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 何も答えない私に構わず、田所さんは話を続けていく。

「先日、竜之介様が帰宅される直前、何かを言い掛けていましたよね?  あの時何を言おうとしていたのか、教えていただけますか?」
「……それは、その……」

 私はあの日、田所さんから話を聞いてから、一人で悩んだ。

 彼を想うなら、離れるべきかもしれないと考えた。

 だけど、

 それはやっぱり違うんじゃないかと思い直した。

「……彼のご両親や田所さんの言う事は、勿論理解しているつもりです。私だって、彼の将来の負担にはなりたくないと、思いますから」
「でしたら話は早いですね。この前お話した通り全ての保証は名雪家の方で致しますから、竜之介様の元を離れて頂けますね?」

 私の言葉を聞いて、そう問い掛けてくる田所さん。

 確かに今の流れからして、私は彼の元を離れる決意をしたかのような返しだったかもしれない。

 だけど、それは違う。

 私はあの日から一人でずっと考えた。

 ただ、いくら考えても、

 竜之介くんが傍に居ない未来は――見えなかった。

 仮に、家柄の事でどうしても離れなくてはいけない日が来たとしても、

 竜之介くん本人から別れを告げられれば、私はそれを受け入れる覚悟だって出来る。

 でも、本人以外の人から言われて別れを選ぶのは、やっぱりおかしいと思うのだ。

 だから、私が出した答えは――

「――申し訳ありませんが、それはお断りします。竜之介くん本人から言われるのなら受け入れるつもりでいますが、他の方から言われて離れる選択をする事は出来ません。ごめんなさい……」

 本人以外に何を言われても、それに従う事は出来ないという回答だった。

「…………そうですか、亜子様のお気持ちは良く分かりました」

 私の思いを分かってくれたらしく、この話は終わりを迎える……のかと思いきや、

「――ですが、これは亜子様の為でもあるのです。だから助言を申し上げたのですが、分かっていただけないようですね」
「……え?」

 私の為だと言った田所さんはソファーから立ち上がると無言のままでこちらへ向かって来て――

「――私は貴方が傷付く姿を、見たくない。悪い事は言わないから、離れる選択をすべきだ」

 背もたれに両手を付いた田所さんに上から見下ろされ、ソファーと彼に挟まれる形に追い込まれた私は突然の事態に言葉を発する事も動く事も出来ない。

「今だって、竜之介様は貴方という恋人がいるにも関わらず、嘘を吐いて、親に逆らう事も出来ず、見合いをしているのですよ?」
「そ、……れは……」
「貴方に心配を掛けない為の嘘だとしても、一度嘘を吐けば、それを重ねるしか無くなります。それでも一緒に居られれば、貴方は幸せですか?」
「…………」
「そんなに辛く、周りからも祝福されない恋愛なんて、止めるべきだ――」

 そして、田所さんは右手を背もたれから離すと私の顎を指で掬い、少しずつ顔を近づけて来た。
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