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番外編
【鹿乃子視点】愛里日菜子は不思議な子
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「はい、間違えたー!」
ぴっこーん!!!
教室にピコピコハンマーの間の抜けた音が響く。
「はい、気を取り直して次っ。あの男子の名前」
あたしは、黒板の前に立っている坊主頭で背のひょろっと高い男子をビシッと指さす。
愛里日菜子はあたしの指の先を見るなり、目を細め、頬にダラダラと汗をかきはじめた。
「えっ……と。あの人は、そう! 野球部の…………」
「違う違う、科学部だよ。適当なこと言うな」
「吉田君」
「ちっがーう!! 田中じゃ!! 教育的指導っ!!」
ぴこぴこぴっこーん!!!
あたしの右手のピコピコハンマーが日菜子の頭の上で炸裂する。
「痛い痛い痛い~。鹿乃子の鬼~」
大して痛くもないだろ。こんなん。
あたしは、ふーっと深い深い溜息をついた。
同じクラスにいても、どこか別次元にいた日菜子。
成績が良くって孤高を貫いてる姿が、どこか鼻につくっていうか、あんまり好きじゃなかった。
私たちを見る興味無っさそーな目が、見下してるのか? って気がして腹が立った。
そう思ってたのは多分、あたしだけじゃない。
けど――。
「おっかしーなー。だってねぇ、このクラスって坊主頭3人いるでしょ? 混ざるっていうか」
「日菜子~。吉田君は坊主じゃないんだよぉ。角刈りなんだよぉ……ていうか、髪型は変わるからそこで見分けない方が良いと私は思うよぉ」
隣で様子を見ていたマナが、のほほんと的を得たツッコミを入れている。
日菜子はブツブツ言い訳をしながら、クラスメートの特徴と名前を単語帳にして必死になって覚えている。
生真面目って言うかずれてるって言うかなんていうかさぁ……。
日菜子は変な子だった。
別に彼女は私たちを見下していた訳でも何でもないらしい。
『私ね。あんまり器用じゃないの』
彼女には、超絶大好きだと言う6才年上の恋人――正確にいえば、恋人にしてもらったばかりらしい――がいるらしい。
名前は川内悟史さん、職業は漫画家らしい。
まったく彼の恋愛圏内に引っかからなかった日菜子は川内さんの恋人になるために、ありとあらゆる努力をしまくっていたらしい。
全ての時間を漫画の鍛錬に使い、学校の休み時間に学業を補い……。
そんな生活を繰り返し、気がついたら偏った人間になってしまっていたのだそうだ。
『今まではそれでも別に困ったこと無かったんだけど。サトちゃんがそれでは駄目だっていうから』
恐ろしいほど一途で無垢で世間知らずな子だと思う。
悪気はないのはわかる。
だけど、川内さんに言われたから、あたしと友達になったんかい。
それは本当はちょっと気に入らなかった。
でも、あたしのひと言――自主性がないんじゃない?――で、日菜子がブチ切れた理由がわかったし、なんだかほっとけなかった。
あたしは日菜子が、どれだけこの恋を掴むまでに努力したのか知らない。
あたしはこの子と比べたら、心から頑張ったって言えるもの何も無いかもしれない。
あたしなんかに、あんなこと言われて、あの時は相当腹が立ってたんだろうなぁって、謝りたくても、意地っ張りなあたしは素直に日菜子に謝れなかった。
でも日菜子は感情的になってごめんなさいって謝ってくれた。
良くも悪くも、すごくまっすぐで素直な子なんだなってわかって、この子、これから本気でこのクラスに馴染む気なんだ、おいおい、大丈夫かよって心配になった。
それで、現在に至るんだけど。
「全然……覚えてないじゃん……」
あたしは眉間に険しいしわがよるのを隠しきれない。
「私、まだまだこのクラスに興味がない……のかなぁ?」
不安そうな顔でこっちを見る日菜子に、はぁぁ~っともう一度深いため息が出てきた。
そんなん、あたしの知ったこっちゃない。
「馴染む気なんなら、もっと興味もとうよ」
ああ、やっぱりこの子には付き合いきれん。
