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番外編
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駐車場から公園へと続く一本道にはところどころ外灯があって歩きやすく、多少の明るさに安心感もある。
だけど、まさかこんなところに来るとは思わなかった樹奈は少しヒールのあるパンプスを履いていた事もあって、先を行く恭輔に置いていかれないようスピードを上げようとした瞬間、
「きゃっ!」
何かに躓いたのか、よろけそうになって思わず声を上げた。
「どうした?」
普段女と歩く事がない恭輔は普段通りの歩幅で歩みを進めていたので、樹奈が声を上げた事でようやく彼女と自分の間に距離が出来ていた事を知り、すぐに戻って行く。
「す、すみません……ちょっと、何かに躓いたみたいで……」
「いや、俺の方こそ済まない。てっきり俺のすぐ後ろを歩いていると思っていた」
「いえ、私が遅かったんです、すみません。もう大丈夫ですから」
体勢を立て直した樹奈は恭輔に『大丈夫』だと伝えて再び歩こうとするも、そんな彼女の前に恭輔は左手を差し出した。
「…………?」
突然差し出された手に樹奈が戸惑っていると、
「女と歩く事なんてねぇから気を回せなくて悪かった。その靴じゃ歩きにくいだろ? また何かに躓いても危険だから、繋いどけ」
気遣いが出来ていなかった事を詫びながら、手を繋ぐよう口にした。
「……ありがとう、ございます……」
樹奈が差し出された手を素直に取ると、二人は手を繋いで歩き出す。
繋がれた手からは、互いの温もりが伝わり合う。
(……何だか、不思議な感じがする)
手を繋ぐなんて大した事じゃないはずなのに、樹奈の心は騒がしい。
(本当に、どうしちゃったんだろ……私)
車に乗った時といい、今といい、明らかに恭輔を意識している自分に戸惑っていた樹奈。
それから暫く歩みを進めていくと、
「うわぁ―、綺麗!!」
山道に入った辺りから木々が増え、駐車場からつい先程まで辺り一面に木が生い茂っていた事もあって、ほぼ暗闇みたいで怖さもあった。
けれど、園内奥の方へ差し掛かると辺りを覆っていた木々は無くなり、その分景色が堪能出来るようになった途端、樹奈の視界には星空が飛び込んで来た。
「綺麗だろ? ここはな、穴場なんだよ」
「……もしかして恭輔さんは、この景色を見る為に、ここへ?」
「ああ。俺、好きなんだよ、静かな場所で星を眺めるの」
恭輔のその言葉に、樹奈は少しだけ意外だと思った。
(恭輔さんって、天体観測が趣味なんだ……)
樹奈のイメージとしては、景色とか夜空になんて、興味が無さそうだと思っていたから。
「……意外か?」
「……いえ、そんな事は……」
「隠す必要はねぇさ。俺自身、こんな趣味は似合わねぇと思ってるし」
「……正直に言うと、ちょっと意外だなって思います」
「だろ?」
「でも……素敵な趣味だと思います。私も、こういうのは好きです。車が無いから一人では来れないけど、ふとした時に一人になって全てを忘れたいって思う事、あります。綺麗なものを見ると心が洗われて、また頑張ろうって思えるんですよね」
樹奈の言葉を聞いた恭輔は、驚いていた。
自分と、全く同じ考えだったから。
(本当、不思議な女だな、コイツは。一緒に居ると、何だか心地が良い)
そして、樹奈の戸惑いと同じように恭輔もまた、樹奈に対して不思議な感覚を覚えていた。
「あそこのベンチに座るか」
「はい」
「先座ってろ。飲み物を買ってくから」
「あ、それなら私が……」
「いいから、座ってろ」
「……はい」
車を出して貰っているし、飲み物くらい自分がという思いが樹奈にはあったけれど、恭輔がそれを受け入れるとも思えなかった彼女は早々に諦め、素直にベンチへ向かって行った。
「ほら」
「ありがとうございます、いただきます」
そして、手渡されたココアの缶を受け取った樹奈は、恭輔が隣に腰を降ろしたタイミングで缶を開けて一口飲むと、暖かさと甘さと恭輔の優しさで、心の中がホッとするのを感じていた。
樹奈は、恭輔に惚れていた。
身を呈して助けてくれた、あの日から。
だけど樹奈自身、昔から惚れやすい方だと自覚している事から、これがいっときの感情なのか本気の感情なのか、イマイチ理解しきれていなかった。
それに、恭輔は極道の人間で自分とは住む世界が違うし、キャバ嬢の自分なんか見向きもされないだろう。
そう思うと、万が一この感情が本気のモノだとしても決して報われる事はないという思いがあったから、この気持ちには蓋をしようと思っていた。
「どうかしたか?」
「え?」
「表情が、沈んでいるように見えた」
「あ……いえ、何でもないんです」
「何でも無いようには思えねぇけどな?」
綺麗な星空を眺めているのに表情が沈んでいたなんて、そんなの明らかに何かあると言っている。
指摘された樹奈は、どう答えればいいか分からずに黙ってしまう。
勿論悩みはあるが、それは恭輔に対する気持ちなので本人に話す訳にはいかない。
