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番外編
【日菜子視点】早く大人になりたくて・1
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青空に向かってポーンと放たれたバレーボール。
お日様と重なったそれは、私めがけて綺麗な弧を描きなが落ちてくる。
ボールが落ちてくる場所を見定めながら右往左往して、両手を差し出したのも虚しく。
腕の脇を掠めながらボールは落ちて、バウンドを繰り返しながらコートの外へと出ていった。
ボールを取りに走る味方チームの姿を目で追いながら、敵チームが「いぇーい♪」と声を上げながらハイタッチしているのを背中で感じる。
今は体育の授業の真っ最中。
体育はあんまり好きじゃない。百歩譲って『好きじゃない』
きっぱりハッキリ言えば苦手で嫌いで、もうどうしようもないってレベル。
小学校の頃からどんなに頑張っても、成績表で3以上はお目にかかったことがない。
私の運動神経はきっと脳内のどこかでプッツリ切れている。
自分の頭の中なんて見たことないけど、そんな気がする。
私の守っている所は点数稼ぎに絶好の場所なんだと思う。
さっきから明らかにここが集中して狙われている。
ニヤニヤしている敵チーム。
味方チームの感情も私にとっては似たようなもの。
ため息にも憤りにも近い感情をすぐ傍で感じて、自分がコートの中でひとりぼっちになってしまったような気がする。
でも、それが何だって言うの。
顔を上げて前を見据える。
今の状況で私にできることは、唇をきゅっと結び直して、次こそはとボールを待ち構えることだけ。
例え苦手なことだとしても、それを諦める気は毛頭ない。
どんな逆境にいても、気持ちだけは絶対負けない。負けたくない。
再び自分の元に飛んできたボールを追いかけて、数歩後ろに下がる。
目に入る太陽が眩しい。
持ち上げた頭がクラクラして、一瞬意識が途切れたような気がした。
「あ……」
それはほんの、ほんの一瞬のことだったと思うけど。
次に気づいた時にはボールはもう眼前まで迫っていて。
あぁ……。
それでやっと諦めがついた。
私にできることはもう何もないんだって。
バシーン!と言う大きな音と衝撃を顔いっぱいに受け止めて。
前途……多難だなぁ……。
ゆっくりと目を閉じる。
体のバランスを後ろに崩しながら、今度こそ本当に意識を手放す羽目になった。
***
ひんやりした誰かの手がおでこに当たってる。
「おい、日菜子! 気がついたか? 大丈夫か!?」
遠くで愛しい人の声が聞こえたような気がした。
夢? それとも、恋しすぎてついに幻聴が聞こえるようになっちゃったとか?
サトちゃんは仕事を、私は学校生活に専念するようになって暫く経つ。
毎日指折り数えているけど、サトちゃんの原稿が上がるのはもう少し先。私がサトちゃんに大手を振って会いに行けるのももう少し先。
今頃は、アシスタントさん達が入ってサトちゃんのアパートが活気づいてる頃なんだろうな。
会えない日が延びていく、この生活にもいい加減慣れないといけないのに……。
ハァ……と深いため息をついて、ゆっくりと目を開くと、心配そうな顔がふたつ私を覗き込んでいた。
ひとりは髪を肩で切り揃えているお母さんくらいの年齢の白衣の女性。もうひとりはサトちゃん。
サトちゃん……。
なんでサトちゃん!?