「じゃー、あれは? あの男子は?」
あたしは、教室の入り口にいた眼鏡をかけている男子を適当に指さす。
その先を見た日菜子の表情が、明らかに今までと変わったのがわかった。
「佐藤雄一君、でしょ?」
その言葉に迷いはなく、きらきらと自信たっぷりの笑顔。
しかもフルネームで日菜子は言いきった。
「!?」
あたしは思わずマナと顔を見合わせる。
日菜子がクラスの男子の名前を一言一句間違えずに言いきったのは、これが初めてだったから。
「ねぇ、マナ。日菜子ってさぁ。佐藤のこと実は好きなのかな」
家庭科の時間、日菜子とは別の班だったので、こそこそっと隣の席のマナに話しかける。
今日の家庭科は被服。
課題であり、皆で文化祭で着る予定でもある、はんてんを作っていた。
マナはミシンをかける手を止めて、可愛らしい瞳をあたしの方に向ける。
「どうなんだろうねぇ……確かに、クラスの男子の中では佐藤くんのこと、興味があったってことなんだろうと思うけどぉ。でも日菜子は、川内さんのことが大好きだしねぇ?」
そうなんだよ。
それだ。
日菜子は川内さんのことが超絶大っ好きで……多分それは間違いないと思うんだけど。
ちらっと遠方の班にいる日菜子に目を向ける。
日菜子は、周りの女子達の会話に混じらず――多分、混じりたくても混じれずの方が的確――黙々とミシンをかけている。
しかし時折手を休めて…………。
偶然かもしれない。
でもあたしは、その時、日菜子が佐藤雄一の方を見ているのを見た。
佐藤は、隣の席の男子とずっとふざけて何かを話している。
あたしの席からだと遠くて会話の内容はわからないけど、日菜子と佐藤の距離なら、もしかしたら会話が聞こえているのかもしれない。
先生が佐藤達を注意すると、日菜子はクスッと小さく笑い、佐藤を見るのをやめて、またミシンを踏み始めた。
なん……だ??
あれか?
現地妻ならぬ……現地彼氏??
川内さんは漫画家だ。
彼が仕事で忙しい時はあまり会えていないんだろう。
ここで起きていることは川内さんはわからないだろうから……。
寂しさゆえにクラスメートにも恋を!?
恋が生きがいっぽい日菜子ならそれもありなのかもしれない。
でもでも浮気はいけないと思うし……。
だけど気持ちを縛ることなんてできないだろうし。
あたしはその後、悶々とひとり悩みに悩んで。
「ねぇ、日菜子ってさ。佐藤雄一のことが好きなの?」
悩んだ挙句、日菜子を廊下の隅っこに呼び出して聞いてやった。
もうね、ずばっと単刀直入に。
「は!?」
日菜子は心底ふっしぎそーな顔で、あたしの方を見てる。
「何言ってるの? 鹿乃子」
これは、言い当てられて驚いている顔ではないなと思う。
それでもあたしは聞かずにはいられない。
「だって……気づくとよく見てない? 佐藤のこと」
そう言うと、日菜子の体が少しだけぴくっと動いた。
恐らく、これには図星なんだろう。
「クラスの男子の名前、ちっとも覚えないのにさぁ、佐藤だけはスラスラ出てきたし……」
そう言うと日菜子は、ちょっと困ったような顔してあたしの方を見る。
「違うでしょ、鹿乃子。佐藤君を好きなのは私じゃなくて」
指先を、ぴっとあたしに向けてきた。
「鹿乃子でしょ?」
一瞬、なんて言われたのかわかんなかった。
え?
え?
え?
今。
なんて?
「あ……な……」
なんで。
なんでばれた。
誰にも言わなかったのに。
仲の良いマナでさえ、知らないのに。
上手く言葉が出てこなくて、頬が熱を持っていくのがわかる。
「バレバレ。いっつも佐藤君を見てるのは鹿乃子じゃん。嬉しそーな顔しちゃってさぁ」
「し……してないっ! してないしっ、そんな顔……っ」
「佐藤君はね、お兄さんとお姉さんがいるんだって」
「インコ飼っててね。名前はピコって言うらしいよ」
「眼鏡が合わなくなってきてるみたいで、コンタクトにしようか迷ってるんだって」
「彼女はいないみたいだよ、良かったね」
日菜子の口から、どんどんどんどん佐藤情報が出てくる。
ずっとあたしにこれを教えたかったっての??
