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本編
06 【日菜子視点】めいろ
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学校が好きじゃない。
好きじゃない、と言うよりも学校に対して興味がない。
クラス替えが無いまま持ち上がりで2年生になったけど、クラスの大半の名前は覚えなかったし、友達もいなかった。
グループは大抵名前の順で括られたから友達を作る必要性はそれほど感じずに済んだし、部活も自由参加だったから帰宅部でいられた。
休み時間は全て宿題か予習か復習にあてる。
学校の成績だけは絶対に落としたくなかった。
休み時間は15分だけど、集中力だけは並外れてあると思う。授業と休み時間に勉強するだけでも偏差値真ん中くらいのこの高校では十分に成績を維持できた。
家に帰ったら早くサトちゃんの所へ行きたい。
サトちゃんの手が足りていたら、自分の部屋に篭って原稿に向かいたい。
ひたすらペンに墨をつけて直線を引き続けるのも良いし、一枚の写真をじっくりトレースするのも楽しい。
なんでもいい。
サトちゃんに一歩でも近づけることが凄く嬉しい。
サトちゃんに必要とされたい。
恋人でなくても、ずっと傍にいさせて欲しい。
だからアシスタントになった。
それはそんなに不純な動機なのかな。
自分がどれだけ真剣なのかを誰にも信じてもらえないのは、どうしてだろう。
「愛里、進路どうすんだ」
それは、もういい加減うんざりする程何度も聞かされた言葉。
私は職員室に呼び出されていた。
初老で気難しそうな顔の先生は、眉間のしわを寄せて、より一層厳しい顔に見えた。
私の目の前では掲げられた進路希望の紙がピラピラと踊っている。
「漫画家のプロアシスタントになります」
そうして、これも何度も繰り返した言葉。
納得いかない先生の目を見据えながら私は答える。
「愛里は、成績もいいのに……。なんで進学しないんだ」
学校の成績を保ってきたのは、サトちゃんのアシスタントをしたことで成績が下がったと先生や親に文句を言われないため。
別に大学に行きたいからじゃない。
「大学に行く意味が見出せません。私は卒業したら漫画家の先生の元でアシスタント業に勤しみます」
何度も何度も色々な大学を進められ、その度に頑なに断ってきた。
人によっては、『なぜそこへ進学したいのかは面接までに、もっとちゃんと考えておけ』とまで言い、とやかく問わないのに。
どうして大学へ行かない理由はしつこく聞いてくるんだろう。
学校としては大学に進学した生徒がたくさん欲しいのかな……宣伝に使いたいから。なんて、そんなひねくれた考え方をしてしまう。
先生は、私の不貞腐れた顔に深い溜息をつき、「しかも何故アシスタントにこだわるんだ。せめて漫画家になりますくらいの向上意欲みたいなものはないのか……?」と吐き捨てた。
『漫画家になります』なんて言った所で絶対応援なんてしない癖に。
「先生には理解できないかもしれませんが、私は漫画を作るのではなく漫画家さんを支えるお手伝いがしたいんです。失礼します」
永遠に分かり合えっこない。
時間の無駄だ。
私は深々と頭を下げて、その場を立ち去る。
後ろで、先生はまだブツブツ文句を言っていた。
「てゆーかさぁ、自主性がないんじゃないの」
教室に帰り席に着くなり、職員室でのやりとりを一通り聞いていたらしいクラスの女子が絡んできた。
「愛里さん、知り合いに漫画家がいるんでしょ? その人のお手伝いしてればお金が入るなんていいよねー」
めんどくさい、この人誰だっけ。
「ずっとそんなん続くわけないじゃん、だから先生も心配してんじゃん?」
私は無視して、さっさと次の授業の準備を始めた。
確か次は古典の筈だ。
「だって、その人次第なんでしょ、愛里さんの人生」
そうだ。古語辞典も必要だ。
どこにしまったかすぐには思い出せなくて、私は鞄を漁った。
「おんぶに抱っこじゃあ、その漫画家も重いだろうね。あ、でも愛里さんの人生がどうなろうと正直その人には関係ないかー」
