漫画のつくりかた

右左山桃

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番外編

【悟史視点】日菜子ロス・3

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「…………ん」
「え、何!? 今、サトちゃんあっさり日菜子に会いに来たって認めた!? 認めたよね!?」
「なんだよ……」
「えー、だって絶対、昔なら『これは偶然だ、偶然なんだぞ。バカピヨ~』……って……」

 たまには素直になんて、なるもんじゃない。

「……じゃあ、もう偶然でいいや」
「やだ……っ!! 全然よくないよ!」
「俺はいったいどういう反応すりゃいいんだよ……」

 日菜子の顔をじっと見ていると、みるみる赤くなっていく。
 俺は今、その倍恥ずかしいっつの。

「で、でも甘いね。サトちゃんなんか甘々だね。日菜子なんかねー、サトちゃんの100倍くらい会いたかったんだよ! でも我慢したよ。もう辛くて辛くて危うく死ぬかと思ったんだから! でも人間なんとかなるもんだよね。偉い!? 偉いでしょ!」
「偉い」
「友達もね、い……いっぱいできたんだよっ。もう一人マナっていう仲よくしてくれる子がいてね。日菜子も、もう大分クラスに馴染んできてるって言うか」
「うん、偉い」
「…………」
「おまえは偉いよ」
「…………ぅ……」
「惚れ直しそうだ」

 こんな風に日菜子を泣かせることに意味はあるだろうか。
 辛い思いをさせてまで慣れない環境に適応させる意味なんて――。

「本当は……駄目……全然……。自業自得だけど。今までは誰に何思われても気にしなかったけど、馴染もうとすればするほど自分が独りだったことを思い知らされた」
「うん」

 ほろほろと緊張の糸が切れたように涙をこぼす日菜子の頭をポンポンと軽く叩く。
 せっかく漫画描きなんていう肩書きを持っているのに。
 一番伝えたい相手にかける上手い言葉が見つからなくて、歯がゆい。

「……このままじゃ……サトちゃんとの約束が果たせない」
「そんなことないって。良い友達できたじゃん」
「……鹿乃子、日菜子のこと友達だって思ってくれてるのかなぁ」
「日菜子がそう思ってることの方が不本意だと思うぞ、ああいう子の場合」
「そう?」
「そんなもんだって。大丈夫だよ。きっと日菜子の人生にとって大事な子になっていくよ」
「……うん、それは……そう思う。きっともう、なってる」
「そっか」

 抱きしめたい、なんて。
 こんな道の往来で思うことじゃないけど。
 そういう邪な気持ちじゃなくて、日菜子が大事で愛しくて守ってやりたくて、そう思った。
 自分の手の届かない世界で足掻く彼女を守れないことがもどかしい。
 本当は、それが俺達にとって一番必要なことなのかもしれないし、日菜子は俺が思っているより、ずっと強いこともわかってる。
 だからやっぱり、この気持ちは俺のひとりよがりなのかもしれないけど。

 日菜子を連れて、アパートに戻る。
 戸を閉めるや否や、日菜子が背中に張り付いてきた。

「なに……」
「充電…………」

 腕を大きく開いて、抱きついても良い? と目で訴えてくる日菜子に、苦笑しながら腕を開いて応える。

「充電」

 きっとそんなことしたらまた会わない日々が堪えそうだけど、日菜子は両手を広げたまま体当たりしてきた。
 ぎゅうぎゅうと力いっぱい目いっぱい肋骨を締め付けてくれる日菜子に、軽く咳き込む。

「いで……いてて……おまえ、ちょっとは加減しろよ。力強すぎ……」
「わーん。限界だもん。電池切れたんだもん。今、充電中なんだもんー!」

 必死に抱きつく日菜子の背中に手をまわして、こっそりと、俺も充電させてもらうことにする。

「良かった。会いに行って迷惑だったのかと思った」
「そんなわけない」
「だって、俺の顔見るなり思いっきり変な顔するし」
「恋し過ぎて幻が見えたんだと思ったんだよ……」
「んな、あほな」
「……あそこで泣いちゃうかと思ったんだよ……本当はすぐにでも飛びつきたかった……」

 じゃあ道中で抱きしめたいと思った俺とおあいこかな。
 ぎゅうぎゅうと締め付けながら、顔を胸にすりつけてくる日菜子の背をさすりながら、少し不安になってきた。
 ひょっとして泣いてんのか?

「なんかあったら、ちゃんと言えよ……」
「うん」
「聞けば……男女の差はあるかもしんねーけど、俺にだってなんかアドバイスできるかもしれないし」
「うん」
「あんまり……」

 無理するな、と言おうとしたけど。

「でも日菜子、単純だから。もう大丈夫みたい」

 そう言って顔を上げた日菜子は泣いてなどいなかった。
 スッキリした表情を俺に向けて――。

「ありがとうね、サトちゃん」

 ずっと見たかった、焦がれていた笑顔で名前を呼んでくれた。
 こんなんでいいのか……とちょっと拍子抜けするけど。
 俺が日菜子を見て声を聞いて理由もなく気持ちが和むように、日菜子もまた似たようなものなのかもしれない。

 良い距離だし。
 どうしようか、キスくらい……。

「…………」
「……サトちゃん?」

 そんな一瞬よぎった邪な気持ちも日菜子の制服姿に戒められた。

「夕飯前になっちゃうけど、ケーキどうする?」
「そりゃ、食べるよ! サトちゃんが日菜子に食べさせたいと思ってくれたケーキでしょ!?」

 大人になると色々我慢することが増えていく。
 理性的になるのは、良いことなんだか、悪いことなんだか。
 でも日菜子には、安心できる場所で無邪気に笑っていてほしい。

「うみゃぁぁぁ~~~~ん。なぁにぃ、これ。おぉぉいしぃぃぃぃぃ~~~~」

 ケーキを食べた日菜子は想像通りというか、それ以上の反応で。
 ひとくち、ひとくち、大切に食べては感想と奇声を上げていた。

 見てて、ホント飽きないよな。

 緩みそうになる口元を、なんとか引き締めて日菜子を眺めていたら「サトちゃんも食べて食べてっ」と問答無用でフォークに刺さったケーキを口に押し込められた。
 口に広がる優しい甘さと、頬を抑えながら幸せそうに悶える日菜子。

 なるほど、確かに。
 これは感動を覚えるくらい美味しい。

 その日のうちにネームを描いた。
 FAXしたらすぐに橘さんから電話がかかってきた。
『インスピレーション沸いちゃった!? 私グッジョブだった~?』と訊いてきたので「グッジョブでしたよ。おいしかったです」と返しておいた。
 次の話は、甘いものが好きな女の子のために、主人公が幻の一品と言われているケーキを買おうと奔走する話。
 そんな他愛もない話だけどね。
 ケーキを美味しそうに食べるヒロインは結構可愛く描けたんじゃないかと自負してるんだ。
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