つまり、これは、なんだ。
興味を持ってずっと佐藤を見てたのは――。
「私が好きなのは、佐藤君じゃないよ。鹿乃子だよ」
にこっと笑って恥ずかしげもなく日菜子は言う。
思わず、体からガクッと力が抜けた。
「あんた……本当に……よく好きとか、躊躇なく言えるね」
多分、顔は赤いので上げられない。
同性に言われたって、なんだかむずがゆい。
「鹿乃子も意地ばっか張ってないで素直になれば良いのに。好きな人に好きだって言えるのは幸せなことだよ」
「い……言えるわけないでしょ! 同じクラスだよ!? 駄目だったら気まずくて死ねる!」
「あはは。私も何度も後悔したもんなぁ」
「……そう……なんでしょうよ……っ」
猪突猛進なんだからっ。
「でもね。泣いたことも笑ったことも、意味のあることだったと思うよ」
「……あんたは両想いになれたから、それは結果論じゃん」
「そんなことないよ。恋に終わりなんてないもの。私だってこの恋を貫くために、まだまだやらなくちゃいけないこと、たくさんあるよ」
だから鹿乃子も、これから何があったってきっと大丈夫だよ。
ちゃんと未来の糧になるよ。
何の根拠もないのに、日菜子は能天気に笑ってそう言うもんだから。
「そうだね。日菜子はまずクラスの名前を全員覚えるところから始めるんだよね」
「う……も、もうすぐだから」
日菜子はまた、渋い顔でおもむろに例の単語帳を取り出し始めた。
まったく。
「ちょっと、それ見せなさいよ」
「え……あ――――……」
とりあげた単語帳の佐藤雄一の裏には、”鹿乃子の好きな人”って書いてあった。
「うわー! ちょぉぉ……っ! なに鹿乃子破いてんのっ!」
「うるさい! うるさいっ! 佐藤は覚えたんでしょっ! もうこのページはいらないでしょっ!!」
チャイムが鳴ったので、あたし達は教室に向かって走り出す。
目の隅っこで流れて行く、窓の向こうの空は快晴。
そうだね。
きっとたくさん考えて、行動して、失敗して、泣いて。
日菜子が恋してきたのは本当だと思うから。
一生懸命に生きてるあんたを見てると、あたしも頑張ってみよっかな、なんて。口には出さないけど、そう思うよ。
ぴっこーん!!!
教室にピコピコハンマーの間の抜けた音が響く。
「はい、気を取り直して次っ。あの男子の名前」
あたしは、黒板の前に立っている坊主頭で背のひょろっと高い男子をビシッと指さす。
愛里日菜子はあたしの指の先を見るなり、目を細め、頬にダラダラと汗をかきはじめた。
「えっ……と。あの人は、そう! 野球部の…………」
「違う違う、科学部だよ。適当なこと言うな」
「吉田君」
「ちっがーう!! 田中じゃ!! 教育的指導っ!!」
ぴこぴこぴっこーん!!!
あたしの右手のピコピコハンマーが日菜子の頭の上で炸裂する。
「痛い痛い痛い~。鹿乃子の鬼~」
大して痛くもないだろ。こんなん。
あたしは、ふーっと深い深い溜息をついた。
同じクラスにいても、どこか別次元にいた日菜子。
成績が良くって孤高を貫いてる姿が、どこか鼻につくっていうか、あんまり好きじゃなかった。
私たちを見る興味無っさそーな目が、見下してるのか? って気がして腹が立った。
そう思ってたのは多分、あたしだけじゃない。
けど――。
「おっかしーなー。だってねぇ、このクラスって坊主頭3人いるでしょ? 混ざるっていうか」
「日菜子~。吉田君は坊主じゃないんだよぉ。角刈りなんだよぉ……ていうか、髪型は変わるからそこで見分けない方が良いと私は思うよぉ」
隣で様子を見ていたマナが、のほほんと的を得たツッコミを入れている。
日菜子はブツブツ言い訳をしながら、クラスメートの特徴と名前を単語帳にして必死になって覚えている。
生真面目って言うかずれてるって言うかなんていうかさぁ……。
日菜子は変な子だった。
別に彼女は私たちを見下していた訳でも何でもないらしい。
『私ね。あんまり器用じゃないの』
彼女には、超絶大好きだと言う6才年上の恋人――正確にいえば、恋人にしてもらったばかりらしい――がいるらしい。
