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出逢いと始まり
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「……はぁ、どうしよう……」
通勤通学時間という事もあって、人が忙しなく行き交う繁華街。
とあるビジネスホテルを出た一人の女性は溜め息を吐くと上着のポケットから一枚の名刺を取り出して、それを眺めながらゆっくり歩き始める。
彼女の名は神宮寺 真彩。
白地に無地のトップスにデニムのパンツスタイルで、くたびれた黒のトレンチコートを羽織っている。乱雑に切られたミディアムボブの黒髪は手入れがされていないのか艶を失い少し痛み始めていた。
経済的に少し余裕が無いのか、ただ単にお洒落に無頓着なだけなのかは分からないけれど、彼女自身元が良く身なりを整えればモデルや女優にも負けず劣らずの美人ゆえ、今のこの見た目はもの凄く勿体なく残念に感じられる。
「やっぱり、こういう仕事も視野に入れないと、無理なのかな……」
そんな真彩が持っている名刺は、とあるスカウトマンから貰った物で、昨晩仕事を探して繁華街を彷徨いていた時に声を掛けられ手渡されたものだった。
スカウト――と言っても芸能界というわけではなく、キャバクラとか所謂夜のお仕事関係のもの。
「もう、選んでる場合じゃないよね。どんな仕事でも……やらないと生きていけないもの」
真彩は理由あって今現在無職。ついでに言うと住む場所も失って一時的にホテルで生活している状態だ。
何故そのような状況に陥っているのかという事はひとまず置いておくとして、貯金を切り崩して今の生活を始めてもうすぐひと月半、このまま続けていけば確実に貯金は底をついてしまうので、真彩はとにかく焦っていた。
「仕方ないよね、これしかないんだから」
彼女自身夜の仕事には多少偏見や抵抗もあるし、おまけに酒も接客も苦手なのだが選べる立場ではないので、迷いがあるものの『いつでも連絡して』と言っていたスカウトマンの言葉を思い返した真彩は電話をかけようと人混みから離れて脇道へ向かう。
「うーん、でもなぁ……」
けれど、スマホを手に名刺に書いてあった番号を押しては迷い、なかなか決心がつかない真彩。
「今日一日探してみて、見つからなかったら電話しよう……」
もう少しだけ仕事を探してみて、それでも見つからないようなら電話をしようとスマホをポケットにしまい歩き始めた、その時、
「あっ!」
スマホを片手に向かいからやって来た人とぶつかり、バランスを崩した真彩は手にしていた名刺を落としてしまった。
「悪い、大丈夫か?」
「あ、はい。こちらこそ、よそ見していたもので……」
ぶつかったのは三十代くらいの男で、長身細身で程よい筋肉質の男らしい身体付きをしている。話した感じは物腰が柔らかく優しそうな人……ではあるものの、真彩が顔を上げて今一度相手をよく見ると、金髪にサングラスを掛けて左右の耳にはいくつものピアスをつけた見た目に驚き、一瞬固まってしまう。
「ほら」
「ひ……拾ってくれて、ありがとうございます……」
落とした名刺を拾って手渡してもらったのでお礼を口にしながら受け取ると、男の右手の甲に龍の刺青があるのを見つけた真彩は思わず息を飲んだ。
(この人、ヤバい人だ……早く、この場から立ち去ろう)
見た目で判断するのは良くないけれど、明らかに堅気の人間では無く、どこかヤクザっぽい雰囲気を醸し出している彼に若干の恐怖を感じてしまった真彩は、あまり関わり合いになりたくないと思い軽く会釈をして早々に立ち去ろうとするも、
「おい」
何故か男とすれ違いざまに腕を掴まれ突如行く手を阻まれてしまう。
「えっと……何か?」
強引なその行動に驚いた真彩は立ち止まり、何か失礼な事をしてしまったのではと恐る恐る尋ねてみる。
「……お前、そいつの紹介で働くんか?」
けれど、思いもしない言葉が返ってきた事で真彩は思わず首を傾げた。
「……え……?」
「それだよ、それ。お前が持ってる名刺、スカウトマンのだろ?」
話が見えていない真彩に気付いた金髪の男は、彼女が手にしている名刺を指差しながら再度問い掛ける。
「あ、はい……仕事を探しているので……。それじゃあ、失礼します」
名刺の話だと分かった真彩は質問に素直に答えて再びその場を去ろうとするも、
「そいつはやめた方がいい。キャバクラ紹介するとか上手い事言って、最後は風俗に連れて行くから」
「……え?」
去り際に後ろから掛けられた言葉が気になった真彩は足を止めて、再び金髪男に向き直った。
「……それ、本当ですか?」
「ああ、間違いない」
「……そう、ですか……。教えてくれてありがとうございます」
騙されるのを未然に防げたのだから喜ぶのが当然の反応だと思うのだが真彩の反応は寧ろ逆で、金髪男はその反応が酷く気になったのだろう。
「何で浮かない顔をするんだ? そんなにキャバクラで働きたいのか?」
理由を知りたくなった男は再度真彩に問い掛ける。
「いえ、違うんです。別にキャバクラで働きたい訳ではなくて……その、お給料が良くて住み込みか寮が完備されている場所を探していて……そんな条件が揃うのは水商売かなと思っただけなんです」
真彩が夜の店で働きたい理由を知った男は何やら考えるように黙り込み、
「……そうか、それなら俺が仕事を紹介する。どうだ?」
