1 / 90
プロローグ
1
しおりを挟む
「……あの、お願いですから通してください」
寒さが一層厳しくなった一月半ばのよく晴れた昼下がり、駅から繁華街を通り抜け、どこかゆっくり休める場所はないかと探していた女性が一人、いつの間にか雑居ビルが建ち並ぶ人通りの少ない裏路地へ迷い込んでいた。
彼女の名前は花房 詩歌。化粧っ気の無い顔だけど既に顔が整っている所謂美人顔ゆえ、パッと見ただけでも思わず誰もが振り返る様な魅力的な女性だ。
艶のある綺麗な黒髪を右下辺りで一つに束ね、黒のタートルネックセーターに白地にピンク調の花柄が描かれたフレアスカートを穿き、上には白いコートを羽織っている彼女は清楚なお嬢様に見える。
そんな詩歌は明らかに治安の良くない通りだと分かりそうな程人通りの少ない道をひた歩き、野良猫やカラスが荒らした跡なのか無造作に捨てられたゴミが辺り一面に散らばっている廃ビルの前で、煙草を吸いながらスマホに視線を落として屯っている数人の男たちが顔を上げた事で目が合った。
「あれ? こんなところでどうしたの?」
「道に迷った……とか?」
「そりゃ大変だ。こんな所にキミみたいな女の子一人なんて危険だよ」
「そうそう、紳士な俺らが安全な場所まで連れてってやるよ」
男たちは親切心を装いながら怯える詩歌に群がると囲むように立ちはだかった事で、身の危険を感じた彼女は震える声で冒頭の台詞を呟いたのだった。
男たちは一見愛想が良さそうに見えるものの、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら品定めでもするかのように詩歌を見ている事や、派手な髪色にピアスを付け、安っぽいジャケットから覗く派手な柄のシャツや襟元や手の甲などに入れ墨らしきものが入っている事からして、ろくな男たちでないというのが容易に想像出来る。
(早く、ここから逃げないと……)
しかし、四人の男に四方を囲まれている詩歌は逃げるに逃げられず、どうしたものかと途方に暮れる。
パッと見た感じ周りに人は見当たらないけれど、もしかしたら近くに人が居るかもしれない。
その僅かな望みに懸けた彼女が「誰か、助けて――」と大声を上げようとした刹那、詩歌の後方に立っていた金髪ロン毛で一番背の高い男に口を塞がれてしまう。
「んんっ! んー!」
それには予想外だったのか、口を塞がれた詩歌は塞ぐ手から逃れようと必死にもがくも男の力に敵うはずもなく、
「ほら、大人しくしないと……痛い目に遭うよ? この意味、分かるよね?」
更には彼女の前方に立っていた短髪茶髪で小柄な男がズボンのポケットから小型のナイフを取り出すと、刃先をチラつかせながら大人しくするよう脅してきたのだ。
そうなるともはや打つ手はなくなり、大人しくせざるを得ない。
恐怖に怯えた詩歌の力が抜けたのを見計らった四人はビルの横にある袋小路へ連れ込もうと彼女の身体を持ち上げた、その時、
「――うるせぇなぁ……せっかく人が気持ちよく昼寝してたってのに邪魔しやがって……」
廃ビルの裏口が開くと同時に一人の男が欠伸をしてボサついた黒髪の頭を掻きながら呑気に姿を現した。
「何だ、テメェは」
「それはこっちの台詞だっての。男四人がそんな子供一人に群がりやがって……どうしようもねぇな」
「うるせぇよ! テメェには関係ねぇだろーが!」
馬鹿にされた事に腹を立てた短髪茶髪男がナイフ片手に黒髪男へ振りかざす。
その光景がちょうど見えていた詩歌は、黒髪男が殺されると思い、恐怖から咄嗟に目を瞑ったのだけど、
「うっ……」
という呻き声と共にカランカランと地面に何かが落ちる音が聞こえたと思ったら、
「ゲホッ……ゴホッゴホッ」
今度は深く咳き込み、もの凄く苦しそうな声なのが心配になった詩歌は恐る恐る目を開いてみると、
(え……?)