名前は川内悟史さん、職業は漫画家らしい。
まったく彼の恋愛圏内に引っかからなかった日菜子は川内さんの恋人になるために、ありとあらゆる努力をしまくっていたらしい。
全ての時間を漫画の鍛錬に使い、学校の休み時間に学業を補い……。
そんな生活を繰り返し、気がついたら偏った人間になってしまっていたのだそうだ。
『今まではそれでも別に困ったこと無かったんだけど。サトちゃんがそれでは駄目だっていうから』
恐ろしいほど一途で無垢で世間知らずな子だと思う。
悪気はないのはわかる。
だけど、川内さんに言われたから、あたしと友達になったんかい。
それは本当はちょっと気に入らなかった。
でも、あたしのひと言――自主性がないんじゃない?――で、日菜子がブチ切れた理由がわかったし、なんだかほっとけなかった。
あたしは日菜子が、どれだけこの恋を掴むまでに努力したのか知らない。
あたしはこの子と比べたら、心から頑張ったって言えるもの何も無いかもしれない。
あたしなんかに、あんなこと言われて、あの時は相当腹が立ってたんだろうなぁって、謝りたくても、意地っ張りなあたしは素直に日菜子に謝れなかった。
でも日菜子は感情的になってごめんなさいって謝ってくれた。
良くも悪くも、すごくまっすぐで素直な子なんだなってわかって、この子、これから本気でこのクラスに馴染む気なんだ、おいおい、大丈夫かよって心配になった。
それで、現在に至るんだけど。
「全然……覚えてないじゃん……」
あたしは眉間に険しいしわがよるのを隠しきれない。
「私、まだまだこのクラスに興味がない……のかなぁ?」
不安そうな顔でこっちを見る日菜子に、はぁぁ~っともう一度深いため息が出てきた。
そんなん、あたしの知ったこっちゃない。
「馴染む気なんなら、もっと興味もとうよ」
ああ、やっぱりこの子には付き合いきれん。
「じゃー、あれは? あの男子は?」
あたしは、教室の入り口にいた眼鏡をかけている男子を適当に指さす。
その先を見た日菜子の表情が、明らかに今までと変わったのがわかった。
「佐藤雄一君、でしょ?」
その言葉に迷いはなく、きらきらと自信たっぷりの笑顔。
しかもフルネームで日菜子は言いきった。
「!?」
あたしは思わずマナと顔を見合わせる。
日菜子がクラスの男子の名前を一言一句間違えずに言いきったのは、これが初めてだったから。
「ねぇ、マナ。日菜子ってさぁ。佐藤のこと実は好きなのかな」
家庭科の時間、日菜子とは別の班だったので、こそこそっと隣の席のマナに話しかける。
今日の家庭科は被服。
課題であり、皆で文化祭で着る予定でもある、はんてんを作っていた。
マナはミシンをかける手を止めて、可愛らしい瞳をあたしの方に向ける。
「どうなんだろうねぇ……確かに、クラスの男子の中では佐藤くんのこと、興味があったってことなんだろうと思うけどぉ。でも日菜子は、川内さんのことが大好きだしねぇ?」
そうなんだよ。
それだ。
日菜子は川内さんのことが超絶大っ好きで……多分それは間違いないと思うんだけど。
ちらっと遠方の班にいる日菜子に目を向ける。
日菜子は、周りの女子達の会話に混じらず――多分、混じりたくても混じれずの方が的確――黙々とミシンをかけている。
しかし時折手を休めて…………。
偶然かもしれない。
でもあたしは、その時、日菜子が佐藤雄一の方を見ているのを見た。
佐藤は、隣の席の男子とずっとふざけて何かを話している。
あたしの席からだと遠くて会話の内容はわからないけど、日菜子と佐藤の距離なら、もしかしたら会話が聞こえているのかもしれない。
先生が佐藤達を注意すると、日菜子はクスッと小さく笑い、佐藤を見るのをやめて、またミシンを踏み始めた。
なん……だ??
あれか?
現地妻ならぬ……現地彼氏??
川内さんは漫画家だ。
彼が仕事で忙しい時はあまり会えていないんだろう。
ここで起きていることは川内さんはわからないだろうから……。
寂しさゆえにクラスメートにも恋を!?
