恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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その後のおはなし

それから・12(終)

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「……え。い、いつから……? いつからカフェにいた……の……?」

「声をかけようにも、かけられなかったよ。俺もう二度とあのふたりに会えない」


顔を覆いながら、はぁーっ……と重く溜息をつく雅に、頭の中が真っ白になった。
どうやら、聞かれていた……らしい……。
それなのに涼しい顔でずっと千夏と涼子に愛想笑いを続けていた……とか……?
雅の心中は察するに余りある。


「ご……ごごごごめんなさい……」

「なんで言うかな……」

「ごめんなさいぃぃ……ごめんなさいぃぃ……」


もはや口からは、ごめんなさいしか出てこない。
いや、ごめんなさいだけじゃ駄目だと思い直し必死に言い訳を絞り出す。


「え、えっとね。今日のこの日を迎えたら……。雅と再会してから、プロポーズしてもらうまでの話をふたりにしたくなって……。えーと……そしたら流れで……? みたいな……」

「流れ!? 流れであの話しする必要あった!? それ話すんだったら先月プロポーズし直した方の話をすれば良くない?」

「あー……」

「あー……って」

「あれは本当に良いレストランだったよね。あんなに豪華なご馳走食べたの初めてだったよ。特にお肉が……肉汁が溢れ出て最高に美味しかったなぁ……」

「……え。ちょっ……そんな記憶なの?」


そんな訳が無い。
雅は申し分のない素敵なプロポーズをし直してくれた。
ホテルディナーに臆する私に素敵なドレスを選んでくれて、当日はメイクもヘアセットも全部予約済みだった。
例えるならば、魔法をかけてもらったシンデレラが王子様に永遠の愛を誓ってもらえるまでのフルセット。
それを、ひと晩で経験させてくれたのだ。


「私からの答えなんて分かりきっていたのに、何であそこまでできちゃうんだか……」

「分かってなかったらできなかったよ。断れない雰囲気にしたら可哀想だし」

「お……お人好しだなぁ……」


思い出に残るような……きっと涼子が願ってやまないプロポーズってあんな風なんだろう。
そう思ったから余計、涼子には言えなかった。
私には分不相応だという気持ちが拭えなかったから、それならいっそ、と私らしいプロポーズの話をチョイスしてみたんだけど……。
ちらっと横目で覗き見て、ムスーとした表情の雅に肩を落とす。
雅にしてみたら、そうだよなぁ。
……嫌だったよなぁ……。


「……ごめんね」

「…………」


なんで……軽い気持ちでベラベラ喋っちゃったんだろう……。
後悔してもしきれなくて、できることなら千夏と涼子に再会する辺りからやり直したい。


「うぅ。……怒らないで……とはとても言えない立場だけど……。もうしないから……」


雅の顔を見ているのが辛くなって、俯いたまま顔が上げられない。
「……嫌いにならないで……」と蚊のなくような声を絞り出した。


「なるわけないでしょ」


間髪入れず、呆れた声とチョップが頭に振ってきた。


「まぁ、いいよ。すごく気持ちいいみたいだし」


不意に話を戻されて、カッと顔が発火するかと思った。


「良かった」


辛辣なお説教を始めるのかと思いきや、穏やかな笑顔で雅は言う。
信号が青に変わり、雅が荷物を反対の手に持ち直して私の手を引いた。
扱いの難しい私を、見捨てず、焦らず、どうしたら私が私らしく幸せに生きていけるのかを考えてくれた、この世でたったひとりの大切な人。
私の言葉が足りなくて、心外にもふたりに腹黒いと言われてしまったけど、これが私の知っている雅の全て。
こそばゆいようなもどかしい気持ちで、私も手を握り返した。


「このまま家に向かって、大丈夫?」

「うん……」

「じゃあ、行こうか」


どこか心許なそうな雅の表情を読みとって、手のひらに少し汗をかいていることに気づいた。
意外。最近の雅は孝幸さんの前でも堂々としているし、口も立つようになったのに……それでも緊張なんてするんだ。


「孝幸さんに言うの、気が重い?」

「まあね……。美亜のことは悪く言わない約束だけど、どんな態度でくるかはわからないし、俺のことは『半人前の癖に』って思ってるだろうし……」


そこまで言って、雅の表情が一層暗くなる。


「万が一、美亜に失礼があったら……ごめん」

「えぇ?」


雅が一番気にしてる所って、そこなの!?
思わず拍子抜けして、優しい心遣いに気持ちが温かくなる。


「それだったら、全く気にしなくて大丈夫だよ。それにほら。孝幸さんが雅のことを半人前だって言うのなら、私はふたりで一人前になりたい。だから一緒になりたいんですって言うよ?」

「……嬉しいけど……。それ、火に油注ぎそうじゃない……?」

「もういっそ言いたいこと言って一緒にボコボコにされるのも良いかなって気がしてて、いつかはこれも思い出になるし、一回で上手く行くなんて思ってないし……」

「ホント、タフになったよね、美亜」

「何があっても雅を諦めないであろう私の執念深さは、孝幸さんだって知っているだろうし……って、そんなこと言ってたら……ちょっと引く?」

「まさか。頼もしくって安心した」


笑っている雅の腕に抱きついて、肩にそっと頬を乗せる。


「傷つくことは恐くないから、荷物は私にも分けて。持たせて。一緒に乗り越えていこうよ」


目を合わせて微笑みあい、声を重ねた。


「「傍にいたい」」


シンデレラになった夜。
窓から見える夜景も、レストランもディナーも……何もかもが夢みたいで、キラキラ光る泡が踊るシャンパンみたいな世界だった。
グラスの向こうで雅が笑い、私も頷いて誓い合った約束を思い出す。


ふたりでいっぱい、幸せになろうね。

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