漫画のつくりかた

右左山桃

文字の大きさ
上 下
6 / 48
本編

05 【日菜子視点】妖精は恋してる

しおりを挟む
 妖精の名前はフェイに決まった。
 私は床の上にごろりと寝そべって、上機嫌でフェイの設定資料、もとい、サトちゃんが話をプロットに落とし込む前にノートに殴り書いたネタ帳を眺めていた。

 デザイン画のフェイは私とお揃いのフワフワくせっ毛。それを高い位置でツインテールにしている。
 童顔でぷにぷにした、美しい妖精というよりは、子供のように愛らしい女の子。
 耳の先はツンと尖っていて、フェイが人ではないことがわかる。
 ふわりと軽やかな素材のワンピースに透明の羽、髪と衣装は花や蔦で飾っている。

「かぁわいぃ~なぁ~、サトちゃん上手いなぁ」

 それも私がモデルなのだから、こそばゆいけど嬉しいったらない。
 私は足をジタバタさせながら、顔がニヤニヤするのが抑えられなかった。
 サトちゃんは今、練り直した2話のプロットを担当さんに見せに行っていてアパートにはいない。
 私は早く担当さんからのGOサインが知りたくて、サトちゃんの家で待機していた。

「フェイはねぇ、クルークのことが好きなの」

 ネタ帳を見ながら、ふふっと私は笑う。
 そんなことはどこにも書かれていない、私の脳内設定だ。

「クルークはサトちゃんだと思うんだよね……。本人、自覚してるかわかんないけど」

 ちょっと頑なで、でも意思が強くて負けず嫌い。
 そんなところがそっくりだな、って思う。

「フェイは、クルークの剣なの。何があってもクルークの為に戦って、クルークを守るんだよ」

 フェイの絵の上にそっと手を乗せて私は語りかける。
 フェイは怪我をして一人ぼっちで森にいた。
 ガシュレイがクルークの村に放った火が森に燃え移り、そこにいた妖精達もほとんど死んだのだ。
 瀕死の傷を負い、仲間を失ったフェイもクルーク同様、ガシュレイに復讐したい、だからクルークと手を組んだのだと設定にはある。
 ガシュレイには強い呪いがかけられていて、誰も容易には殺せない。
 反乱の際も処刑されなかったのは、彼が不死に近かったから。
 でも妖精の力を借りればとどめを刺せる。
 フェイは人の願望を投影し姿を変える能力を持っている。
 ガシュレイに勝つための強い武器をクルークは求め、フェイは介抱してくれたクルークへの恩返しと、仲間の仇をとるためにそれに応えるのだ。

 一人ぼっちできっと心細くて寂しかったよね、フェイ。
 クルークに会えて良かったね。

 フェイは復讐とか仇とか、そんなのはどうだっていい気がする。
 サトちゃんの作ったシリアスなシナリオそっちのけで、私の脳内のフェイは、自分を介抱してくれた愛しのクルークと旅ができること、クルークの力になれることが嬉しくて仕方がないのだ。

 パラパラと設定資料を捲っていくと、今後の漫画の要となるおおまかなあらすじが書いてあった。
 何度も斜線が引いてあり、その上からあちこちに線を引っ張って設定が書き換えてある。
 新キャラのフェイが突如登場したため、話の軌道修正が必要になったのだと思われた。

 3話は1話を丸々使ってクルークとガシュレイの直接対決を描く。クルークはガシュレイへの復讐を完遂させる。
 そして4話、ガシュレイを倒し……。

 私は、ページを捲る手が止まった。

 4話、ガシュレイを倒し復讐を果たしたクルークは何も満たされない。
 戦いには勝ったが、フェイの死により復讐や戦いは悲しみしか生み出さない負の連鎖だということに気づく。
 クルークはガシュレイの死後に、ガシュレイの足取りや生き様を辿ることにより、その虚しさを一層感じることになる。

 フェイ……。

 ぽつり、と知らず知らずのうちに呟いていた。

「フェイは死んじゃうんだ」

 表情は動かなかったし、ショックはそれほど大きくなかった。
 サトちゃんにとってフェイは、私を元に作ったキャラクターであっても、もう一人の人格を与えたキャラクターだ。
 過酷な運命を与えることをサトちゃんは厭わない。

 そして5話でクルークはハルカにプロポーズする。
 クルークはもう2度と剣を持たず、二人は慎ましく幸せな家庭を築いていく。

「そうして、クルークとハルカに子供ができて、フェイって名前をつけたりしてね……」

 ノートをパタンと閉じて笑った。
 努めて明るく。
 クルークの為に死ねるのならば、フェイの生涯は幸せなものだったんだろう。
 それならば、それでいい。

 玄関のドアを開ける音が扉の向こうで聞こえた。
 私はその音に跳ね起きて、廊下を走って待ちわびていた人を迎える。

「帰った、通った」

 短くそう言って、軽く口の端を上げて笑うサトちゃんに、私も「やったね!」と明るく響く声で答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夕陽を映すあなたの瞳

葉月 まい
恋愛
恋愛に興味のないサバサバ女の 心 バリバリの商社マンで優等生タイプの 昴 そんな二人が、 高校の同窓会の幹事をすることに… 意思疎通は上手くいくのか? ちゃんと幹事は出来るのか? まさか、恋に発展なんて… しないですよね?…あれ? 思わぬ二人の恋の行方は?? *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻ 高校の同窓会の幹事をすることになった 心と昴。 8年ぶりに再会し、準備を進めるうちに いつしか二人は距離を縮めていく…。 高校時代は 決して交わることのなかった二人。 ぎこちなく、でも少しずつ お互いを想い始め… ☆*:.。. 登場人物 .。.:*☆ 久住 心 (26歳)… 水族館の飼育員 Kuzumi Kokoro 伊吹 昴 (26歳)… 海外を飛び回る商社マン Ibuki Subaru

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

私と継母の極めて平凡な日常

当麻月菜
ライト文芸
ある日突然、父が再婚した。そして再婚後、たった三ヶ月で失踪した。 残されたのは私、橋坂由依(高校二年生)と、継母の琴子さん(32歳のキャリアウーマン)の二人。 「ああ、この人も出て行くんだろうな。私にどれだけ自分が不幸かをぶちまけて」 そう思って覚悟もしたけれど、彼女は出て行かなかった。 そうして始まった継母と私の二人だけの日々は、とても淡々としていながら酷く穏やかで、極めて平凡なものでした。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

流星の徒花

柴野日向
ライト文芸
若葉町に住む中学生の雨宮翔太は、通い詰めている食堂で転校生の榎本凛と出会った。 明るい少女に対し初めは興味を持たない翔太だったが、互いに重い運命を背負っていることを知り、次第に惹かれ合っていく。 残酷な境遇に抗いつつ懸命に咲き続ける徒花が、いつしか流星となるまでの物語。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

アンコール マリアージュ

葉月 まい
恋愛
理想の恋って、ありますか? ファーストキスは、どんな場所で? プロポーズのシチュエーションは? ウェディングドレスはどんなものを? 誰よりも理想を思い描き、 いつの日かやってくる結婚式を夢見ていたのに、 ある日いきなり全てを奪われてしまい… そこから始まる恋の行方とは? そして本当の恋とはいったい? 古風な女の子の、泣き笑いの恋物語が始まります。 ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ 恋に恋する純情な真菜は、 会ったばかりの見ず知らずの相手と 結婚式を挙げるはめに… 夢に描いていたファーストキス 人生でたった一度の結婚式 憧れていたウェディングドレス 全ての理想を奪われて、落ち込む真菜に 果たして本当の恋はやってくるのか?

処理中です...