少し考えた後、自分が仕事を紹介すると言い出した。
通勤通学時間という事もあって、人が忙しなく行き交う繁華街。
とあるビジネスホテルを出た一人の女性は溜め息を吐くと上着のポケットから一枚の名刺を取り出して、それを眺めながらゆっくり歩き始める。
彼女の名は神宮寺 真彩。
白地に無地のトップスにデニムのパンツスタイルで、くたびれた黒のトレンチコートを羽織っている。乱雑に切られたミディアムボブの黒髪は手入れがされていないのか艶を失い少し痛み始めていた。
経済的に少し余裕が無いのか、ただ単にお洒落に無頓着なだけなのかは分からないけれど、彼女自身元が良く身なりを整えればモデルや女優にも負けず劣らずの美人ゆえ、今のこの見た目はもの凄く勿体なく残念に感じられる。
「やっぱり、こういう仕事も視野に入れないと、無理なのかな……」
そんな真彩が持っている名刺は、とあるスカウトマンから貰った物で、昨晩仕事を探して繁華街を彷徨いていた時に声を掛けられ手渡されたものだった。
スカウト――と言っても芸能界というわけではなく、キャバクラとか所謂夜のお仕事関係のもの。
「もう、選んでる場合じゃないよね。どんな仕事でも……やらないと生きていけないもの」
真彩は理由あって今現在無職。ついでに言うと住む場所も失って一時的にホテルで生活している状態だ。
何故そのような状況に陥っているのかという事はひとまず置いておくとして、貯金を切り崩して今の生活を始めてもうすぐひと月半、このまま続けていけば確実に貯金は底をついてしまうので、真彩はとにかく焦っていた。
「仕方ないよね、これしかないんだから」
彼女自身夜の仕事には多少偏見や抵抗もあるし、おまけに酒も接客も苦手なのだが選べる立場ではないので、迷いがあるものの『いつでも連絡して』と言っていたスカウトマンの言葉を思い返した真彩は電話をかけようと人混みから離れて脇道へ向かう。
「うーん、でもなぁ……」
けれど、スマホを手に名刺に書いてあった番号を押しては迷い、なかなか決心がつかない真彩。
「今日一日探してみて、見つからなかったら電話しよう……」
もう少しだけ仕事を探してみて、それでも見つからないようなら電話をしようとスマホをポケットにしまい歩き始めた、その時、
「あっ!」
スマホを片手に向かいからやって来た人とぶつかり、バランスを崩した真彩は手にしていた名刺を落としてしまった。
「悪い、大丈夫か?」
「あ、はい。こちらこそ、よそ見していたもので……」
ぶつかったのは三十代くらいの男で、長身細身で程よい筋肉質の男らしい身体付きをしている。話した感じは物腰が柔らかく優しそうな人……ではあるものの、真彩が顔を上げて今一度相手をよく見ると、金髪にサングラスを掛けて左右の耳にはいくつものピアスをつけた見た目に驚き、一瞬固まってしまう。
「ほら」
「ひ……拾ってくれて、ありがとうございます……」
落とした名刺を拾って手渡してもらったのでお礼を口にしながら受け取ると、男の右手の甲に龍の刺青があるのを見つけた真彩は思わず息を飲んだ。
(この人、ヤバい人だ……早く、この場から立ち去ろう)
見た目で判断するのは良くないけれど、明らかに堅気の人間では無く、どこかヤクザっぽい雰囲気を醸し出している彼に若干の恐怖を感じてしまった真彩は、あまり関わり合いになりたくないと思い軽く会釈をして早々に立ち去ろうとするも、
「おい」
何故か男とすれ違いざまに腕を掴まれ突如行く手を阻まれてしまう。
「えっと……何か?」
強引なその行動に驚いた真彩は立ち止まり、何か失礼な事をしてしまったのではと恐る恐る尋ねてみる。
「……お前、そいつの紹介で働くんか?」
けれど、思いもしない言葉が返ってきた事で真彩は思わず首を傾げた。
「……え……?」
「それだよ、それ。お前が持ってる名刺、スカウトマンのだろ?」
話が見えていない真彩に気付いた金髪の男は、彼女が手にしている名刺を指差しながら再度問い掛ける。
「あ、はい……仕事を探しているので……。それじゃあ、失礼します」
名刺の話だと分かった真彩は質問に素直に答えて再びその場を去ろうとするも、
「そいつはやめた方がいい。キャバクラ紹介するとか上手い事言って、最後は風俗に連れて行くから」
「……え?」
去り際に後ろから掛けられた言葉が気になった真彩は足を止めて、再び金髪男に向き直った。
「……それ、本当ですか?」
「ああ、間違いない」
「……そう、ですか……。教えてくれてありがとうございます」
騙されるのを未然に防げたのだから喜ぶのが当然の反応だと思うのだが真彩の反応は寧ろ逆で、金髪男はその反応が酷く気になったのだろう。
「何で浮かない顔をするんだ? そんなにキャバクラで働きたいのか?」
理由を知りたくなった男は再度真彩に問い掛ける。
「いえ、違うんです。別にキャバクラで働きたい訳ではなくて……その、お給料が良くて住み込みか寮が完備されている場所を探していて……そんな条件が揃うのは水商売かなと思っただけなんです」
真彩が夜の店で働きたい理由を知った男は何やら考えるように黙り込み、
「……そうか、それなら俺が仕事を紹介する。どうだ?」
少し考えた後、自分が仕事を紹介すると言い出した。
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