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本編
19 【日菜子視点】片隅で終わりを迎えた世界
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季節は夏。
太陽は天高く昇り、うだるような灼熱のアスファルトの上を、私は虚ろな表情で歩いていた。
サトちゃんにもう2ヶ月近く会っていない。
これほど長い間、サトちゃんに会わなかったことは人生で一度も無かった。
生きる気力を失ったに近い。
私は胸から重い息を吐く。
何度も会いに行ってしまおうかと思った。
だけど、どうしても考えてしまう。
あの部屋で過ごすサトちゃんと一河さんの姿を。
何しに来たんだと言われ、立ち尽くす自分の姿を。
家と学校を往復する毎日。
授業も上の空。
成績が落ちたのは言うまでもなく。
家に帰っても原稿に向かえない。
それでも学校はまだ気が紛れた。
果てしなく続くこの夏休みは、いったいどうやって潰していけば良いのだろう。
高く突き抜けていく空の果て無さに眩暈がした。
努力もせずにくよくよする、こんな自分は一番嫌いだった。
だけど、何を努力すれば良いのかなんて、もうわからなくなっていた。
何がいけなかったか考える。
自分の行いひとつひとつを思い出すたび、悔やしくて涙が出そうになった。
どうしてもっと上手く感情をコントロールすることができなかったんだろう。
ふと視界を元に戻すと、小さな書店の店先に目が留まった。
古く小さな佇まいのその店を、私は今まで意識したことが無かったけど、サトちゃんの連載が載っている月刊誌――少年ホップが置いてあった。
学校から近いし、学生が雑誌を買いにくるのかもしれない。
私が関われなかった『黒翼士』の最終話が載っている号が目の前に並べられている。
足がすくんだ。
あれからずっと本屋とコンビニへは行けなかった。
幸せな思い出も、辛い記憶も、きっと漫画を見たら強く思い出す。
サトちゃんに会えない事実を、より強く感じるだけだと思ったから。
私がいない状態で、サトちゃんがどんな原稿を仕上げたのか知るのが怖かった。
「何か買うの?」
店先で突っ立っていたら、中から出てきたおばあさんに声をかけられた。
「あ、はい」
だけど、迷ったのは一瞬だけ。
気がついたら手はホップに向かって伸びていた。
お金を渡してお礼を言って、私は逸る気持ちを抑えながらお店の脇道に移動すると、サトちゃんの原稿が載っているページを探した。
ずっと我慢していたのに。
いざ目にしたら、読まない選択肢なんて無かったんだって痛いほどわかった。
『黒翼士』は、最初の頃よりずっと後ろ、最後から2番目に掲載されていた。
最終話とは思えないほどに、ひっそりと載せられていたけれど、そんなことに構う余裕なんて無かった。
絵を見ただけで愛しい気持ちが溢れて、何年も会えなかった大好きな人に、やっと会えたような気持ちになって、サトちゃんのことが泣きたいくらい好きだと思った。
『黒翼士』は見開きで、荒廃した大地――ガシュレイを討ったクルークの故郷から始まる。
俯き、手に何かを抱えているクルークの背中を、ハルカの視点で描いている。
『ハルカ』
そう呟いて、クルークはハルカの方を向く。
手にしていたのはフェイの亡骸だとわかる。
『ハルカ。君のことが好きだった』
クルークがハルカへの想いを伝える。
私はそのシーンを静かな気持ちで見つめた。
これは定められた展開。
クルークとハルカの約束された幸せな未来。
『それなのに俺は何も気持ちを伝えず、君からの優しさを貰い続けてきたことを許して欲しい。今までの俺は、戦うことでしか、復讐を完遂することでしか、生きる意味が見出せなかった』
