に両手が塞がってしまい、不便なことこの上ない。

 いつもなら十分で着く距離も大荷物のせいで二十分かかってしまい、アパートに辿り着く頃には辺りはもう真っ暗だった。

「……暗い」

 共同玄関を入ると集合受け箱が設置されている真上にある電球だけは自動で灯りがつく仕組みになっていて若干明るいが、真正面にある一階の廊下や二階に続く階段は真っ暗だった。

「……怖いよ。何で階段の下に電気のスイッチ無いのよ……」

 怖がりながらも暗闇に包まれた階段を恐る恐る上がっていく。

「えっと……電気のスイッチは……」

 そしてようやく階段を登りきり、私の右肩くらいの高さにある電気のスイッチを押そうともたついていると、キィ――と下から扉が開く音が聞こえて来た。

(下の階の人かな?  それとも同じ階の人?)

 呑気にそんな事を思っていると、その人物は階段を上がって来る。

(201号室の人だ!)

 同じ階の人が来たという事は、ここでもたついていると邪魔になるので、早く灯りをつけようと荷物を持っている右手を上げたその時、

「邪魔なんだけど」
「ひゃあっ!?」

 後ろから伸びて来た腕にびっくりした私は、間抜けな声を上げて左側にずれた。

「い、痛……」

 ずれた瞬間、左肩を思い切り壁にぶつけた私が痛がっている中、パチパチと音を立てて灯りがつく。

 灯りがついて、私のすぐ横に立つ201号室の住人の顔がはっきりと見えたのだけど、

「あ、あなたは……」

 何の因果か、201号室の住人は図書館で会った無愛想で怖かったあの、小谷  怜央だったのだ。

「こ、小谷……くん……」
「あ?  アンタ、誰?」

 彼は私に見覚えがないのか、名前を呼ばれた事で怪訝そうな表情を浮かべながら私をまじまじと見つめてくるも数秒程で、

「ああ、あの煩い女の一人か」

 図書館での事を思い出したのか一人納得していた。

 うるさくしていたのは申し訳なかったと思うけど、何とも失礼な物言いだ。

「図書館で騒いだ事は謝りますけど、その言い方はちょっと……。私は由井ゆい  葉月はづきです」

 いつまでも『煩い女』などと言われてはたまったものじゃないと彼に名前を名乗るも全く興味が無いらしい。

「あっそ」

 一言呟き私の元を離れた彼はポケットから鍵を取り出して開けると、何事も無かったかのように自分の部屋に入ってしまった。

(な、何よ……感じ悪い)

 せっかく謝ったのにあの態度は無いと思う。あまり人の事を悪く言わない杏子が『アイツ』呼ばわりしていた理由が何となく分かった気がした。

(……それにしても、まさか201号室に同じ大学の人が住んでるとはなぁ)

 しかも、同じ学部で同じ学年ときた。

 でもまあ、あの調子じゃ関わる事はないだろうけど、何だか複雑な心境だった。

 だけど、全く知らない人という訳ではないからなのか、その点少し……あくまでほんの少しだけど、安心感が生まれていたのは確かだ。

(変な人だけど……まだ素性が知れてるし、まぁ、何かあった時に助けてくれそうには見えないけど、知らない人じゃないだけマシだよね)

 アパートに住み始めてひと月ちょっと。ようやく同じ階の住人が分かって少し、ほんの少しだけ不安が取り除かれたのだった。
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