思わずガバッと跳ね起きると、白衣の女性とサトちゃん両方から肩を掴まれてベッドに押し戻された。
「だーもー! 頭打ってるから! 急に起きるんじゃねーって」
改めて辺りを見回せば――視界の半分はベットの周りを囲うカーテンで隠されているけど――どうやらここは学校の保健室。白衣の人は記憶が朧げだけど、保健の先生で間違いなさそうだった。
サトちゃんが保健室にいるという非現実的な光景に、やっぱこれは夢だな! と確信する。
「愛里さん、体育の授業でボールが頭に当たって倒れたのよ。倒れた時に頭を強く打ってるかもしれないから安静にね」
「あぁ……」
確かに体育の授業から記憶がプッツリ途切れている。
じゃあこれは、そこから続いてる夢なのかな。
「ボール見てたら、なんかクラクラしたんだよね……」
「貧血気味だったのかもしれないわね。今日はもう帰って休んだ方がいいわよ。担任の先生には話しておくから。一日は安静にして、吐き気がしたり頭の痛みが強くなったら病院に行くのよ?」
「…………はい」
「じゃあ、川内さん。あとは宜しくお願いします」
「ありがとうございました」
ボーッとした頭で、保健の先生とサトちゃんのやりとりを交互に見る。
「じゃあ、タクシー呼ぶから。帰るぞ日菜子」
「帰る? どうせ夢なら時間がもったいないじゃん。ここでイチャイチャしてこうよ」
ポンポンとベッドの上を叩く。
さすがの私でも現実じゃこんなこと言えないけど、夢だから大胆になれちゃうんだなー。
もうどこで何してたっていいよね。どうせ夢だしね。
学校の保健室で恋人とイチャイチャするなんて……まるで漫画みたいな展開。
ニマニマしている私とは対照的に、サトちゃんは困惑を通り越して、ちょっと青ざめた顔をしていた。
「おまえ、本当に大丈夫なのか?」
「ちょっとおぉ! 保健室でいかがわしいことしないでよ?」
業務に戻ったと思った保健の先生が、勢いよくベッドのカーテンを開けて怖い顔で睨んでくる。
「いやいや。あり得ませんから! 絶対しませんから!」
全力で顔を振って否定しているサトちゃんを見ながら、はて? 夢なのに全然思い通りにならないなぁ……と訝しむ。
サトちゃんは、そんな私に向き直り深い深いため息をついた。
「あのな日菜子。今日はおばさんから連絡が着たんだよ『日菜子が倒れたって学校から電話があったから心配だ』って。それでおばさんの代わりに俺が迎えに来てんの」
「えっ」
お母さんは昨日から単身赴任先のお父さんの所に行っている。
お母さんが迎えに来れないから、サトちゃんがここにいるってこと?
この不思議なシチュエーションの辻褄が合って、私はようやくこれが現実だということに思い至った。
サトちゃんと私の体面を守るため、緩んだ顔をキュッと引き締め優等生モードにシフトする。
「すみません。なんか私、打ち所悪かったみたいですね」
まだこちらをジッと見ている保健の先生に、至って真面目にそう言ってはみたものの……。
手遅れ感は否めなかった。
鞄を教室に取りに行く。
もう次の授業が始まっているので廊下は静かで、サトちゃんは少し気まずそうに顔を窓に向けながら、廊下の隅を歩いていた。
私のクラスは化学室に移動したらしく、教室には誰もいなかった。
サトちゃんは私のクラスが新鮮なのか、自分が高校生だった頃が懐かしいのか、キョロキョロと物珍しそうに教室を見渡している。
私は机の横にかけてある鞄を探った。
取り出したスマホにはお母さんからの着信が1件入っていた。
1件。たったの1回、私が電話に出られなかっただけで娘にかけるのを諦めて……。
「……なんで、すぐサトちゃんに連絡しちゃうんだろ……? 信じらんない……」
「いっそ高校に提出してる緊急連絡先を俺のスマホにしてもらう?」
あっけらかんと笑ってるサトちゃんを尻目に、両親への怒りがわいた。
「それにおばさん、日菜子と連絡がとれたとしても『大丈夫』って言われると思ったんじゃね?」
「そりゃ言うよ。どうせお母さん遠くにいるし。体調悪くなったって『じゃあサトちゃんにお願いしよっかな~』って発想になるもん」
「それならやっぱり俺に直接連絡した方が早いじゃんか」
「えぇぇー」
堂々巡りで、結局そうなるの?
