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本編
04 【悟史視点】黒い翼の傍らに
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俺が担当編集者の橘立花さんに言われたことは4つ。
1.5話で完結させること。
2.起承転結を作ること。
3.過度に異色性を出さないこと。
4.読者を置いていかないこと。
新人はハッとするような衝撃作を描くよりも、決められた枠内で王道がきちんと描けるようにならなければならないと言われた。
出版社や雑誌によって違うのかもしれないけど、少なくとも俺が連載している少年ホップの方向性はそうらしい。
目新しい作品を描く作家が次々と現れる戦国世界で、先人が歩いた道を敢えて辿る。
それは遠回りでもどかしい作業のようだけど、王道は難しい。
自分の持ち味、武器を理解して、それを上手く出していかないと沢山の漫画に埋もれて終わる。
だからと言って捻り過ぎると話が解りづらくなり、読者を置いていくことになる。
橘さんが出した条件は、当たり前と言えば当たり前のこと。
王道を面白く描ける技量は、これからの漫画家人生で必須スキルと言えた。
1話の前半で、クルークの幼少期をざっと描き、後半は成長してから村が滅ぶところまでを描いた。
てんやわんやで始めた連載だったけど、ピヨ子と作画を極めた前半の村の描写と、後半対照的な村が滅ぶ描写は、それなりに編集部に評価されたようだった。
そして、喜んだり反省する暇もなく、2話目のプロットに入った。
プロットとは、漫画の原型となるストーリーを文章だけで表現したものをいう。内容は演劇の台本に近い。
クルークは自分と同じく両親を失った幼馴染の少女――ハルカを連れて村を出る。
護衛や遣いの仕事をしながら生計を立て、必死に生き抜く二人を描く。
そして二人は客の話で、あの残虐王がまだ生きていて、この地に追放されたことを知る。
クルークはガシュレイへの復讐を誓うのだ。
「ぅ……く……暗い……」
2話のプロットを見せた後、橘さんは眉根を寄せて呻いた。
快活なボブカットの髪を両手でぐしゃりと潰して、どーしたもんかと俺にジト目を向ける。
「タイトルは『黒翼士』、1話目から何だかきな臭い感じはしていたけれどね。水谷くんさぁ、ファンタジーなんだから、こんなドロドロってどうなのよ」
俺より6歳年上で、竹を割ったような性格の橘さんは、何でもズバズバ言うけど面倒見が良く、デビューから今まで目をかけてくれている恩人だ。
俺は彼女を尊敬してるし、感謝もしてる。……けど。
橘さんに罪はないけど、性根の悪い姉がいるせいで、年上の女性全般に何となく苦手意識がある。
苦言が耳に痛くて、俺は橘さんの視線を受け流しつつ「ソウデスネ……」と小さく呟いた。
「読者は読んだ後、真っ暗になるわよ。主人公のクルークも、ヒロインのハルカちゃんも何か、どよーんて暗いしさぁ。私は、このガシュレイへの復讐を誓ったクルークのバックにサスペンス劇場の音楽が流れたわよ」
サスペンス劇場って何だろうと思ったけど、重要なのはソコじゃなさそうなのでツッコむのをやめた。
最初から明るい話を描こうと思っていた訳じゃないし、メインキャラ達の性格については辛い人生を歩んできたんだから明るい方が違和感あるし……。
ストーリーもラストの読後感が悪くなければこのままでもと思ったけど、橘さんには「こんなの受けない」とバッサリ切り捨てられた。
確かに、1話目で既にクルークとシンクロし過ぎてボロボロになったピヨ子のことを思い出すと、結構悲惨な漫画かもしれない。
「ねぇ、もっと明るいキャラクター出さない?」
そう橘さんは提案してきた。
「そうねぇ、できればマスコット的存在で可愛いやつ」
眉根を寄せるのは俺の番だった。
「マスコット……? 可愛い……?」