クルークが、争いの虚しさを悔い、ハルカを愛し穏やかに生きていくことを伝えるシーン。
『だけど』
続くクルークの言葉に、私は大きく目を見開いた。
私が知っている5話とは全く違う展開だったから。
『俺のことを命をかけて守り、共に戦ってくれた彼女がいてくれたから、俺は初めて人間の心を取り戻せたんだ』
「なに……これ」
思わず雑誌を落としそうになった。
もう一度開き、一文も、僅かなカットも見逃さないようにしたけど駄目だった。
視界が歪んでそれを阻む。
『俺の両親は復讐をするために俺に剣を教えたんじゃない。大切な人を守るために剣の振り方を教えてくれたんだ。それなのに、傷つけて、傷つけて。こんなに経ってやっと気づけた。本当に馬鹿だよな』
クルークは申し訳なさそうにフェイを優しく撫でる。
『俺は君とは別の道に進むよ。まだやることがあるから』
涙を手でぬぐい払い、必死に続きを読もうとしても、すぐに視界がぐしゃぐしゃに滲む。
『フェイを生き返らせるんだ。何としてでも。もう一度、大空を羽ばたかせてやりたい。フェイに、今度は自分の為に生きて欲しいから、その方法を見つけるまで俺は旅を続けるんだ』
「……っ……。ふ……ぅっ……」
耐え切れず、私は道ばたで嗚咽を漏らした。
フェイの為に生きていくことにしたの? クルーク。
死んじゃったフェイが生き返る方法なんて、もしかしたら無いかもしれないのに?
これからハルカと穏やかに幸せに暮らしていけるのに?
胸が震える。
読者はクルークとハルカのハッピーエンドを期待していたんじゃないの?
幸せになれるのかもわからない、こんな終わり方がいい人は果たしてどれだけいるんだろう。
バカだなぁ、サトちゃん。
もうプロなんでしょ、サトちゃん。
なんでラストを変えちゃったの?
答えはわからない。
それでも私の胸を満たしたのは幸福感。
サトちゃんは、フェイを世界で一番幸せな妖精に……。
ううん。
世界で一番幸せな女の子にしてくれたんだね。
ありがとう。
ありがとう。
「……会いたいよ……」
太陽は天高く昇り、うだるような灼熱のアスファルトの上を、私は虚ろな表情で歩いていた。
サトちゃんにもう2ヶ月近く会っていない。
これほど長い間、サトちゃんに会わなかったことは人生で一度も無かった。
生きる気力を失ったに近い。
私は胸から重い息を吐く。
何度も会いに行ってしまおうかと思った。
だけど、どうしても考えてしまう。
あの部屋で過ごすサトちゃんと一河さんの姿を。
何しに来たんだと言われ、立ち尽くす自分の姿を。
家と学校を往復する毎日。
授業も上の空。
成績が落ちたのは言うまでもなく。
家に帰っても原稿に向かえない。
それでも学校はまだ気が紛れた。
果てしなく続くこの夏休みは、いったいどうやって潰していけば良いのだろう。
高く突き抜けていく空の果て無さに眩暈がした。
努力もせずにくよくよする、こんな自分は一番嫌いだった。
だけど、何を努力すれば良いのかなんて、もうわからなくなっていた。
何がいけなかったか考える。
自分の行いひとつひとつを思い出すたび、悔やしくて涙が出そうになった。
どうしてもっと上手く感情をコントロールすることができなかったんだろう。
ふと視界を元に戻すと、小さな書店の店先に目が留まった。
古く小さな佇まいのその店を、私は今まで意識したことが無かったけど、サトちゃんの連載が載っている月刊誌――少年ホップが置いてあった。
学校から近いし、学生が雑誌を買いにくるのかもしれない。
私が関われなかった『黒翼士』の最終話が載っている号が目の前に並べられている。
足がすくんだ。
あれからずっと本屋とコンビニへは行けなかった。
幸せな思い出も、辛い記憶も、きっと漫画を見たら強く思い出す。
サトちゃんに会えない事実を、より強く感じるだけだと思ったから。
