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それぞれの過去

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「ママー!  ゆうま、ママとあれのりたい!」
「え?  うーん、ママああいうのはちょっと苦手だから……こっちのお馬さんにしない?」

 入口で出迎えていた動物たちとの戯れが終わり、ようやくアトラクションに興味を示した悠真が初めに乗りたいと言って指差したのは子供向けのジェットコースター。

 けれど子供向けと言ってもそれなりにスピードもあってジェットコースターが苦手な真彩はあまり気が進まないので、その近くにあるメリーゴーランドにしようと提案するも、

「いや!  ゆうまはあれがいい!」

 どうしてもジェットコースターが良いと譲らない。

「そっか……それじゃあ、あれにしようか」
「わーい!  ママ、はやく!」

 気は進まないけれど、ここで悠真の機嫌を損ねても仕方がないと覚悟を決めた真彩が悠真とジェットコースターへ向かって歩きだそとすると、

「姉さん、ジェットコースターは俺が一緒に行きますよ!  苦手なんスよね?」

 理仁と何やら話をしながらも二人のやり取りを見ていた朔太郎が代わると言い出した。

「悠真、俺と一緒じゃ駄目か?」
「ママもいっしょがいい……」

 普段なら朔太郎と一緒で喜ぶ悠真だが、何故か今日は真彩とも一緒が良いと言う。

「ママとは別の乗り物に乗れば良いだろ?  それにな、こういうのは男同士の方が絶対楽しいって!  な?」
「……じゃあ、ママとはおうまさんにのる!」
「よし、じゃあ行くぞ、悠真!」
「うん!」

 朔太郎の説得のおかげで納得した悠真は、真彩と理仁に手を振ってジェットコースターへと走って行く。

「真彩、俺らはあそこに座って待つか」
「あ、はい」

 残された理仁と真彩はジェットコースターが見える位置にあるベンチに座って悠真たちが戻って来るのを待つ事にした。

「悠真、楽しそうだな」
「はい。理仁さんがチケットをくださったおかげです。本当にありがとうございます」
「礼を言われるような事じゃねぇよ。このくらい言えばいつでも出してやる」
「いえ、こういう所はたまに来るから良いんです。今まで悠真には殆ど遠出なんてさせてあげられなかったから、こうして連れて来てもらえて助かります」
「まだ詳しく聞いた事がなかったが……お前と悠真はここへ来る前、どうしてたんだ? ずっと職も住まいも無かった訳じゃねぇんだろ?」
「……勿論です。きちんと仕事もしていましたし、住まいもありました。悠真が生まれる前から生まれて一年程は、貯金を切り崩しながら家賃の安い古いアパートに住んでいて、悠真が一歳になる前には働き始めようと職探しをしていました。そんな時見つけたのが隣の市の個人経営のラーメン屋さんで、事情を話したら悠真も一緒で問題無いと言われたので、そこで住み込みで働かせてもらっていたんです。優しい夫婦とその息子さんの三人が暮らしていて、私と悠真を快く迎えてくださったんです」

 理仁に問われ、真彩は理仁と出逢う前の暮らしについて話し始めた。

「飲食店は初めての経験だったので、初めは少し苦労したんですけど、来る方たちも常連の方が殆どだし、アットホームな雰囲気ですぐ馴染めました」

 働いていたというラーメン屋では真彩も悠真も家族のように扱われ、楽しく過ごせていたという。

「だけど、今から約一年程前、ご夫婦のもう一人の息子さんが帰ってきてから、全てが変わってしまいました」

 けれどそこの夫婦のもう一人の息子の存在が、真彩の運命を大きく変えてしまったようだ。

「仕事で色々あったみたいで、酷く心を閉ざしていました。それまでは自宅兼店舗だったので悠真は幼稚園や保育園にも通わせずに面倒を見ながら働いていたのですが、その息子さんの迷惑になるといけないので日中は保育園に通わせる事になりました。それなので、日中は自宅にその息子さんが一人だけ。私は店舗での仕事の他に自宅の家事も任されていたので、家事をこなしている間はその息子さんと二人になってしまうんです。暫く経ったある日、その息子さんから言い寄られました。初めは揶揄っているだけだと思ったんです。でも、その後も執拗く迫られました」

 真彩はその息子から言い寄られるようになり、その事を誰にも相談出来ないまま日が過ぎていったという。

「それから、理仁さんと出逢う二ヶ月程前、私がそのラーメン屋さんを追い出される原因になった出来事がありました」

 そして、理仁と出逢う二ヶ月程前に、真彩と悠真はある出来事が原因でラーメン屋を追い出される事になってしまったという。

「その日もいつものように言い寄られていたんですけど、それだけでは終わらなくて……腕を引かれて、床に押し倒されて、馬乗りになられて……服を、強引に脱がされました。必死に抵抗したんですけど、そのまま無理矢理――」

 思い出した真彩の身体は微かに震え、それでも話を続けようとしていた真彩に理仁は、

「――もういい。悪かった、嫌な事を思い出させて。もういいから」

 身体を引き寄せ、それ以上話さなくていいと中断させた。

 その後の事は話さなくても想像出来たらしい理仁。真彩もそれが分かったのだろう。それ以上その事について話す事は無かった。

 けれど真彩は気付いていなかった。理仁にはバツイチという話をしていたのに、悠真の父親の存在を一切出していなかった事に。

 しかし朔太郎から報告を受けていた理仁はそれに気付かないフリをして、ここで惇也の存在について尋ねる事はしなかった。
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