あまりに自分の持つ作風とはかけ離れたキーワードに困惑する。
「ほら、よくいるじゃない。勇者の脇には小さな口うるさい妖精みたいなやつ」
何となく、橘さんの言いたいことは解る。
でも、そんなキャラクターをこの漫画に出したら作風が一気に崩れる気がした。
「そんなの、ここからどう絡めたら……」
「それは水谷君が考えて私に案を持ってくるんでしょー? それで、クルークとハルカの恋心も、もっと前面に出すのよ。漫画が華やかになるからね」
俺が何か言うより早く、「じゃ、頑張ってね」と差し戻されて、2話のプロットはボツになった。
家に帰ってから、俺はボツになったプロットを見つつ頭を抱えた。
漫画のキャラクターは、自分に近い人格ならば行動パターンを想像しやすいので簡単だ。
作れば勝手に動いて話を進めてくれる。
だけど橘さんから提案されたキャラクターは、自分の人格からは程遠い。
「何か見本や手本になるキャラクターがいれば個性を掴めて描きやすいんだけどな」
だからと言って、既成作品を真似ることはできないし。
「マスコット……」
もう一度頭を抱えたとき、玄関のチャイムが鳴った。
「あぁ、そういやいたな。マスコット」
この家でチャイムを鳴らす、勧誘以外で心当たりのある人物はひとりしかいない。
低身長に童顔。
外見は元より、中身も口調も本当に高校生か疑わしいくらい幼いままで成長していない。
癖の強い髪はどんなにキツくまとめても後れ毛が頭頂をふわふわと漂っていて、せっかくの可愛い顔も合っていない丸眼鏡で野暮ったい。
外見も中身もフワッフワなのに、漫画を描いている時だけは死線を戦う剣豪と変わりない強さと真剣さを併せ持つピヨ子。
「これは、いけるかも」
学校が終わり――まだ原稿にとりかかるには早い段階だったけど――仕事の進捗を気にして、いつものようにアパートを訪れたピヨ子に、俺は話を盛り上げるために明るいマスコット的な新キャラを出さねばならないこと。そのキャラクターのモデルを、ピヨ子にしようと思っていることを話した。
「えぇっ!? 日菜子をモデルにしてくれるの!? どうしよう! どうしようぅ~!! 嬉しすぎる~~~!!」
ピヨ子の喜びは想像以上で、我を忘れて子供みたいに飛び跳ねて喜ぶもんだから……。
「ちょっとは落ち着け!」
ズビシ! とお団子頭にチョップをお見舞いする羽目になった。
ここは集合住宅なんだっつーの!!
ひとしきり騒いで落ち着いたピヨ子を座らせ、こほんとひとつ咳をしてから話を詰める。
「新キャラは、小さな妖精の女の子」
「うんうん」
ピヨ子は「日菜子、妖精さんなのかぁ……」とうっとりしながら嬉しそうに頷く。
細身で美しい幻想的な妖精を連想されていたら困るな……俺の想像下とはだいぶ違うから……と横目でピヨ子を見ながら思いつつ、続ける。
「でも、この話にそいつをどう絡めるかが問題なんだよ」
「あー……シリアスだもんねー。妖精とか出てきたら、雰囲気が壊れるっていうか」
ピヨ子は少し腕を組んで考え込んだ後、ぱっと顔を上げた。
「あ、こんなのはどうかな!」
ピヨ子の思いついた考えは、妖精は武器に変身できるという物だった。
「彼女はクルークの剣になるの」
復讐を誓うクルークに、力を貸す代わりに旅の仲間に入れて欲しいと頼む妖精の女の子。
ピヨ子の話を暫く黙って聞きながら、俺はうーんと低く唸った。
「……力添えをしてくれる妖精の見返りは?」
「うみゃっ!?」
「ひょっとして最後は黒幕か? ガシュレイを倒した後に本性出してクルークの体をのっとるとか、人間界に恨みがあっての妖精と人間の全面戦争がそこから勃発するとか」
「…………」
ピヨ子はポカーンとした後、眉根を寄せて呻き頭を抱えだした。
「うぅ……。サトちゃんて……なんだってそう……」
ああ、なんかこの展開、既視感あるわ。
「もう! 日菜子がモデルの妖精が、そんな怖いこと考えてる訳ないでしょー!? 妖精はね、怪我をしてるの! 仲間とはぐれてひとりぼっちでいるの。そこをクルークが介抱してあげたんだよ」
