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Episode4
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「不審者……? 亜夢、とりあえず中に入ろう」
「う、うん……」
騒ぎを聞いた百瀬くんは私の手を引いてパーティーが行われているホールへ戻ろうと口にした、その時、
「はあ? どうして入れて貰えない訳?」
「だから、招待状を持っていない者を通す訳には行かない、帰りなさい」
「うるさいわね! いいから通しなさいよ! 私はここに居る姉に用があって来てるのよ!」
入り口の方から、警備員の声に混じって聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「お姉ちゃん! 居るんでしょ? 話があるのよ! ねえ!」
その声は行方知れずになっていた有紗のもので、百瀬くんと顔を見合せた後、すぐに声のする方へ走って行く。
「有紗!」
「お姉ちゃん、やっぱり居た! ちょっと、離してよ!」
「あの、すみません、その子は私の妹です。離してもらえますか?」
「……かしこまりました」
警備員の一人に掴まれていた有紗が腕を振り払おうとしているのを見兼ねた私が離すようお願いすると、有紗は自由になり私の方へ身体を向けた。
「失礼しちゃうわ、全く」
「有紗、貴方今までどこに居たの? 沢山の人に迷惑を掛けて……」
「うるさいなぁ、どこだっていいでしょ? アンタには関係無いじゃない」
「……それで、その関係無い私に、一体何の用なの?」
「話があるって言ったのに来てくれないから、直接来てあげたのよ」
「……それについては、悪いと思ってるわ。このところ忙しくて会いに行く事が出来なかったのよ」
「大企業に嫁いだんだもんね、忙しくて当然よねぇ」
「……わざわざ来てくれてありがとう。話なら、今ここで聞くわ。何?」
「はあ? 立ち話をさせるの? お茶の一つも出してくれない訳?」
「悪いけど、そんな義理は無い。不満があるなら今すぐに帰って」
「はぁ……お姉ちゃん、ちょっと変わったね? 性格悪くなった? 大好きな人と一緒になれて、調子に乗ってる? 本当、ムカつく……」
言いながら上着のポケットに手を入れた有紗。
その行動に私は勿論、百瀬くんや少し離れた場所に控えていた警備員の人が注視していると、
「何かもう、全てが嫌になったのよね、分かる? 死のうとしたの。でも痛いのは嫌だったから、薬飲んだりお酒沢山飲んだのに死ね無かった。目を覚ませば相変わらずお母さんは煩いし、何かもうウンザリ! お姉ちゃんは色々な事が上手くいってるからって上から目線でイラつくし……」
そのまま一歩、有紗が私と百瀬くんに向かって動き出した。
そんな有紗を止める為に警備の人が近付こうとすると、ポケットから手を出した有紗は、
「動かないで!! 動くと、今ここで私、自分を刺すわ。本気よ? もう生きててもいい事ないし、全てがどうでも良くなったの! どうせ死ぬなら、アンタの目の前で死んでやろうって思ってるんだから!」
手にしたカッターナイフを自身の首元に向けながら、そう叫んだ。
「有紗、落ち着いて……」
精神が不安定な有紗は言葉通り、自暴自棄になって本当に自身を傷付けるつもりかもしれない。
それは流石にまずいと私は有紗を落ち着かせる為に言葉を掛け、百瀬くんは彼女を刺激しないよう警備員たちに目配せをすると、中にいる警備にも伝わったのか、ホールから外が見えないように窓にはカーテンが降ろされていく。
今この場にいる警備員は二人だけ。
他の人は先程の不審者を警戒して塀の外に行っているから。
「話、ちゃんと聞くから、ね? だから、落ち着こう?」
「何よ今更! アンタのそういう余裕そうなところが嫌いなのよ! 大切な物奪ってもいつもすぐに諦めた顔してさぁ、何なの? ムカつかない訳? もっと怒ればいいじゃない! やり返してくればいいじゃない!」
