恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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その後のおはなし

それから・8

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シャワーを終えて、バスタオルでぐるぐる巻きになりながらリビングに戻り、バスローブの隣にかけてあったパジャマに着替える。
着替えてる間、雅がこっちを向いたらどうしよう、それから急に押し倒されたらどうしよう、そんなことをエンドレスに考えていたけど杞憂に終わった。
無事に着替え終わり「ドライヤーどこだろう……」と洗面台の引き出しを漁っていたら、雅が「俺も探そうか」とようやくこちらを向いた。

結局、引き出しからは電動あんましか出てこなかった。
ふたりで無言になる。
笑い飛ばせる余裕は、少なくとも私には無かった。
ドライヤーは、洗面台の脇にフックでかけてあった。


「俺が乾かしてもいい?」


雅に問われて、思わず緊張で体が強ばる。
空気を読んだ雅が「やっぱり、汗かいたから俺もシャワー浴びてくるね」と言って立ち去ろうとするから、慌ててワイシャツの裾を捕まえた。


「いや、お願い! 是非に乾かしてください! お願いします!」


必死すぎる私に吹き出して、雅がベッドに腰掛けた。


「じゃあ、美亜も座ってくれる?」


ベッドにふたりで腰掛けながら髪を乾かしてもらう。
風で髪が舞うと、シャンプーの香りも一緒にふわりと届く。


「髪、綺麗だよね。俺、美亜の髪好きだなー」


私も、雅に触れてもらうのが、本当はすごく好きなんだよ。
言葉にするのを躊躇って、心の中で呟いた。
濡れて絡まった髪が、雅に優しく撫でられて少しずつ指で解かされていく。
ベッド横の鏡には、楽しそうにドライヤーをかけている雅と、頬を高揚させて、とろんとした表情の自分が映っていた。
全身が映るくらいの、大きな鏡。
この鏡は……恋人が情事の一部始終を客観的に観て興奮するためのオプションなんだろうか。
自分だってそうなるのかもしれないのに、イマイチ現実味がなくて、指の隙間からこぼれていく髪を夢見心地のまま見ていた。

ドライヤーの風と音が止んで、うなじに指とは違う、柔らかくて温かい感触があった。


「ん、……な?」


くすぐったくて、変な気持ちになって、思わず肩をすくめる。
雅の方を振り向こうとして、それより先に鏡が目に入る。
私の髪に顔を埋めるようにして、雅が私の首筋にキスをしていた。


「う、わあぁぁ!」


思わず、その場から飛び退く。
雅も私のリアクションにびっくりして、「えっ?」という表情のまま固まっていた。


「あ、えっと……」


わー! まままま……間違えた。
何やってんだ。私のバカ!
今のこれは……このキスがどんどん首元とか胸に落ちていって、色々あれやこれやてんやわんやになる予定だった伏線的なアレじゃないの!?
私今思いっきり……ムードぶち壊した?
フラグへし折った!


「ち、ち、違うの。あの、びっくりして」

「綺麗だったから、つい。びっくりさせてごめんね」


えへへと無邪気を装って誤魔化してくれる雅に、後悔と罪悪感でいっぱいになる。
告白して付き合えることになって、半ば強引にホテルまで来たのに。
ドライヤーもキスも、雅が一歩を踏み出そうとしてくれる度、私はなんでこんな態度しか取れないんだろう。
いつだったか千夏と涼子に言われた。
雅との関係に進展が無いのは私に問題があるからだって。
自分でもそう思う。
情けなくて、悔しくて下唇を噛んだ。


「……色気がなくて、間が悪くて……」

「え?」

「……ホントに……私って駄目だ……昔から何も変わらない……。ごめんなさい……」


謝ったってしょうがない。
余計に気まずく、甘い雰囲気からどんどん遠ざかる。
だけど、落ち込まずにはいられない。
泣きそうになって俯いた私の顔を、雅は両手で包んで上げさせた。


「綺麗だよ」


そっと触れるように、慈しむように、優しく優しく唇を重ねた。


「色気、なかったらキスしてないよ」


愛しそうに私を見つめて微笑みかけるから、私は塩をかけられたナメクジのように、頭から溶けて無くなるかと思った。


「シャワー行くね」


雅が私からスッと離れて今度こそ風呂場へと向かった。
私は雅の方を振り返ることが出来ず、お風呂の扉が閉まる音を聞いてから、そのままボスン! とベッドに倒れこんだ。

あ――――――。

好きの気持ちが爆発しそうになって、枕をひとつ抱き寄せて力一杯抱きしめる。

あああああ……本当に……もう……。

自分に絶望して泣きそうだった筈なのに、今度は幸せすぎて泣きそうになっている。
こんな駄目駄目な私に、なんて優しいんだか。
感情の起伏に振り回されて目が回る。
淡々としたつまらない人間だった私の心を、こんなに激しく動かす人は、きっとこの世に雅しかいない。

良かった……。
軌道修正可能そう。
大丈夫。
多分、大丈夫。
この勢いに任せれば、きっとできる。
そんな気がする。
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