鞄を漁っていた手が止まる。
どうせ、進学へのストレスが受験とは無縁の自分に向いただけだ。
こんなの相手にしなければ良い。
わかっている。
わかっている。
そんなことは、忠告されなくたって十分わかっている。
「じゃあ、あなたは何になりたいの?」
思っていた以上に冷たい声が出た。
私から反応が返ってくることを想像していなかったのか、彼女は少々面食らったような顔をして、返事が少し遅れた。
「あたし? あたしはーまぁ、とりあえず大学に行ってーって感じだけど」
「それは自主性がある生徒の進むべき進路なの?」
「何よ。将来のこと考えて、そのためにマジ勉強してんじゃん!」
私はぎゅっと爪が食い込むほど強く拳を握った。
指の隙間にできたペンだこが潰されて鈍く痛む。
爪と指紋に染み込んでいるインクの跡。
風景を見ただけで頭の中に広がる点と線。
途方も無いくらい、人生の全てをかけて培ってきたもの。
「私だって、本気だよ!」
ガタン! とクラスの注目を集めるくらいの音を立てて、私は椅子から立ち上がった。
「私だって、本気で将来のこと考えてる!」
じゃあ、社長となる人を信じて、一緒に会社を興そうとしている人や、旦那様を影で支えている専業主婦には自主性がないの?
大切な人を、自分の全てをかけて支えたいという願いは、貴方の進路と比べて軽いの?
溜め込んでいたものが一気に吐き出された。
けれど言うほど悲しくなり、感情のまま叫んで。叫んで。
何を言ったか、言い返されたか、そこから先は記憶がない。
気が付いた時には声は枯れ、体が疲労を訴えていた。
心が空っぽになった。
それは、相手にも願われて叶う願いだ。
果たして私は、サトちゃんに必要とされているのだろうか。
将来の話をしたら、サトちゃんになんて言われるんだろう。
必要と……されたい。
そのためには努力する以外、方法がわからない。
途方も無い迷路に迷い込んだ私は、ひたすら上を目指して壁をのぼることしかできなかった。
上りきった先に、出口はあるのかな。
それとも、終わりの無い迷路が延々と続いているだけなのかな。
好きじゃない、と言うよりも学校に対して興味がない。
クラス替えが無いまま持ち上がりで2年生になったけど、クラスの大半の名前は覚えなかったし、友達もいなかった。
グループは大抵名前の順で括られたから友達を作る必要性はそれほど感じずに済んだし、部活も自由参加だったから帰宅部でいられた。
休み時間は全て宿題か予習か復習にあてる。
学校の成績だけは絶対に落としたくなかった。
休み時間は15分だけど、集中力だけは並外れてあると思う。授業と休み時間に勉強するだけでも偏差値真ん中くらいのこの高校では十分に成績を維持できた。
家に帰ったら早くサトちゃんの所へ行きたい。
サトちゃんの手が足りていたら、自分の部屋に篭って原稿に向かいたい。
ひたすらペンに墨をつけて直線を引き続けるのも良いし、一枚の写真をじっくりトレースするのも楽しい。
なんでもいい。
サトちゃんに一歩でも近づけることが凄く嬉しい。
サトちゃんに必要とされたい。
恋人でなくても、ずっと傍にいさせて欲しい。
だからアシスタントになった。
それはそんなに不純な動機なのかな。
自分がどれだけ真剣なのかを誰にも信じてもらえないのは、どうしてだろう。
「愛里、進路どうすんだ」
それは、もういい加減うんざりする程何度も聞かされた言葉。
私は職員室に呼び出されていた。
初老で気難しそうな顔の先生は、眉間のしわを寄せて、より一層厳しい顔に見えた。
私の目の前では掲げられた進路希望の紙がピラピラと踊っている。
「漫画家のプロアシスタントになります」
そうして、これも何度も繰り返した言葉。
納得いかない先生の目を見据えながら私は答える。
「愛里は、成績もいいのに……。なんで進学しないんだ」
学校の成績を保ってきたのは、サトちゃんのアシスタントをしたことで成績が下がったと先生や親に文句を言われないため。
別に大学に行きたいからじゃない。