有紗はかなり興奮しているようで、落ち着いて話をするのが無理そう。
百瀬くんによって有紗から再び距離を取った警備の人たちは万が一に備えて動ける位置には居るものの、それを警戒している有紗は変わらずカッターの刃を自身に向けている。
とにかく今は有紗からカッターを遠ざけなければと私はもう一度有紗に声を掛ける。
「お願い有紗、刃物は危ないから、その場に捨てて。落ち着いて、きちんと話し合おう?」
「そうだよ、こんな事したって、何にもならないだろ?」
私に乗じて百瀬くんも言葉を掛けてくれたのだけど、
「うるさいうるさいうるさい!! 心配してるフリしてるだけじゃない! 本当は私になんか居なくなって欲しいって思ってるくせに! 人生上手くいったからって調子に乗らないでよ!」
何を言っても有紗を刺激するだけのようで、半ばお手上げ状態。
そして、
「……私に死んで欲しくないなら、お姉ちゃん、こっちに来てよ」
何故だか有紗は私に傍へ来るよう口にした。
これには流石に警戒してしまい、すぐには頷けない。
「ほら、やっぱり口ばっかり。死んで欲しいんでしょ? それじゃあ、お望み通り、アンタたちの目の前で死んでやる!!」
いつまでも答えを出さない私に痺れを切らせた有紗が「死ぬ」と言いながらカッターを手にした右手を振り上げた、その瞬間――私の隣に居た百瀬くんがすかさず有紗の方へ駆け寄り、
「きゃっ!? 離して!!」
振り下ろそうとしていた右手首を両手で掴んでいた。
「百瀬くん!」
「離せ!!」
「おい、落ち着けって!」
「うるさい! 離せって言ってんのよ!!」
私や警備の人たちが二人に駆け寄ろうとした次の瞬間、掴まれていなかった左手で力の限り百瀬くんを押し退けた有紗は彼が一瞬手の力を緩めた隙をついて逃れようと腕を動かしていたその時、
「――ッつ……」
「百瀬くん!!」
カッターの刃が百瀬くんの右手の甲から右腕に当たり、切れた傷口からはみるみるうちに血が滲んでいった。
「う、うん……」
騒ぎを聞いた百瀬くんは私の手を引いてパーティーが行われているホールへ戻ろうと口にした、その時、
「はあ? どうして入れて貰えない訳?」
「だから、招待状を持っていない者を通す訳には行かない、帰りなさい」
「うるさいわね! いいから通しなさいよ! 私はここに居る姉に用があって来てるのよ!」
入り口の方から、警備員の声に混じって聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「お姉ちゃん! 居るんでしょ? 話があるのよ! ねえ!」
その声は行方知れずになっていた有紗のもので、百瀬くんと顔を見合せた後、すぐに声のする方へ走って行く。
「有紗!」
「お姉ちゃん、やっぱり居た! ちょっと、離してよ!」
「あの、すみません、その子は私の妹です。離してもらえますか?」
「……かしこまりました」
警備員の一人に掴まれていた有紗が腕を振り払おうとしているのを見兼ねた私が離すようお願いすると、有紗は自由になり私の方へ身体を向けた。
「失礼しちゃうわ、全く」
「有紗、貴方今までどこに居たの? 沢山の人に迷惑を掛けて……」
「うるさいなぁ、どこだっていいでしょ? アンタには関係無いじゃない」
「……それで、その関係無い私に、一体何の用なの?」
「話があるって言ったのに来てくれないから、直接来てあげたのよ」
「……それについては、悪いと思ってるわ。このところ忙しくて会いに行く事が出来なかったのよ」
「大企業に嫁いだんだもんね、忙しくて当然よねぇ」
「……わざわざ来てくれてありがとう。話なら、今ここで聞くわ。何?」
「はあ? 立ち話をさせるの? お茶の一つも出してくれない訳?」
「悪いけど、そんな義理は無い。不満があるなら今すぐに帰って」