そうして、新たな旅の仲間が加わることとなった。
1.5話で完結させること。
2.起承転結を作ること。
3.過度に異色性を出さないこと。
4.読者を置いていかないこと。
新人はハッとするような衝撃作を描くよりも、決められた枠内で王道がきちんと描けるようにならなければならないと言われた。
出版社や雑誌によって違うのかもしれないけど、少なくとも俺が連載している少年ホップの方向性はそうらしい。
目新しい作品を描く作家が次々と現れる戦国世界で、先人が歩いた道を敢えて辿る。
それは遠回りでもどかしい作業のようだけど、王道は難しい。
自分の持ち味、武器を理解して、それを上手く出していかないと沢山の漫画に埋もれて終わる。
だからと言って捻り過ぎると話が解りづらくなり、読者を置いていくことになる。
橘さんが出した条件は、当たり前と言えば当たり前のこと。
王道を面白く描ける技量は、これからの漫画家人生で必須スキルと言えた。
1話の前半で、クルークの幼少期をざっと描き、後半は成長してから村が滅ぶところまでを描いた。
てんやわんやで始めた連載だったけど、ピヨ子と作画を極めた前半の村の描写と、後半対照的な村が滅ぶ描写は、それなりに編集部に評価されたようだった。
そして、喜んだり反省する暇もなく、2話目のプロットに入った。
プロットとは、漫画の原型となるストーリーを文章だけで表現したものをいう。内容は演劇の台本に近い。
クルークは自分と同じく両親を失った幼馴染の少女――ハルカを連れて村を出る。
護衛や遣いの仕事をしながら生計を立て、必死に生き抜く二人を描く。
そして二人は客の話で、あの残虐王がまだ生きていて、この地に追放されたことを知る。
クルークはガシュレイへの復讐を誓うのだ。
「ぅ……く……暗い……」
2話のプロットを見せた後、橘さんは眉根を寄せて呻いた。
快活なボブカットの髪を両手でぐしゃりと潰して、どーしたもんかと俺にジト目を向ける。
「タイトルは『黒翼士』、1話目から何だかきな臭い感じはしていたけれどね。水谷くんさぁ、ファンタジーなんだから、こんなドロドロってどうなのよ」
俺より6歳年上で、竹を割ったような性格の橘さんは、何でもズバズバ言うけど面倒見が良く、デビューから今まで目をかけてくれている恩人だ。
俺は彼女を尊敬してるし、感謝もしてる。……けど。
橘さんに罪はないけど、性根の悪い姉がいるせいで、年上の女性全般に何となく苦手意識がある。
苦言が耳に痛くて、俺は橘さんの視線を受け流しつつ「ソウデスネ……」と小さく呟いた。
「読者は読んだ後、真っ暗になるわよ。主人公のクルークも、ヒロインのハルカちゃんも何か、どよーんて暗いしさぁ。私は、このガシュレイへの復讐を誓ったクルークのバックにサスペンス劇場の音楽が流れたわよ」
サスペンス劇場って何だろうと思ったけど、重要なのはソコじゃなさそうなのでツッコむのをやめた。
最初から明るい話を描こうと思っていた訳じゃないし、メインキャラ達の性格については辛い人生を歩んできたんだから明るい方が違和感あるし……。
ストーリーもラストの読後感が悪くなければこのままでもと思ったけど、橘さんには「こんなの受けない」とバッサリ切り捨てられた。
確かに、1話目で既にクルークとシンクロし過ぎてボロボロになったピヨ子のことを思い出すと、結構悲惨な漫画かもしれない。
「ねぇ、もっと明るいキャラクター出さない?」
そう橘さんは提案してきた。
「そうねぇ、できればマスコット的存在で可愛いやつ」
眉根を寄せるのは俺の番だった。
「マスコット……? 可愛い……?」
あまりに自分の持つ作風とはかけ離れたキーワードに困惑する。
「ほら、よくいるじゃない。勇者の脇には小さな口うるさい妖精みたいなやつ」
何となく、橘さんの言いたいことは解る。
