お前の全てを奪いたい【完】

Prolog

2

「ねぇ芹ぃ、今日はラストまで居られるからさぁ、終わったらいつものところ、行こ？」

　席に着き、高い酒を次々と注文していく彼女、櫻庭さくらば  真美は国内外のアパレル企業で名を轟かせている櫻庭ホールディングスの一人娘で、とにかく金回りが良い。

　それでいて親が彼女には甘いようでカードも預けているし、こうしてホストクラブに入り浸って一夜で何百万と使っていても大して咎められないとか。

　真美は、万里の腕に自身の身体をピタリと付け、胸元を強調しながらアフターに誘ってくる。

「あー、ごめん、今日は駄目なんだよ」
「え～？  まさか、他の女と約束してるの？」
「いや、違うよ。今日は店長の付き合いで行くとこがあるんだ。だから、また今度な？」
「……本当に？」
「ああ、本当だって。つーか、真美が一番だって、いつも言ってるだろ？」

　真美の頬に手を掛け、顎を持ち上げて見つめ合うと、彼女はキスされるとでも思ったのか艶っぽい表情を浮かべた後、瞳を閉じて唇を奪われるのを待っている。

　けれど万里にそんな気はさらさら無くて、親指の腹で真美の唇をなぞりながら耳元に顔を近付け、

「――キスはまた今度、ベッドの上で、な」

　そう囁くと、真美は頬を紅く染めながら、

「やだもぉ、芹ってばぁ」

　なんて言いながら満更でも無さそうな顔をしているから万里は、やっぱり女は単純だなと思っていた。

　勿論、こんな台詞は真美一人だけに言ってる訳じゃない。

「失礼します。芹さん、今野こんの様がお見えになってます」

　万里たちの席に黒服がやって来て彼の常連が来た事を告げるや否や、真美の表情がみるみる険しいものへと変わり、あからさまに機嫌が悪くなる。

「今野って、あの地味女よね？  私と芹の邪魔するとか本当失礼だわ」

　おまけに万里の常連だと分かった上で、相手を貶めるような言葉を放つものだから、

(毎度の事ながら、コイツ本当性格悪過ぎだろ)

　真美の性格の悪さに心底ウンザリする万里。

「悪いな、ちょっと行ってくるわ」

　怒りを露わにする真美の頭を軽くポンと撫でながら声を掛けた万里は、別の客の席に向かって歩いて行くのを、頬を膨らませて拗ねた真美が見送った。

「久しぶりだね、花蓮かれん」
「芹さん、ごめんなさい、なかなか来られなくて」

　真美がさっき馬鹿にしていた彼女――今野  花蓮は、全くと言っていい程着飾っていないせいか華やかさは無いけれど、元が良いのか薄化粧だけどなかなかの美人だったりする。

「謝らないでよ。こうして会いに来てくれて嬉しいよ」

　言いながら万里が花蓮のすぐ横に腰を下ろして彼女の肩を抱くと、未だ慣れないのか頬を真っ赤に染め、身体を少し強ばらせているのが分かる。

「いい加減慣れようよ、ここへ来るようになって、もうすぐ半年だろ？」

　それというのも花蓮は元から男慣れしていなくて、ここへ通うようになったのも『男慣れしたいから』という理由が始まりだった。

　初来店した時に比べればかなり成長はしたものの、身体に触れられたりするのはまだ慣れないらしく、初心な反応を見せている。

(花蓮みたいな女は、相手する分には楽だよな)

　真美とは違いがっついていない、化粧も薄い、派手さも無い花蓮は相手をするのに物凄く楽なようで、先程よりもいくらか楽しそうな万里。

　基本お酒を飲みながら話をする事が一番の目的らしい花蓮は、彼と会えなかった期間に起きた出来事などを話していく。

「失礼します、芹さん、真美さんがだいぶお怒りで……その、シャンパンタワーをするから戻って来いと……」

　そんなさなか、真美がもう待てないと気を引く為かシャンパンタワーを入れるから万里に戻れと言う。

(相変わらず、我儘な女だな……)

　真美の我儘ぶりにウンザリ気味の万里は頭を掻きながら小さく溜め息を吐く。

「花蓮、ごめんな。呼ばれてるから行ってくるわ」
「ううん、気にしないで」
「サンキュー、それじゃ、行ってくる」

　万里が彼女の髪を撫でてから席を立つと、花蓮は少し寂しげな表情を浮かべたものの、そういうものだと割り切りったのか、笑顔で見送った。

　その後、真美がシャンパンタワーを入れた事で場内は盛り上がり、金に物を言わせて周りを牽制したのも束の間、万里の常連客が来店する事までは止められず、その度に席を離れた万里を何かしらの方法で気を引いては、自分の元へ呼び戻していた。

(全く、親が金持ちのお嬢様って奴は……金の使い方、ヤバ過ぎだろーよ)

　別に他の女の相手をしたい訳でも無い万里だけど、まるで自分の所有物みたいに金で物を言わせている真美には常にウンザリ気味で閉店時間が近付くにつれて万里の表情には疲れの色が見えていた。