「はぁ……お姉ちゃん、ちょっと変わったね? 性格悪くなった? 大好きな人と一緒になれて、調子に乗ってる? 本当、ムカつく……」
言いながら上着のポケットに手を入れた有紗。
その行動に私は勿論、百瀬くんや少し離れた場所に控えていた警備員の人が注視していると、
「何かもう、全てが嫌になったのよね、分かる? 死のうとしたの。でも痛いのは嫌だったから、薬飲んだりお酒沢山飲んだのに死ね無かった。目を覚ませば相変わらずお母さんは煩いし、何かもうウンザリ! お姉ちゃんは色々な事が上手くいってるからって上から目線でイラつくし……」
そのまま一歩、有紗が私と百瀬くんに向かって動き出した。
そんな有紗を止める為に警備の人が近付こうとすると、ポケットから手を出した有紗は、
「動かないで!! 動くと、今ここで私、自分を刺すわ。本気よ? もう生きててもいい事ないし、全てがどうでも良くなったの! どうせ死ぬなら、アンタの目の前で死んでやろうって思ってるんだから!」
手にしたカッターナイフを自身の首元に向けながら、そう叫んだ。
「有紗、落ち着いて……」
精神が不安定な有紗は言葉通り、自暴自棄になって本当に自身を傷付けるつもりかもしれない。
それは流石にまずいと私は有紗を落ち着かせる為に言葉を掛け、百瀬くんは彼女を刺激しないよう警備員たちに目配せをすると、中にいる警備にも伝わったのか、ホールから外が見えないように窓にはカーテンが降ろされていく。
今この場にいる警備員は二人だけ。
他の人は先程の不審者を警戒して塀の外に行っているから。
「話、ちゃんと聞くから、ね? だから、落ち着こう?」
「何よ今更! アンタのそういう余裕そうなところが嫌いなのよ! 大切な物奪ってもいつもすぐに諦めた顔してさぁ、何なの? ムカつかない訳? もっと怒ればいいじゃない! やり返してくればいいじゃない!」
有紗はかなり興奮しているようで、落ち着いて話をするのが無理そう。
百瀬くんによって有紗から再び距離を取った警備の人たちは万が一に備えて動ける位置には居るものの、それを警戒している有紗は変わらずカッターの刃を自身に向けている。
とにかく今は有紗からカッターを遠ざけなければと私はもう一度有紗に声を掛ける。
「お願い有紗、刃物は危ないから、その場に捨てて。落ち着いて、きちんと話し合おう?」
「そうだよ、こんな事したって、何にもならないだろ?」
私に乗じて百瀬くんも言葉を掛けてくれたのだけど、
「うるさいうるさいうるさい!! 心配してるフリしてるだけじゃない! 本当は私になんか居なくなって欲しいって思ってるくせに! 人生上手くいったからって調子に乗らないでよ!」
何を言っても有紗を刺激するだけのようで、半ばお手上げ状態。
そして、
「……私に死んで欲しくないなら、お姉ちゃん、こっちに来てよ」
何故だか有紗は私に傍へ来るよう口にした。
これには流石に警戒してしまい、すぐには頷けない。
「ほら、やっぱり口ばっかり。死んで欲しいんでしょ? それじゃあ、お望み通り、アンタたちの目の前で死んでやる!!」
いつまでも答えを出さない私に痺れを切らせた有紗が「死ぬ」と言いながらカッターを手にした右手を振り上げた、その瞬間――私の隣に居た百瀬くんがすかさず有紗の方へ駆け寄り、
「きゃっ!? 離して!!」
振り下ろそうとしていた右手首を両手で掴んでいた。
「百瀬くん!」
「離せ!!」
「おい、落ち着けって!」
「うるさい! 離せって言ってんのよ!!」
私や警備の人たちが二人に駆け寄ろうとした次の瞬間、掴まれていなかった左手で力の限り百瀬くんを押し退けた有紗は彼が一瞬手の力を緩めた隙をついて逃れようと腕を動かしていたその時、
「――ッつ……」
「百瀬くん!!」
カッターの刃が百瀬くんの右手の甲から右腕に当たり、切れた傷口からはみるみるうちに血が滲んでいった。
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