でも、そんなキャラクターをこの漫画に出したら作風が一気に崩れる気がした。
「そんなの、ここからどう絡めたら……」
「それは水谷君が考えて私に案を持ってくるんでしょー? それで、クルークとハルカの恋心も、もっと前面に出すのよ。漫画が華やかになるからね」
俺が何か言うより早く、「じゃ、頑張ってね」と差し戻されて、2話のプロットはボツになった。
家に帰ってから、俺はボツになったプロットを見つつ頭を抱えた。
漫画のキャラクターは、自分に近い人格ならば行動パターンを想像しやすいので簡単だ。
作れば勝手に動いて話を進めてくれる。
だけど橘さんから提案されたキャラクターは、自分の人格からは程遠い。
「何か見本や手本になるキャラクターがいれば個性を掴めて描きやすいんだけどな」
だからと言って、既成作品を真似ることはできないし。
「マスコット……」
もう一度頭を抱えたとき、玄関のチャイムが鳴った。
「あぁ、そういやいたな。マスコット」
この家でチャイムを鳴らす、勧誘以外で心当たりのある人物はひとりしかいない。
低身長に童顔。
外見は元より、中身も口調も本当に高校生か疑わしいくらい幼いままで成長していない。
癖の強い髪はどんなにキツくまとめても後れ毛が頭頂をふわふわと漂っていて、せっかくの可愛い顔も合っていない丸眼鏡で野暮ったい。
外見も中身もフワッフワなのに、漫画を描いている時だけは死線を戦う剣豪と変わりない強さと真剣さを併せ持つピヨ子。
「これは、いけるかも」
学校が終わり――まだ原稿にとりかかるには早い段階だったけど――仕事の進捗を気にして、いつものようにアパートを訪れたピヨ子に、俺は話を盛り上げるために明るいマスコット的な新キャラを出さねばならないこと。そのキャラクターのモデルを、ピヨ子にしようと思っていることを話した。
「えぇっ!? 日菜子をモデルにしてくれるの!? どうしよう! どうしようぅ~!! 嬉しすぎる~~~!!」
ピヨ子の喜びは想像以上で、我を忘れて子供みたいに飛び跳ねて喜ぶもんだから……。
「ちょっとは落ち着け!」
ズビシ! とお団子頭にチョップをお見舞いする羽目になった。
ここは集合住宅なんだっつーの!!
ひとしきり騒いで落ち着いたピヨ子を座らせ、こほんとひとつ咳をしてから話を詰める。
「新キャラは、小さな妖精の女の子」
「うんうん」
ピヨ子は「日菜子、妖精さんなのかぁ……」とうっとりしながら嬉しそうに頷く。
細身で美しい幻想的な妖精を連想されていたら困るな……俺の想像下とはだいぶ違うから……と横目でピヨ子を見ながら思いつつ、続ける。
「でも、この話にそいつをどう絡めるかが問題なんだよ」
「あー……シリアスだもんねー。妖精とか出てきたら、雰囲気が壊れるっていうか」
ピヨ子は少し腕を組んで考え込んだ後、ぱっと顔を上げた。
「あ、こんなのはどうかな!」
ピヨ子の思いついた考えは、妖精は武器に変身できるという物だった。
「彼女はクルークの剣になるの」
復讐を誓うクルークに、力を貸す代わりに旅の仲間に入れて欲しいと頼む妖精の女の子。
ピヨ子の話を暫く黙って聞きながら、俺はうーんと低く唸った。
「……力添えをしてくれる妖精の見返りは?」
「うみゃっ!?」
「ひょっとして最後は黒幕か? ガシュレイを倒した後に本性出してクルークの体をのっとるとか、人間界に恨みがあっての妖精と人間の全面戦争がそこから勃発するとか」
「…………」
ピヨ子はポカーンとした後、眉根を寄せて呻き頭を抱えだした。
「うぅ……。サトちゃんて……なんだってそう……」
ああ、なんかこの展開、既視感あるわ。
「もう! 日菜子がモデルの妖精が、そんな怖いこと考えてる訳ないでしょー!? 妖精はね、怪我をしてるの! 仲間とはぐれてひとりぼっちでいるの。そこをクルークが介抱してあげたんだよ」
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