「昔から、いっつも。いっつもそうだよ。なんで……兄弟でもないのに……川内家への迷惑も考えないでさ……うちの両親はホント無神経だよ……。サトちゃんは漫画家で忙しいって……お母さんだって知ってる筈なのに……」
「おばさん、ほんわりした人だからな。俺が何やってんのかイマイチピンときてなさそうだよな……」
「やだよ、もう。ホントしっかりして欲しい」
「なんで。可愛い人じゃんか。おばさんのこと悪く言うなって。おばさん、おじさんのこと大好きなのに離れてて心配なんだよ。でも、おじさんのとこにいる間、今度は日菜子のことが心配なんだよ。ジレンマ抱えてるんだって」
「……そりゃぁ……。お父さんのことが大好きなのに、引っ越さないで! っていう私の願いを聞き入れてくれたお母さんには感謝してる……感謝してるよ。でも……」
「でも?」
「……私はサトちゃんに迷惑かけたくないんだよ……」
わかってる。
お母さんだってお父さんに会うのをずっと我慢してる。
私にお母さんのことなんて言えない。
泣いて喚いて我儘言って、この状況を作りだした私にもきっと責任はある筈だから……。
「そんな寂しいこと言うなって。俺としては安心だけど? なんかあったら真っ先に連絡来る方が」
「でも……」
「てゆーかさ。言えよ。おばさんがおじさんとこに行ってるなら。日菜子、家帰ってもひとりじゃんか」
「でも3日間だったし……。サトちゃん締め切り近いし……」
「何日だろうが家にひとりになる時は絶対連絡しろよ。なんで普段はグイグイくる癖に遠慮するんだよ」
「…………」
「まぁ、アシスタント入ってるから、家狭いけどさ。飯くらい一緒に食おうぜ? 俺、原稿やってるかもしれないけど、学校で何があったか話して欲しいし」
「…………行っても……いいの?」
「……え、なんで、だめ?」
「日菜子もう原稿触っちゃいけないし……」
「別にいけなかないけど、そこは一応線引きしとこうぜ……」
「……邪魔したくないし……」
「邪魔なわけないだろ!」
なんとなくサトちゃんの顔が見られなくて目を逸らした。
今のは卑屈だった、と自分でも思い反省する。
今までは、ずっと仕事の戦力としてサトちゃんの役に立っていた自負があったけど、何の役にも立たない今、どんな理由づけをして会いに行ったらいいのかわからなかった。
「日菜子、制服に着替えて帰る用意するね」
「……わかった。廊下で待ってる」
体操着から制服に着替えて、一応予習をするために明日の授業の教科書を鞄に詰める。
鹿乃子の机の上に、『今日は早退するね』とメモを書いて置いた。
もしかしたら私のことなんて気にしないかもしれないけど……でも帰ったら帰ったで、何も言わずに帰って~とか、思われるのかもしれないし……。
友達との距離のとり方も、私には少し……難しい。
鹿乃子と仲良くなったのは数ヶ月前。私と仲よくしなくても、鹿乃子にはマナや……他の友達がいる。
どこまで親しくしても良いのか悩む。
帰りの支度を終えて、サトちゃんとまた校内を歩いた。
教師の声だけが響く静かな廊下を歩いて、靴箱、グラウンドへと抜ける。
かけ声と足並みを揃えてトラックを駆けていく生徒を横目で眺めて、皆が真面目に授業を受けている間に人知れず帰る自分に気が引けた。
そんな生真面目さがおかしくてクスッと笑う。
学業なんてサトちゃんと一緒にいるために――漫画ばっかり描いて、と他人に思われないために――頑張ってきただけだったけど、真面目な生徒を装うことが、心と体に染みついてしまったのかもしれないなぁ……。
お日様と重なったそれは、私めがけて綺麗な弧を描きなが落ちてくる。
ボールが落ちてくる場所を見定めながら右往左往して、両手を差し出したのも虚しく。
腕の脇を掠めながらボールは落ちて、バウンドを繰り返しながらコートの外へと出ていった。
ボールを取りに走る味方チームの姿を目で追いながら、敵チームが「いぇーい♪」と声を上げながらハイタッチしているのを背中で感じる。
今は体育の授業の真っ最中。
体育はあんまり好きじゃない。百歩譲って『好きじゃない』
きっぱりハッキリ言えば苦手で嫌いで、もうどうしようもないってレベル。
小学校の頃からどんなに頑張っても、成績表で3以上はお目にかかったことがない。
私の運動神経はきっと脳内のどこかでプッツリ切れている。
自分の頭の中なんて見たことないけど、そんな気がする。
私の守っている所は点数稼ぎに絶好の場所なんだと思う。
さっきから明らかにここが集中して狙われている。
ニヤニヤしている敵チーム。
味方チームの感情も私にとっては似たようなもの。
ため息にも憤りにも近い感情をすぐ傍で感じて、自分がコートの中でひとりぼっちになってしまったような気がする。
でも、それが何だって言うの。
顔を上げて前を見据える。
今の状況で私にできることは、唇をきゅっと結び直して、次こそはとボールを待ち構えることだけ。
例え苦手なことだとしても、それを諦める気は毛頭ない。
どんな逆境にいても、気持ちだけは絶対負けない。負けたくない。
再び自分の元に飛んできたボールを追いかけて、数歩後ろに下がる。
目に入る太陽が眩しい。
持ち上げた頭がクラクラして、一瞬意識が途切れたような気がした。
「あ……」
それはほんの、ほんの一瞬のことだったと思うけど。
次に気づいた時にはボールはもう眼前まで迫っていて。
あぁ……。
それでやっと諦めがついた。
私にできることはもう何もないんだって。
バシーン!と言う大きな音と衝撃を顔いっぱいに受け止めて。
前途……多難だなぁ……。
ゆっくりと目を閉じる。
体のバランスを後ろに崩しながら、今度こそ本当に意識を手放す羽目になった。
***
ひんやりした誰かの手がおでこに当たってる。
「おい、日菜子! 気がついたか? 大丈夫か!?」
遠くで愛しい人の声が聞こえたような気がした。
夢? それとも、恋しすぎてついに幻聴が聞こえるようになっちゃったとか?