「大学に行く意味が見出せません。私は卒業したら漫画家の先生の元でアシスタント業に勤しみます」
何度も何度も色々な大学を進められ、その度に頑なに断ってきた。
人によっては、『なぜそこへ進学したいのかは面接までに、もっとちゃんと考えておけ』とまで言い、とやかく問わないのに。
どうして大学へ行かない理由はしつこく聞いてくるんだろう。
学校としては大学に進学した生徒がたくさん欲しいのかな……宣伝に使いたいから。なんて、そんなひねくれた考え方をしてしまう。
先生は、私の不貞腐れた顔に深い溜息をつき、「しかも何故アシスタントにこだわるんだ。せめて漫画家になりますくらいの向上意欲みたいなものはないのか……?」と吐き捨てた。
『漫画家になります』なんて言った所で絶対応援なんてしない癖に。
「先生には理解できないかもしれませんが、私は漫画を作るのではなく漫画家さんを支えるお手伝いがしたいんです。失礼します」
永遠に分かり合えっこない。
時間の無駄だ。
私は深々と頭を下げて、その場を立ち去る。
後ろで、先生はまだブツブツ文句を言っていた。
「てゆーかさぁ、自主性がないんじゃないの」
教室に帰り席に着くなり、職員室でのやりとりを一通り聞いていたらしいクラスの女子が絡んできた。
「愛里さん、知り合いに漫画家がいるんでしょ? その人のお手伝いしてればお金が入るなんていいよねー」
めんどくさい、この人誰だっけ。
「ずっとそんなん続くわけないじゃん、だから先生も心配してんじゃん?」
私は無視して、さっさと次の授業の準備を始めた。
確か次は古典の筈だ。
「だって、その人次第なんでしょ、愛里さんの人生」
そうだ。古語辞典も必要だ。
どこにしまったかすぐには思い出せなくて、私は鞄を漁った。
「おんぶに抱っこじゃあ、その漫画家も重いだろうね。あ、でも愛里さんの人生がどうなろうと正直その人には関係ないかー」
鞄を漁っていた手が止まる。
どうせ、進学へのストレスが受験とは無縁の自分に向いただけだ。
こんなの相手にしなければ良い。
わかっている。
わかっている。
そんなことは、忠告されなくたって十分わかっている。
「じゃあ、あなたは何になりたいの?」
思っていた以上に冷たい声が出た。
私から反応が返ってくることを想像していなかったのか、彼女は少々面食らったような顔をして、返事が少し遅れた。
「あたし? あたしはーまぁ、とりあえず大学に行ってーって感じだけど」
「それは自主性がある生徒の進むべき進路なの?」
「何よ。将来のこと考えて、そのためにマジ勉強してんじゃん!」
私はぎゅっと爪が食い込むほど強く拳を握った。
指の隙間にできたペンだこが潰されて鈍く痛む。
爪と指紋に染み込んでいるインクの跡。
風景を見ただけで頭の中に広がる点と線。
途方も無いくらい、人生の全てをかけて培ってきたもの。
「私だって、本気だよ!」
ガタン! とクラスの注目を集めるくらいの音を立てて、私は椅子から立ち上がった。
「私だって、本気で将来のこと考えてる!」
じゃあ、社長となる人を信じて、一緒に会社を興そうとしている人や、旦那様を影で支えている専業主婦には自主性がないの?
大切な人を、自分の全てをかけて支えたいという願いは、貴方の進路と比べて軽いの?
溜め込んでいたものが一気に吐き出された。
けれど言うほど悲しくなり、感情のまま叫んで。叫んで。
何を言ったか、言い返されたか、そこから先は記憶がない。
気が付いた時には声は枯れ、体が疲労を訴えていた。
心が空っぽになった。
それは、相手にも願われて叶う願いだ。
果たして私は、サトちゃんに必要とされているのだろうか。
将来の話をしたら、サトちゃんになんて言われるんだろう。
必要と……されたい。
そのためには努力する以外、方法がわからない。
途方も無い迷路に迷い込んだ私は、ひたすら上を目指して壁をのぼることしかできなかった。
上りきった先に、出口はあるのかな。
それとも、終わりの無い迷路が延々と続いているだけなのかな。
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