何か他に無いか、そう考えて出て来たのは、これからの自分の身の置き方だった。
だけど、まさかこんなところに来るとは思わなかった樹奈は少しヒールのあるパンプスを履いていた事もあって、先を行く恭輔に置いていかれないようスピードを上げようとした瞬間、
「きゃっ!」
何かに躓いたのか、よろけそうになって思わず声を上げた。
「どうした?」
普段女と歩く事がない恭輔は普段通りの歩幅で歩みを進めていたので、樹奈が声を上げた事でようやく彼女と自分の間に距離が出来ていた事を知り、すぐに戻って行く。
「す、すみません……ちょっと、何かに躓いたみたいで……」
「いや、俺の方こそ済まない。てっきり俺のすぐ後ろを歩いていると思っていた」
「いえ、私が遅かったんです、すみません。もう大丈夫ですから」
体勢を立て直した樹奈は恭輔に『大丈夫』だと伝えて再び歩こうとするも、そんな彼女の前に恭輔は左手を差し出した。
「…………?」
突然差し出された手に樹奈が戸惑っていると、
「女と歩く事なんてねぇから気を回せなくて悪かった。その靴じゃ歩きにくいだろ? また何かに躓いても危険だから、繋いどけ」
気遣いが出来ていなかった事を詫びながら、手を繋ぐよう口にした。
「……ありがとう、ございます……」
樹奈が差し出された手を素直に取ると、二人は手を繋いで歩き出す。
繋がれた手からは、互いの温もりが伝わり合う。
(……何だか、不思議な感じがする)
手を繋ぐなんて大した事じゃないはずなのに、樹奈の心は騒がしい。
(本当に、どうしちゃったんだろ……私)
車に乗った時といい、今といい、明らかに恭輔を意識している自分に戸惑っていた樹奈。
それから暫く歩みを進めていくと、
「うわぁ―、綺麗!!」
山道に入った辺りから木々が増え、駐車場からつい先程まで辺り一面に木が生い茂っていた事もあって、ほぼ暗闇みたいで怖さもあった。
けれど、園内奥の方へ差し掛かると辺りを覆っていた木々は無くなり、その分景色が堪能出来るようになった途端、樹奈の視界には星空が飛び込んで来た。
「綺麗だろ? ここはな、穴場なんだよ」
「……もしかして恭輔さんは、この景色を見る為に、ここへ?」
「ああ。俺、好きなんだよ、静かな場所で星を眺めるの」
恭輔のその言葉に、樹奈は少しだけ意外だと思った。
(恭輔さんって、天体観測が趣味なんだ……)
樹奈のイメージとしては、景色とか夜空になんて、興味が無さそうだと思っていたから。
「……意外か?」
「……いえ、そんな事は……」
「隠す必要はねぇさ。俺自身、こんな趣味は似合わねぇと思ってるし」
「……正直に言うと、ちょっと意外だなって思います」
「だろ?」
「でも……素敵な趣味だと思います。私も、こういうのは好きです。車が無いから一人では来れないけど、ふとした時に一人になって全てを忘れたいって思う事、あります。綺麗なものを見ると心が洗われて、また頑張ろうって思えるんですよね」
樹奈の言葉を聞いた恭輔は、驚いていた。
自分と、全く同じ考えだったから。
(本当、不思議な女だな、コイツは。一緒に居ると、何だか心地が良い)
そして、樹奈の戸惑いと同じように恭輔もまた、樹奈に対して不思議な感覚を覚えていた。
「あそこのベンチに座るか」
「はい」
「先座ってろ。飲み物を買ってくから」
「あ、それなら私が……」
「いいから、座ってろ」
「……はい」
車を出して貰っているし、飲み物くらい自分がという思いが樹奈にはあったけれど、恭輔がそれを受け入れるとも思えなかった彼女は早々に諦め、素直にベンチへ向かって行った。
「ほら」
「ありがとうございます、いただきます」
そして、手渡されたココアの缶を受け取った樹奈は、恭輔が隣に腰を降ろしたタイミングで缶を開けて一口飲むと、暖かさと甘さと恭輔の優しさで、心の中がホッとするのを感じていた。
樹奈は、恭輔に惚れていた。
身を呈して助けてくれた、あの日から。
だけど樹奈自身、昔から惚れやすい方だと自覚している事から、これがいっときの感情なのか本気の感情なのか、イマイチ理解しきれていなかった。
それに、恭輔は極道の人間で自分とは住む世界が違うし、キャバ嬢の自分なんか見向きもされないだろう。
そう思うと、万が一この感情が本気のモノだとしても決して報われる事はないという思いがあったから、この気持ちには蓋をしようと思っていた。
「どうかしたか?」
「え?」
「表情が、沈んでいるように見えた」
「あ……いえ、何でもないんです」
「何でも無いようには思えねぇけどな?」
綺麗な星空を眺めているのに表情が沈んでいたなんて、そんなの明らかに何かあると言っている。
指摘された樹奈は、どう答えればいいか分からずに黙ってしまう。
勿論悩みはあるが、それは恭輔に対する気持ちなので本人に話す訳にはいかない。
何か他に無いか、そう考えて出て来たのは、これからの自分の身の置き方だった。
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