サトちゃんは仕事を、私は学校生活に専念するようになって暫く経つ。
毎日指折り数えているけど、サトちゃんの原稿が上がるのはもう少し先。私がサトちゃんに大手を振って会いに行けるのももう少し先。
今頃は、アシスタントさん達が入ってサトちゃんのアパートが活気づいてる頃なんだろうな。
会えない日が延びていく、この生活にもいい加減慣れないといけないのに……。
ハァ……と深いため息をついて、ゆっくりと目を開くと、心配そうな顔がふたつ私を覗き込んでいた。
ひとりは髪を肩で切り揃えているお母さんくらいの年齢の白衣の女性。もうひとりはサトちゃん。
サトちゃん……。
なんでサトちゃん!?
思わずガバッと跳ね起きると、白衣の女性とサトちゃん両方から肩を掴まれてベッドに押し戻された。
「だーもー! 頭打ってるから! 急に起きるんじゃねーって」
改めて辺りを見回せば――視界の半分はベットの周りを囲うカーテンで隠されているけど――どうやらここは学校の保健室。白衣の人は記憶が朧げだけど、保健の先生で間違いなさそうだった。
サトちゃんが保健室にいるという非現実的な光景に、やっぱこれは夢だな! と確信する。
「愛里さん、体育の授業でボールが頭に当たって倒れたのよ。倒れた時に頭を強く打ってるかもしれないから安静にね」
「あぁ……」
確かに体育の授業から記憶がプッツリ途切れている。
じゃあこれは、そこから続いてる夢なのかな。
「ボール見てたら、なんかクラクラしたんだよね……」
「貧血気味だったのかもしれないわね。今日はもう帰って休んだ方がいいわよ。担任の先生には話しておくから。一日は安静にして、吐き気がしたり頭の痛みが強くなったら病院に行くのよ?」
「…………はい」
「じゃあ、川内さん。あとは宜しくお願いします」
「ありがとうございました」
ボーッとした頭で、保健の先生とサトちゃんのやりとりを交互に見る。
「じゃあ、タクシー呼ぶから。帰るぞ日菜子」
「帰る? どうせ夢なら時間がもったいないじゃん。ここでイチャイチャしてこうよ」
ポンポンとベッドの上を叩く。
さすがの私でも現実じゃこんなこと言えないけど、夢だから大胆になれちゃうんだなー。
もうどこで何してたっていいよね。どうせ夢だしね。
学校の保健室で恋人とイチャイチャするなんて……まるで漫画みたいな展開。
ニマニマしている私とは対照的に、サトちゃんは困惑を通り越して、ちょっと青ざめた顔をしていた。
「おまえ、本当に大丈夫なのか?」
「ちょっとおぉ! 保健室でいかがわしいことしないでよ?」
業務に戻ったと思った保健の先生が、勢いよくベッドのカーテンを開けて怖い顔で睨んでくる。
「いやいや。あり得ませんから! 絶対しませんから!」
全力で顔を振って否定しているサトちゃんを見ながら、はて? 夢なのに全然思い通りにならないなぁ……と訝しむ。
サトちゃんは、そんな私に向き直り深い深いため息をついた。
「あのな日菜子。今日はおばさんから連絡が着たんだよ『日菜子が倒れたって学校から電話があったから心配だ』って。それでおばさんの代わりに俺が迎えに来てんの」
「えっ」
お母さんは昨日から単身赴任先のお父さんの所に行っている。
お母さんが迎えに来れないから、サトちゃんがここにいるってこと?
