お前の全てを奪いたい【完】

夏目萌

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FIFTH

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「芹……」
「……真美……」

 俺たちの前に姿を見せたのは真美だった。

 暫く見ない間に、何だか酷く窶れた気がした。

「……ようやく見付けた……捜したよ?  お店に全然居ないし、連絡も出来ないし……」

 そう言いながらゆっくり、一歩ずつ俺らと距離を詰める真美。

 よく見ると右手には……包丁が握られていた。

 それに気付いた周りの野次馬たちは、

「ヤバい! あの女、包丁持ってる!」
「誰か、警察!  警備員呼んでよ!」

 なんて騒ぎながら距離を取っていた。

「おい、真美……」
「何?  芹」
「それ……」
「ああ、これ?  ふふ、だって必要でしょ?  邪魔者は、これで排除しなきゃ」

 真美は包丁を顔の近くまで持ってくると、そう言いながら刃先を環奈へ向けた。

「おい真美、止めろ!」
「芹、この女に騙されてるのよ。こんなキャバ嬢、私の敵じゃないわ。大丈夫、すぐに消してあげる。そしたら芹は、私と居られるでしょ?」

 言いながら真美は環奈へと距離を詰めていく。

「環奈、早く俺の後ろに」
「で、でも……」
「アイツはお前を殺そうとしてんだ。下がってろ」

 渋る環奈を背に庇い、俺は真美と対峙する。

「……何で?  どうしてその女を庇うの?」
「真美、聞いてくれ。環奈は悪くない。悪いのは全部、俺なんだ。きちんと向き合わなかった俺が悪かった。ごめん、真美」
「……どうして、謝るの?  私は、そんな事、望んでない!  私は、私はただ、芹と一緒に居たいだけなの!!  その女から離れてよ!!  アンタ、早く芹から離れて!!」

 そして、包丁を振り回しながら俺と環奈へ向かって来ようとした、その時、

「きゃっ、離して!!  離せぇ!!」

 駆けつけた警備員と警官によって、真美は取り押さえられた。

 こうして騒ぎは収まり、当事者の俺たちは警察から事情を聞かれ、一時間後くらいに解放された。

「悪かったな、巻き込んで」
「いえ、私だって関係ありますから……気にしないでください」

 車に戻る為に地下駐車場へとやって来た俺たち。

 車へ向かって歩いていた、その時、

「――ッ!?」

 突然腹部に何か強い痛みと衝撃を感じた。

「万里さん?」

 痛みのある腹を触ってみると、

「…………ッ、」

 手には血が付き、腹から血が流れ出ていた。

「万里さん!?  い、いや……、だ、誰かぁ!!」
「……ッ」

 俺はその場に倒れ込み、環奈の悲鳴に近い叫び声が耳に入ってくる。

 倒れた時、ふと横に視線を向けると車の影から誰かがこちらを見ていた。

 それは痛みを感じる直前横を通り過ぎた女で、どこか見覚えのある人物だったのだけど、それを思い出す事が出来ないくらい、俺の意識は朦朧としていった。

 いつか、こうなる事は、何となく予想出来ていたのかもしれない。

 そりゃそうだ。

 金の為に女騙して、良い顔して、不要になったら切り捨てる。

 こんな事してたら、怨まれても、刺されても仕方ない。

 自業自得なんだ。

 環奈と出逢う前の俺なら、別にそんな最期を迎えても運命とやらを受け入れる事も出来ただろう。

 だけど、今は無理だ。

 俺はまだ、死にたくない……。

 ようやく見つけた、好きな人。

 何よりも、誰よりも愛おしいと思える人。

 そんな、この世で一番大切な環奈と離れるなんて、嫌なんだ。

 こんな事を思うのは狡いって解ってる。

 けど俺は、まだ死ねない。

 環奈との未来を……、歩んでいきたいから……。


「……っ、……」

 暗闇の中、誰かが泣いている声が聞こえてくる。

(この声は、環奈?)

 何も見えない暗闇の中を必死にもがきながら手を伸ばすと、

「万里さん!?」

 急に視界が明るくなったと同時に眩しさに俺が重い瞼をこじ開けると、

「……万里、さん……っ」

 大きな瞳に沢山の涙を溜めながら、環奈は俺の名前を呼んで手を握りしめてくれた。

「万里さん、良かった……目、覚ましてくれて……っ」
「……環奈……」

 イマイチ状況を理解しきれていない俺と安心したのか静かに涙を流している環奈の横から礼さんと明石さんが顔を見せてきた。

「万里、心配したぞ」
「連絡を受けた時は驚き過ぎて時が止まったよ」
「……礼、さん……明石、さん……」
「覚えてるか?  お前、モールの地下駐車場で刺されたんだよ。処置が早かったおかげで大事には至らなかったが、少し遅れてたら命が助かったか分からねぇ」
「…………」

 二人の話を聞いて、こうなった時の記憶が徐々に蘇る。

(そうだ、確かあの時、すれ違った女に刺されたんだ……)

「万里、刺した相手に覚えはあるか?」
「環奈や目撃者の話によると、女だという事は分かってるんだが、誰かまでは分からねぇんだ」

 そう問い掛けられ、俺は意識を失う直前に目が合った女の姿を必死に思い浮かべる。

 その時、俺はある人物を思い浮かべながら、

「……あれは、もしかしたら、花蓮……かも、しれねぇ……」

 そう、名前を呟いた。
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