私がいない状態で、サトちゃんがどんな原稿を仕上げたのか知るのが怖かった。
「何か買うの?」
店先で突っ立っていたら、中から出てきたおばあさんに声をかけられた。
「あ、はい」
だけど、迷ったのは一瞬だけ。
気がついたら手はホップに向かって伸びていた。
お金を渡してお礼を言って、私は逸る気持ちを抑えながらお店の脇道に移動すると、サトちゃんの原稿が載っているページを探した。
ずっと我慢していたのに。
いざ目にしたら、読まない選択肢なんて無かったんだって痛いほどわかった。
『黒翼士』は、最初の頃よりずっと後ろ、最後から2番目に掲載されていた。
最終話とは思えないほどに、ひっそりと載せられていたけれど、そんなことに構う余裕なんて無かった。
絵を見ただけで愛しい気持ちが溢れて、何年も会えなかった大好きな人に、やっと会えたような気持ちになって、サトちゃんのことが泣きたいくらい好きだと思った。
『黒翼士』は見開きで、荒廃した大地――ガシュレイを討ったクルークの故郷から始まる。
俯き、手に何かを抱えているクルークの背中を、ハルカの視点で描いている。
『ハルカ』
そう呟いて、クルークはハルカの方を向く。
手にしていたのはフェイの亡骸だとわかる。
『ハルカ。君のことが好きだった』
クルークがハルカへの想いを伝える。
私はそのシーンを静かな気持ちで見つめた。
これは定められた展開。
クルークとハルカの約束された幸せな未来。
『それなのに俺は何も気持ちを伝えず、君からの優しさを貰い続けてきたことを許して欲しい。今までの俺は、戦うことでしか、復讐を完遂することでしか、生きる意味が見出せなかった』
クルークが、争いの虚しさを悔い、ハルカを愛し穏やかに生きていくことを伝えるシーン。
『だけど』
続くクルークの言葉に、私は大きく目を見開いた。
私が知っている5話とは全く違う展開だったから。
『俺のことを命をかけて守り、共に戦ってくれた彼女がいてくれたから、俺は初めて人間の心を取り戻せたんだ』
「なに……これ」
思わず雑誌を落としそうになった。
もう一度開き、一文も、僅かなカットも見逃さないようにしたけど駄目だった。
視界が歪んでそれを阻む。
『俺の両親は復讐をするために俺に剣を教えたんじゃない。大切な人を守るために剣の振り方を教えてくれたんだ。それなのに、傷つけて、傷つけて。こんなに経ってやっと気づけた。本当に馬鹿だよな』
クルークは申し訳なさそうにフェイを優しく撫でる。
『俺は君とは別の道に進むよ。まだやることがあるから』
涙を手でぬぐい払い、必死に続きを読もうとしても、すぐに視界がぐしゃぐしゃに滲む。
『フェイを生き返らせるんだ。何としてでも。もう一度、大空を羽ばたかせてやりたい。フェイに、今度は自分の為に生きて欲しいから、その方法を見つけるまで俺は旅を続けるんだ』
「……っ……。ふ……ぅっ……」
耐え切れず、私は道ばたで嗚咽を漏らした。
フェイの為に生きていくことにしたの? クルーク。
死んじゃったフェイが生き返る方法なんて、もしかしたら無いかもしれないのに?
これからハルカと穏やかに幸せに暮らしていけるのに?
胸が震える。
読者はクルークとハルカのハッピーエンドを期待していたんじゃないの?
幸せになれるのかもわからない、こんな終わり方がいい人は果たしてどれだけいるんだろう。
バカだなぁ、サトちゃん。
もうプロなんでしょ、サトちゃん。
なんでラストを変えちゃったの?
答えはわからない。
それでも私の胸を満たしたのは幸福感。
サトちゃんは、フェイを世界で一番幸せな妖精に……。
ううん。
世界で一番幸せな女の子にしてくれたんだね。
ありがとう。
ありがとう。
「……会いたいよ……」
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