この不思議なシチュエーションの辻褄が合って、私はようやくこれが現実だということに思い至った。
サトちゃんと私の体面を守るため、緩んだ顔をキュッと引き締め優等生モードにシフトする。
「すみません。なんか私、打ち所悪かったみたいですね」
まだこちらをジッと見ている保健の先生に、至って真面目にそう言ってはみたものの……。
手遅れ感は否めなかった。
鞄を教室に取りに行く。
もう次の授業が始まっているので廊下は静かで、サトちゃんは少し気まずそうに顔を窓に向けながら、廊下の隅を歩いていた。
私のクラスは化学室に移動したらしく、教室には誰もいなかった。
サトちゃんは私のクラスが新鮮なのか、自分が高校生だった頃が懐かしいのか、キョロキョロと物珍しそうに教室を見渡している。
私は机の横にかけてある鞄を探った。
取り出したスマホにはお母さんからの着信が1件入っていた。
1件。たったの1回、私が電話に出られなかっただけで娘にかけるのを諦めて……。
「……なんで、すぐサトちゃんに連絡しちゃうんだろ……? 信じらんない……」
「いっそ高校に提出してる緊急連絡先を俺のスマホにしてもらう?」
あっけらかんと笑ってるサトちゃんを尻目に、両親への怒りがわいた。
「それにおばさん、日菜子と連絡がとれたとしても『大丈夫』って言われると思ったんじゃね?」
「そりゃ言うよ。どうせお母さん遠くにいるし。体調悪くなったって『じゃあサトちゃんにお願いしよっかな~』って発想になるもん」
「それならやっぱり俺に直接連絡した方が早いじゃんか」
「えぇぇー」
堂々巡りで、結局そうなるの?
「昔から、いっつも。いっつもそうだよ。なんで……兄弟でもないのに……川内家への迷惑も考えないでさ……うちの両親はホント無神経だよ……。サトちゃんは漫画家で忙しいって……お母さんだって知ってる筈なのに……」
「おばさん、ほんわりした人だからな。俺が何やってんのかイマイチピンときてなさそうだよな……」
「やだよ、もう。ホントしっかりして欲しい」
「なんで。可愛い人じゃんか。おばさんのこと悪く言うなって。おばさん、おじさんのこと大好きなのに離れてて心配なんだよ。でも、おじさんのとこにいる間、今度は日菜子のことが心配なんだよ。ジレンマ抱えてるんだって」
「……そりゃぁ……。お父さんのことが大好きなのに、引っ越さないで! っていう私の願いを聞き入れてくれたお母さんには感謝してる……感謝してるよ。でも……」
「でも?」
「……私はサトちゃんに迷惑かけたくないんだよ……」
わかってる。
お母さんだってお父さんに会うのをずっと我慢してる。
私にお母さんのことなんて言えない。
泣いて喚いて我儘言って、この状況を作りだした私にもきっと責任はある筈だから……。
「そんな寂しいこと言うなって。俺としては安心だけど? なんかあったら真っ先に連絡来る方が」
「でも……」
「てゆーかさ。言えよ。おばさんがおじさんとこに行ってるなら。日菜子、家帰ってもひとりじゃんか」
「でも3日間だったし……。サトちゃん締め切り近いし……」
「何日だろうが家にひとりになる時は絶対連絡しろよ。なんで普段はグイグイくる癖に遠慮するんだよ」
「…………」
「まぁ、アシスタント入ってるから、家狭いけどさ。飯くらい一緒に食おうぜ? 俺、原稿やってるかもしれないけど、学校で何があったか話して欲しいし」
「…………行っても……いいの?」
「……え、なんで、だめ?」
「日菜子もう原稿触っちゃいけないし……」
「別にいけなかないけど、そこは一応線引きしとこうぜ……」
「……邪魔したくないし……」
「邪魔なわけないだろ!」
なんとなくサトちゃんの顔が見られなくて目を逸らした。
今のは卑屈だった、と自分でも思い反省する。
今までは、ずっと仕事の戦力としてサトちゃんの役に立っていた自負があったけど、何の役にも立たない今、どんな理由づけをして会いに行ったらいいのかわからなかった。
「日菜子、制服に着替えて帰る用意するね」
「……わかった。廊下で待ってる」
体操着から制服に着替えて、一応予習をするために明日の授業の教科書を鞄に詰める。
鹿乃子の机の上に、『今日は早退するね』とメモを書いて置いた。
もしかしたら私のことなんて気にしないかもしれないけど……でも帰ったら帰ったで、何も言わずに帰って~とか、思われるのかもしれないし……。
友達との距離のとり方も、私には少し……難しい。
鹿乃子と仲良くなったのは数ヶ月前。私と仲よくしなくても、鹿乃子にはマナや……他の友達がいる。
どこまで親しくしても良いのか悩む。
帰りの支度を終えて、サトちゃんとまた校内を歩いた。
教師の声だけが響く静かな廊下を歩いて、靴箱、グラウンドへと抜ける。
かけ声と足並みを揃えてトラックを駆けていく生徒を横目で眺めて、皆が真面目に授業を受けている間に人知れず帰る自分に気が引けた。
そんな生真面目さがおかしくてクスッと笑う。
学業なんてサトちゃんと一緒にいるために――漫画ばっかり描いて、と他人に思われないために――頑張ってきただけだったけど、真面目な生徒を装うことが、心と体に染みついてしまったのかもしれないなぁ……。
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