蹲って咳き込んでいたのは黒髪男ではなく、短髪茶髪のナイフを持っていた小柄な男の方だった。
寒さが一層厳しくなった一月半ばのよく晴れた昼下がり、駅から繁華街を通り抜け、どこかゆっくり休める場所はないかと探していた女性が一人、いつの間にか雑居ビルが建ち並ぶ人通りの少ない裏路地へ迷い込んでいた。
彼女の名前は花房 詩歌。化粧っ気の無い顔だけど既に顔が整っている所謂美人顔ゆえ、パッと見ただけでも思わず誰もが振り返る様な魅力的な女性だ。
艶のある綺麗な黒髪を右下辺りで一つに束ね、黒のタートルネックセーターに白地にピンク調の花柄が描かれたフレアスカートを穿き、上には白いコートを羽織っている彼女は清楚なお嬢様に見える。
そんな詩歌は明らかに治安の良くない通りだと分かりそうな程人通りの少ない道をひた歩き、野良猫やカラスが荒らした跡なのか無造作に捨てられたゴミが辺り一面に散らばっている廃ビルの前で、煙草を吸いながらスマホに視線を落として屯っている数人の男たちが顔を上げた事で目が合った。
「あれ? こんなところでどうしたの?」
「道に迷った……とか?」
「そりゃ大変だ。こんな所にキミみたいな女の子一人なんて危険だよ」
「そうそう、紳士な俺らが安全な場所まで連れてってやるよ」
男たちは親切心を装いながら怯える詩歌に群がると囲むように立ちはだかった事で、身の危険を感じた彼女は震える声で冒頭の台詞を呟いたのだった。
男たちは一見愛想が良さそうに見えるものの、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら品定めでもするかのように詩歌を見ている事や、派手な髪色にピアスを付け、安っぽいジャケットから覗く派手な柄のシャツや襟元や手の甲などに入れ墨らしきものが入っている事からして、ろくな男たちでないというのが容易に想像出来る。
(早く、ここから逃げないと……)
しかし、四人の男に四方を囲まれている詩歌は逃げるに逃げられず、どうしたものかと途方に暮れる。
パッと見た感じ周りに人は見当たらないけれど、もしかしたら近くに人が居るかもしれない。
その僅かな望みに懸けた彼女が「誰か、助けて――」と大声を上げようとした刹那、詩歌の後方に立っていた金髪ロン毛で一番背の高い男に口を塞がれてしまう。
「んんっ! んー!」
それには予想外だったのか、口を塞がれた詩歌は塞ぐ手から逃れようと必死にもがくも男の力に敵うはずもなく、
「ほら、大人しくしないと……痛い目に遭うよ? この意味、分かるよね?」
更には彼女の前方に立っていた短髪茶髪で小柄な男がズボンのポケットから小型のナイフを取り出すと、刃先をチラつかせながら大人しくするよう脅してきたのだ。
そうなるともはや打つ手はなくなり、大人しくせざるを得ない。
恐怖に怯えた詩歌の力が抜けたのを見計らった四人はビルの横にある袋小路へ連れ込もうと彼女の身体を持ち上げた、その時、
「――うるせぇなぁ……せっかく人が気持ちよく昼寝してたってのに邪魔しやがって……」
廃ビルの裏口が開くと同時に一人の男が欠伸をしてボサついた黒髪の頭を掻きながら呑気に姿を現した。
「何だ、テメェは」
「それはこっちの台詞だっての。男四人がそんな子供一人に群がりやがって……どうしようもねぇな」
「うるせぇよ! テメェには関係ねぇだろーが!」
馬鹿にされた事に腹を立てた短髪茶髪男がナイフ片手に黒髪男へ振りかざす。
その光景がちょうど見えていた詩歌は、黒髪男が殺されると思い、恐怖から咄嗟に目を瞑ったのだけど、
「うっ……」
という呻き声と共にカランカランと地面に何かが落ちる音が聞こえたと思ったら、
「ゲホッ……ゴホッゴホッ」
今度は深く咳き込み、もの凄く苦しそうな声なのが心配になった詩歌は恐る恐る目を開いてみると、
(え……?)
蹲って咳き込んでいたのは黒髪男ではなく、短髪茶髪のナイフを持っていた小柄な男の方だった。
2
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結

虚弱なヤクザの駆け込み寺
菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。
「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」
「脅してる場合ですか?」
ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。
※なろう、カクヨムでも投稿
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
お酒の席でナンパした相手がまさかの婚約者でした 〜政略結婚のはずだけど、めちゃくちゃ溺愛されてます〜
Adria
恋愛
イタリアに留学し、そのまま就職して楽しい生活を送っていた私は、父からの婚約者を紹介するから帰国しろという言葉を無視し、友人と楽しくお酒を飲んでいた。けれど、そのお酒の場で出会った人はその婚約者で――しかも私を初恋だと言う。
結婚する気のない私と、私を好きすぎて追いかけてきたストーカー気味な彼。
ひょんなことから一緒にイタリアの各地を巡りながら、彼は私が幼少期から抱えていたものを解決してくれた。
気がついた時にはかけがえのない人になっていて――
表紙絵/灰田様
《エブリスタとムーンにも投稿しています》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる