愛し愛され愛を知る。【完】

夏目萌

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常に危険と隣り合わせだけど怖くない

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「マーマ!  いっしょにあそぼ?」

 朝、皆が朝食を食べ終えて各々が出掛けて行った事もあって屋敷内には数人の組員しかいない状況の中、暇を持て余した悠真は忙しなく動いている真彩の元へやって来るや否や『遊ぼう』と声を掛けてくる。

「悠真、ママは今お仕事してるから遊べないの。良い子だからお部屋で遊んでてくれるかな?」

 相手をしてあげたい気持ちはあるものの、鬼龍家はとにかく広く部屋数も多い上に朔太郎や翔太郎を含め、十人の組員が共に生活している事もあって何をするにも時間がかかる。

 それでいてこの屋敷に家政婦が真彩以外いないものだから真彩の仕事が減る事はない。

 仕事を終えて手が空いた組員たちが手伝ってくれるまでは全ての家事を一人でこなさなければならないので悠真の相手をする時間が殆ど取れないでいた。

「ひとりいや!  つまらない!」
「悠真、我がまま言わないの」
「いや!」

 これまで悠真はあまり我がままを言う事もなかったのだけど、生活環境が大きく変化した事や強面の大人たちが沢山居る中で生活をしているせいか、不安もあるのだろ。

 屋敷に来てから約二週間が過ぎたものの一人は不安なのか常に真彩にベッタリ状態。

 こうなると何を言っても聞かない事を分かっている真彩は暫く無視をするという強行手段に出る。

「マーマ!  ねぇってば!」

 しかし悠真も負けじと真彩に話し掛け続け、結局折れるのはいつも真彩の方なのだけど、

「悠真、あねさんは忙しいんだから我がまま言うなよ。俺が遊んでやるから部屋行くぞ」

 庭の掃除が済んだ朔太郎が台所に顔を出した事で、真彩は作業を中断せずに済む事になった。

「朔太郎くん、いつもごめんね。今日も悠真をよろしくお願いします」
「お易い御用ッスよ!  俺、子供嫌いじゃねぇし!  ほら悠真、部屋まで競走だ!」
「さくにはまけない!」

 初日に飴を貰った事が嬉しかったのか悠真は朔太郎に気を許し、すっかり懐いている。

 それもあって朔太郎は理仁から悠真の面倒を優先的に見るように言い付けられているので、仕事が終わると必ず悠真の相手をしていた。

「それじゃあ姉さん、悠真の事は気にしないで仕事頑張ってください!」
「ありがとう」

 そんな朔太郎のおかげで静けさを取り戻した台所で、真彩は中断していた朝食の片付けを再開した。

(朔太郎くんは人懐っこいから悠真も懐いてて有難いな。でも『あねさん』って呼ぶのは何とかして欲しい……)

 別に呼び方くらい……とは思うけれど、強面の男や派手な風貌の男が外で『姉さん』と呼ぶと、周りはあまり良い反応をしないし、真彩自身周りから白い目で見られるのが嫌だったりする。

 ただ、呼び方については初めの方に話をお願いしてはみたものの、真彩は二十六歳、朔太郎は二十歳という事もあって朔太郎からすると真彩は姉のような存在らしい事、理仁の大切な女性という認識から真彩の呼び方は『あねさん』が妥当だと判断し、それ以外に呼べないと言うので諦めたのだ。

(まぁでも、皆私にも悠真にも良くしてくれるから……ここへ来て良かったな)

 初めは不安と緊張でミスをする事も多々あり落ち込んだ日もあったけれど、心に余裕が出来るとミスはしなくなり、強面の組員たちとも会話を交わせるようになって、仕事は大変だけど毎日楽しく過ごせている事が嬉しくもあり幸せだと感じていた。

(さてと、次は洗濯物干して、その後は掃除。午後は朔太郎くんとスーパーへ買い出し。頑張るぞ!)

 台所の片付けを終えた真彩はこれからの予定を頭の中で確認しながら、次々と仕事に取り掛かっていった。

「姉さん、これで全部ッスか?」
「そうだね、買いすぎても仕方ないから、今日はこれくらいでいいかな」
「了解ッス!  じゃあ俺が会計済ませて来ますんで、姉さんはここに居てください」
「分かった、ありがとう」

 昼食を終え、悠真が昼寝をしている隙に朔太郎と二人スーパーへ買い出しにやって来た真彩。

 理仁から悠真の面倒を見るよう言い付けられている朔太郎は余程の事がない限り屋敷に居る事もあって、買い出しは大抵朔太郎と一緒だった。

「姉さん、お待たせしました!」
「いつもごめんね。私も半分持つよ?」
「いやいや!  姉さんに荷物なんて持たせられないッスよ!  それにこれくらい俺一人で余裕ッスから!」
「そう?   それじゃあ、お言葉に甘えてお願いします」
「任せてください!」

 買い出しは週に三度と決めているのでその都度数日分のメニューを考えながら買い物へ来ているのだけれど、住んでいるのが真彩以外皆男性である事から毎回結構な量を買い込む事になる。

 だから、いくら朔太郎でも袋を三つも四つも一人で持つのは大変な訳で真彩も持つといっているのだけど、『女子供には優しく』をモットーに掲げている朔太郎は女性の真彩に大変な思いをさせたくないと必ず一人で運んでいた。

「よし、そろそろ帰らないと悠真が起きちゃうかもしれないッスね」
「そうだね。泣き出すと見てくれてる翔太郎くんも困っちゃうだろうから早く戻らないと」
「――と、すみません、電話掛かって来たんで先に車乗っててください!」
「うん、分かった」

 荷物をトランクにしまい車に乗り込もとしていた朔太郎のスマホの着信音が鳴り響く。

 真彩に先に車に乗るよう言った朔太郎は電話に出ながらドアを閉めると、車から少し離れた場所で電話の相手と会話をする。

(聞かれちゃまずい話……なのかな)

 状況からそう判断した真彩は買い物をして貰ったレシートを眺めていると、買い忘れがあった事に気付いた。

(どうしよう……朔太郎くんはまだかかりそうだな)

 窓から朔太郎を見ると電話の相手と揉めているのか、険しい表情を浮かべている。

(ササッと行って買ってきちゃおうかな)

 まだ時間が掛かるのならば待っている間に買って来る方が効率良いと判断した真彩。

 バッグから小さなメモ帳を取り出し、【買い忘れがあったから買いに行ってきます】という書置きを運転席の分かりやすい場所に置いて車を後にした。

 それから数分が経ち、

「すみません姉さん、お待たせしました!」

 後部座席に乗っているはずの真彩に声をかけながら車に乗り込んだ朔太郎だったが、

「姉さん?」

 真彩が居ない事に気付くと彼の顔は一気に青ざめていき、探しに行く為車を降りようとすると真彩の残した書置きに気づいた。

「ったく!  危機感足りなさ過ぎだって!」

 そして、いつになく焦りの色を浮かべた朔太郎はすぐさま車を降りてスーパーへと向かって行った。
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