漫画のつくりかた

右左山桃

文字の大きさ
上 下
8 / 48
本編

07 【日菜子視点】決着の先に待つもの

しおりを挟む
『クルークっ……そんなんじゃぁ、ガシュレイには勝てないよっ』

 蔦の文様に小さな宝石が一つ埋め込まれた柄からスラリと伸びる刃。

『剣は黙ってろ』

 持ち主は不機嫌な顔で手元を見据える。

『黙ってなんかいらんないよぉぉ~! 私をカッコ悪い構えで戦わないで欲しいもんっ!!』


「ぷぷぷ」

 クルークとフェイ(剣バージョン)のやり取りに、思わず笑ってしまう。
 シリアスな話になっちゃうかなと思ったけど、フェイは苦難にも負けず明るく。
 担当さんのテコ入れ通り、『黒翼士』は明るくテンポの良い漫画になっていた。
 5話で終わりなんて残念だなぁ。


 シャッと、小気味よい音が空間を裂き、指先が綺麗な弧を描いた。
 目の前に広がるのは、まっさらな空に、荒廃した砂漠の大地。
 空と地を分かつように対峙している二人の男。
 剣を携え、向かい合う二人から伝わるのは、負けたくないという強い意志。
 
 今、私とサトちゃんは『黒翼士』の3話目に取り組んでいる。
 私は回を重ねるごとにクルークとシンクロして、原稿に向かう度にボロボロ泣いた。
 ガシュレイに向かって放つフェイの切っ先は、クルークと一心同体になり、美しい弧を描く。
 ガシュレイの剣にぶつかって儚い命を削っていく。
 けれど読者には決してフェイの死を悟らせない、滑らかで美しい線にしたい。
 クルークを守るという強い意志が生む、フェイの強さを感じる戦いが描きたかった。

 3話目を描いている時が、一番サトちゃんへの愛を感じられて幸せだった。
 こんな日が、ずっとずっと永遠に続けば良いなと思っていた。

「ピヨ子、次の回なんだけどな」

 3話目も無事に仕上がり、ほっと一息ついた所で、サトちゃんが重く口を開いた。

「フェイが死ぬんだ」
「うん」

 私は間を置かずに返事を返した。
 サトちゃんは、私に非難されるのを覚悟していたのか、聞き分けのいい態度に驚き、一瞬言葉を詰まらせた。

「……戦いはフェイの体に負担をかけていたんだ」
「うん」

 うん、知っていたよ。

「話の深刻さや、争いの虚しさや悲しさを伝えるには凄く解りやすい展開になると思うんだよな……で……」
「うん」
「ピヨ子にはあんまり嬉しくない展開だろうとは思うんだけどさ」

 複雑な表情で話すサトちゃんに、私は笑顔を向けた。

「フェイはきっと命なんて最初から惜しくは無かったよ」
「え……?」

 不思議そうな顔をするサトちゃんに、私はふふっと笑う。
 それはフェイと私の女の子同士の秘密なのだ。

 サトちゃんは引き出しから4話目のネームを取り出した。
 もうできていたなんて知らなかった。
 私が漫画を描くことに没頭している間も、色々な作業を平行してこなしていたんだろう。
 スケジュールをきっちり守り、慎重に作業をしているサトちゃんらしい。
 ネームをサトちゃんから受け取り、私は目を通し始める。

 ガシュレイにとどめを刺したクルーク。
 砂漠の砂に抱かれるように崩れ落ちるガシュレイ。
 血にまみれた剣もまた、クルークの手から滑り落ち、砂に埋まる。
 立っていることもままならないクルークに駆け寄るハルカ。
 勝利の幸福も、達成感も、何も感じずに、吐き出すように泣き出したクルークをハルカは抱きしめる。
 強い復讐心を失い、目の前に広がる荒廃の地にどうして良いかわからず佇む。
『何も無くなってしまった』とクルークは言い、咽び泣く。
『私はここにいる、ずっとこれからも傍にいるから』とハルカは言う。
 クルークの足元で砂に埋まってゆくフェイ
 クルークを抱きしめる圧倒的で美しい存在感のハルカ。

 その光景を想像した時、私の手は震えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

夕陽を映すあなたの瞳

葉月 まい
恋愛
恋愛に興味のないサバサバ女の 心 バリバリの商社マンで優等生タイプの 昴 そんな二人が、 高校の同窓会の幹事をすることに… 意思疎通は上手くいくのか? ちゃんと幹事は出来るのか? まさか、恋に発展なんて… しないですよね?…あれ? 思わぬ二人の恋の行方は?? *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻ 高校の同窓会の幹事をすることになった 心と昴。 8年ぶりに再会し、準備を進めるうちに いつしか二人は距離を縮めていく…。 高校時代は 決して交わることのなかった二人。 ぎこちなく、でも少しずつ お互いを想い始め… ☆*:.。. 登場人物 .。.:*☆ 久住 心 (26歳)… 水族館の飼育員 Kuzumi Kokoro 伊吹 昴 (26歳)… 海外を飛び回る商社マン Ibuki Subaru

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

アンコール マリアージュ

葉月 まい
恋愛
理想の恋って、ありますか? ファーストキスは、どんな場所で? プロポーズのシチュエーションは? ウェディングドレスはどんなものを? 誰よりも理想を思い描き、 いつの日かやってくる結婚式を夢見ていたのに、 ある日いきなり全てを奪われてしまい… そこから始まる恋の行方とは? そして本当の恋とはいったい? 古風な女の子の、泣き笑いの恋物語が始まります。 ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ 恋に恋する純情な真菜は、 会ったばかりの見ず知らずの相手と 結婚式を挙げるはめに… 夢に描いていたファーストキス 人生でたった一度の結婚式 憧れていたウェディングドレス 全ての理想を奪われて、落ち込む真菜に 果たして本当の恋はやってくるのか?

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

処理中です...