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プロローグ
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「家出……ね。それは突発的にって事? だって計画的な家出ならお金だって少しくらいは余分に持って来るよね?」
「……いえ、その……突発的……ではなくて以前から考えていた事です。ただ、なかなか実行に移せなくて……」
「ふーん? それは監視が厳しい、とか?」
「はい、それはあります。父親が、とにかく過保護で……」
「ああ、そう。まあキミみたいな娘ならそれも無理ないかもね」
「え……?」
「ああ、ごめん。話続けてくれる?」
「は、はい……」
話を聞いていた郁斗は、詩歌のように容姿端麗で格好や所作や言葉遣いからして明らかに良いところの生まれだと分かるので、親としては心配するのも当然だと思ったのだ。
郁斗の言葉を聞いてどこか腑に落ちない表情を浮かべた詩歌だったけれど、その事には触れずに話を続けていく。
「何度か思い留まりもしました。家を出たところで宛もないし、私には、何の取り柄もないから……」
「けど、家出を実行した。それはどうして?」
「……結婚を、させられそうになったから……」
「結婚……か」
詩歌の家出の原因は望まぬ結婚を強要されたから。しかし、良いところの生まれならば政略結婚も珍しくはない事だろう。
ただ、詩歌の話には続きがあった。
「……実は私は花房家の血を継いでいない、義理の娘なのです。生まれて間もなく施設に預けられ、十歳の時に花房家に養子として引き取られました。義母は優しくてとても良い人だったんですけど、私が高校へ上がった頃に事故で亡くなりました。それからは義父と使用人数人とで住んでいるのですが、義父は利益の為には手段を選ばない人で、私を引き取ったのも事業を大きくする為だったと最近になって知りました」
詩歌は花房家の養子として育てられて何不自由無い暮らしを送っていたのだけど、政略結婚の為に施設から引き取られたという悲しい運命を背負っていたのだ。
「勿論、育てて貰った恩もあるので政略結婚も仕方の無い事だと、初めは受け入れてました。けど……私の相手となる方は義父以上に利益優先な人間で、私を妻に迎えたら……お仕事の利益を得る為に……接待には必ず同行して……男の方の相手をするようにと、言われました。私はそんな風に使われるのが嫌で……家出を決意したんです」
そして更に、詩歌の結婚相手となる男は彼女の美しい容姿に目をつけ、接待で必ず契約を結べるよう相手の要求に何でも答えさせようとしていたのだ。
「それは、逃げたくもなるね」
そんな詩歌の話を聞いた郁斗は心底同情する。
「ただ、私が逃げようとしている事に勘づいたのか、最近では使用人たちをも使って私を監視していて、一人で家を出る事すら許されない生活が続きました。だけど昨日の夜、義父の会社でトラブルがあったようで慌ただしく会社へ出掛けていき、たまたま使用人数人が夜に家を空けていた事もあって監視が手薄だったんです……」
「それで急いで家を出て東京行きの新幹線に乗ったんだ?」
「はい。それなので大した荷物もお金も、持っては来れなかったんです……」
詩歌はひと通りの経緯を話終えると、そのまま黙り込んでしまう。
そんな彼女を尻目に郁斗は煙草を箱から取り出し口に咥えて火を点けると、ゆっくり煙を吸い込んでから、ふぅーっと煙を吐き出した。
それを何度か繰り返した後、
「それで、詩歌ちゃんはこれからどうするつもりなの?」
依然として黙ったままの彼女に、そう問い掛けた。
「……いえ、その……突発的……ではなくて以前から考えていた事です。ただ、なかなか実行に移せなくて……」
「ふーん? それは監視が厳しい、とか?」
「はい、それはあります。父親が、とにかく過保護で……」
「ああ、そう。まあキミみたいな娘ならそれも無理ないかもね」
「え……?」
「ああ、ごめん。話続けてくれる?」
「は、はい……」
話を聞いていた郁斗は、詩歌のように容姿端麗で格好や所作や言葉遣いからして明らかに良いところの生まれだと分かるので、親としては心配するのも当然だと思ったのだ。
郁斗の言葉を聞いてどこか腑に落ちない表情を浮かべた詩歌だったけれど、その事には触れずに話を続けていく。
「何度か思い留まりもしました。家を出たところで宛もないし、私には、何の取り柄もないから……」
「けど、家出を実行した。それはどうして?」
「……結婚を、させられそうになったから……」
「結婚……か」
詩歌の家出の原因は望まぬ結婚を強要されたから。しかし、良いところの生まれならば政略結婚も珍しくはない事だろう。
ただ、詩歌の話には続きがあった。
「……実は私は花房家の血を継いでいない、義理の娘なのです。生まれて間もなく施設に預けられ、十歳の時に花房家に養子として引き取られました。義母は優しくてとても良い人だったんですけど、私が高校へ上がった頃に事故で亡くなりました。それからは義父と使用人数人とで住んでいるのですが、義父は利益の為には手段を選ばない人で、私を引き取ったのも事業を大きくする為だったと最近になって知りました」
詩歌は花房家の養子として育てられて何不自由無い暮らしを送っていたのだけど、政略結婚の為に施設から引き取られたという悲しい運命を背負っていたのだ。
「勿論、育てて貰った恩もあるので政略結婚も仕方の無い事だと、初めは受け入れてました。けど……私の相手となる方は義父以上に利益優先な人間で、私を妻に迎えたら……お仕事の利益を得る為に……接待には必ず同行して……男の方の相手をするようにと、言われました。私はそんな風に使われるのが嫌で……家出を決意したんです」
そして更に、詩歌の結婚相手となる男は彼女の美しい容姿に目をつけ、接待で必ず契約を結べるよう相手の要求に何でも答えさせようとしていたのだ。
「それは、逃げたくもなるね」
そんな詩歌の話を聞いた郁斗は心底同情する。
「ただ、私が逃げようとしている事に勘づいたのか、最近では使用人たちをも使って私を監視していて、一人で家を出る事すら許されない生活が続きました。だけど昨日の夜、義父の会社でトラブルがあったようで慌ただしく会社へ出掛けていき、たまたま使用人数人が夜に家を空けていた事もあって監視が手薄だったんです……」
「それで急いで家を出て東京行きの新幹線に乗ったんだ?」
「はい。それなので大した荷物もお金も、持っては来れなかったんです……」
詩歌はひと通りの経緯を話終えると、そのまま黙り込んでしまう。
そんな彼女を尻目に郁斗は煙草を箱から取り出し口に咥えて火を点けると、ゆっくり煙を吸い込んでから、ふぅーっと煙を吐き出した。
それを何度か繰り返した後、
「それで、詩歌ちゃんはこれからどうするつもりなの?」
依然として黙ったままの彼女に、そう問い掛けた。
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