恋が生きがいっぽい日菜子ならそれもありなのかもしれない。
でもでも浮気はいけないと思うし……。
だけど気持ちを縛ることなんてできないだろうし。
あたしはその後、悶々とひとり悩みに悩んで。
「ねぇ、日菜子ってさ。佐藤雄一のことが好きなの?」
悩んだ挙句、日菜子を廊下の隅っこに呼び出して聞いてやった。
もうね、ずばっと単刀直入に。
「は!?」
日菜子は心底ふっしぎそーな顔で、あたしの方を見てる。
「何言ってるの? 鹿乃子」
これは、言い当てられて驚いている顔ではないなと思う。
それでもあたしは聞かずにはいられない。
「だって……気づくとよく見てない? 佐藤のこと」
そう言うと、日菜子の体が少しだけぴくっと動いた。
恐らく、これには図星なんだろう。
「クラスの男子の名前、ちっとも覚えないのにさぁ、佐藤だけはスラスラ出てきたし……」
そう言うと日菜子は、ちょっと困ったような顔してあたしの方を見る。
「違うでしょ、鹿乃子。佐藤君を好きなのは私じゃなくて」
指先を、ぴっとあたしに向けてきた。
「鹿乃子でしょ?」
一瞬、なんて言われたのかわかんなかった。
え?
え?
え?
今。
なんて?
「あ……な……」
なんで。
なんでばれた。
誰にも言わなかったのに。
仲の良いマナでさえ、知らないのに。
上手く言葉が出てこなくて、頬が熱を持っていくのがわかる。
「バレバレ。いっつも佐藤君を見てるのは鹿乃子じゃん。嬉しそーな顔しちゃってさぁ」
「し……してないっ! してないしっ、そんな顔……っ」
「佐藤君はね、お兄さんとお姉さんがいるんだって」
「インコ飼っててね。名前はピコって言うらしいよ」
「眼鏡が合わなくなってきてるみたいで、コンタクトにしようか迷ってるんだって」
「彼女はいないみたいだよ、良かったね」
日菜子の口から、どんどんどんどん佐藤情報が出てくる。
ずっとあたしにこれを教えたかったっての??
つまり、これは、なんだ。
興味を持ってずっと佐藤を見てたのは――。
「私が好きなのは、佐藤君じゃないよ。鹿乃子だよ」
にこっと笑って恥ずかしげもなく日菜子は言う。
思わず、体からガクッと力が抜けた。
「あんた……本当に……よく好きとか、躊躇なく言えるね」
多分、顔は赤いので上げられない。
同性に言われたって、なんだかむずがゆい。
「鹿乃子も意地ばっか張ってないで素直になれば良いのに。好きな人に好きだって言えるのは幸せなことだよ」
「い……言えるわけないでしょ! 同じクラスだよ!? 駄目だったら気まずくて死ねる!」
「あはは。私も何度も後悔したもんなぁ」
「……そう……なんでしょうよ……っ」
猪突猛進なんだからっ。
「でもね。泣いたことも笑ったことも、意味のあることだったと思うよ」
「……あんたは両想いになれたから、それは結果論じゃん」
「そんなことないよ。恋に終わりなんてないもの。私だってこの恋を貫くために、まだまだやらなくちゃいけないこと、たくさんあるよ」
だから鹿乃子も、これから何があったってきっと大丈夫だよ。
ちゃんと未来の糧になるよ。
何の根拠もないのに、日菜子は能天気に笑ってそう言うもんだから。
「そうだね。日菜子はまずクラスの名前を全員覚えるところから始めるんだよね」
「う……も、もうすぐだから」
日菜子はまた、渋い顔でおもむろに例の単語帳を取り出し始めた。
まったく。
「ちょっと、それ見せなさいよ」
「え……あ――――……」
とりあげた単語帳の佐藤雄一の裏には、”鹿乃子の好きな人”って書いてあった。
「うわー! ちょぉぉ……っ! なに鹿乃子破いてんのっ!」
「うるさい! うるさいっ! 佐藤は覚えたんでしょっ! もうこのページはいらないでしょっ!!」
チャイムが鳴ったので、あたし達は教室に向かって走り出す。
目の隅っこで流れて行く、窓の向こうの空は快晴。
そうだね。
きっとたくさん考えて、行動して、失敗して、泣いて。
日菜子が恋してきたのは本当だと思うから。
一生懸命に生きてるあんたを見てると、あたしも頑張ってみよっかな、なんて。口には出さないけど、そう思うよ。
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