恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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その後のおはなし

それから・1

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ミスキャン以来のヒールの靴をカツンと鳴らして、オープンカフェをぐるりと見渡す。
日曜日のカフェはそれなりに混んでいて、すぐにふたりを見つけられるか不安だったけど、杞憂で済んだ。
ふたりでいると華やかさ相まって、どこにいてもすぐに見つかる。
スマホから目を離した涼子と良いタイミングで目が合って、涼子に肩をつつかれた千夏も次いで私の方に顔を向けた。

千夏は肩まであった髪をバッサリ短くして、ベリーショートボブになっていた。
思い切ったイメチェンに驚いたけど、すっきりした耳元と首筋に、シンプルなピアスとネックレスが映えて、とてもよく似合っている。

涼子は長い髪をゆるりとまとめて、学生の頃よりシンプルなバレッタで留めていた。
メイクも変えたのか印象が柔らかくなった気がする。

ふたりの服の傾向も変わった。
千夏はタイトなストライプのシャツワンピース、涼子は肩だしトップスだけど、中にスパンコールのタンクトップとロングスカートを合わせていて露出は少ない。
ふたりとも”らしい”格好だと思ったけど学生の頃とはやっぱり違う。
大人っぽくなったふたりに対し、あまり変わっていない自分に少し気後れした。


「わあ、美亜だー! 久しぶり~! 元気にしてたぁ?」


無邪気に上がった声。
大人っぽく見えても中身は学生の頃とそう変わっていないことにホッとする。
大きく手を振ってくれる涼子に手を振り返して、ふたりの席へと早足で向かった。


「千夏なんか痩せた気がするね」

「わかる? もー、仕事キツくってさぁ」


げんなりしながら答える千夏は、多分本当に仕事が大変なんだろうけれど、まだ社会に出ていない私には少し眩しい。
ふたりに促されて席に着くと、すぐに店員がオーダーを取りに来たので、メニュー表で一番始めに目に留まったレモンティーを頼む。
改めて、にこにこ微笑むふたりを前にしたら、学生の頃に戻ったような気がしてジンときた。
色んなことがあったけど、ふたりの存在には救われてきたっけ。


「美亜、良かったの? 今日雅くんとデートだったんでしょ?」

「あ……うん。約束の時間が2時だから、途中で抜ける予定で申し訳ないんだけど。ふたりに会いたかったから声かけてもらえて嬉しいなぁ」

「久しぶりだもんねー」


ふたりは卒業後も頻繁に仕事終わりに会っていたみたいだけど、ロースクールとアルバイトを掛け持ちしていた私はふたりと会う時間を殆ど作れず、こうしてまともに顔を合わせるのは3年ぶりになってしまった。


「今日のワンピース上品だね。美亜に似合ってるよ」


今日初めて着る真っ白なシフォンワンピースを誉められて、私はそわそわと指先で裾を摘んだ。


「……ありがと、バイト代を突っ込んで無理して買っちゃった。手頃で良いものを自分で選ぶのはハードル高くて、店員さんの薦められるがままになってしまって……」


裾に細かく施されている薔薇の刺繍がほつれないか心配だし、白だから汚したら絶対に目立つし、保管方法を誤って黄ばませそうだし……で、本当にこのワンピースを買って良かったのか自信が持てずにいたので、似合うと言ってもらえたのは救いだった。


「バイト代って、雅くんの会社でアルバイトしてた時の?」

「うん」


卒業後、私は孝幸さんのご厚意でロースクールに進学した。
そして学業の傍らで、孝幸さんと雅のいる会社――リリーバリーで1年間アルバイトをさせてもらっていた時期がある。


「ありがたいことだよね。今は研修中の身で無給だから、出費がある時はバイトの蓄えでやりくりしてる」


現在の私の近況は、ひとまず司法試験が無事に終わって、司法修習を行っている所。
弁護士事務所、検察、裁判所と順々に研修し、その後の試験に受かれば修了となり社会に出られる。

千夏と涼子は仕事を始めて3年が経ち、だいぶ職場にも慣れた様だった。
千夏はシステムエンジニアをしている。
千夏はお洒落で可愛いうえに、漫画やアニメも大好きでパソコン関連にも明るいという器用な子だった……けど、まさかそういう道に行くとは思わなかったから驚いた。
私はシステムエンジニアに対して、ぼんやりとしたイメージしかなくて、ずっとパソコンで不思議な言語を打ち込む仕事かと思ったから「千夏はもっと人前に出る華やかな仕事をするんだと思ってた」と率直な感想を述べたのだけど……。
千夏曰く「システムエンジニアは人と話すのが上手くないとできないよ? お客様が望んでいるものを対話から引き出して、満足するものを設計しなくちゃいけないんだから」だそうで。
人当たりが良く話し上手な千夏は重宝されているらしい。
就職して暫く経ってから開原さんとは別れてしまったそうだ。
「大学卒業したら、お互い仕事忙しくなっちゃって。やっぱり身近にいる人に心が動くよね。男性職場にいるから相手には不自由しないし」とのことで、既に新しい年上の彼氏がいるらしい。
今度会った時には紹介してもらう予定……。
逞しい。

涼子は念願の化粧品会社で店頭販売員をやっている。
涼子の持っている化粧テクニックや知識は、さぞ仕事に活かされたのだろう、涼子のそういう所が買われて就職が決まったのだろうと私は勝手に想像していたのだけれど……。
涼子曰く、自分のやり方や感覚が固まっていることが仇になって、結構苦労もしたのだとか。
仕事の話を振れば、少し難しい顔をして笑う。
涼子がオレンジジュースに手を伸ばした時に気が付いた、角田さん命名の”涼子の魔法使いの爪”は、綺麗に切られてネイルも大人しめ、グレーベージュに小さな石がワンポイントで乗っているくらいになっている。


「あぁ、これね。メイクも、だけど。主役は私じゃなくてお客様だから。あんまり派手なのはNGなのよね……」


それでも華やかな雰囲気を失わないのは涼子の才能だと思うし、これはこれで大人っぽくなって、すごく魅力的に見えるけれど、奔放におしゃれを楽しんでいた涼子には少しストレスな様だった。


「自分の甘さは社会人になって思い知ったよね……。日々、勉強。勉強だよ。……勉強は大っ嫌いだったけどさ、好きなことなら頑張ろうって思えるんだから不思議だよね」

「おぉ……」


大学時代、いつも気怠げに講義を受けて、就職活動が嫌で永久就職すると嘆いていた涼子がそんなことを言うようになったのだから感慨深い。


「角田さんは元気? お付き合いは順調なの?」

「順調は順調……なんだけどさー……」

「?」

「なかなか大ちゃん、プロポーズしてくんなくてさぁ~……」

「それ言うの何度目よ。もういっそ、涼子から言えばいいのに」

「やだよ! そういうのは男からして欲しいじゃん! そんで一生の思い出にするんだから!」

「夢みすぎ」


千夏と涼子のやりとりに「あはは」と軽く笑って返す。
涼子が結婚願望強いことは角田さんだって重々承知だろう。
一生の思い出になるような理想のプロポーズをしなければ……と、気負っているのかもしれない。
体格の良い角田さんが女の子の喜びそうな情報を集めて溜息をついている姿を想像したら微笑ましかった。
ボケッとふたりの会話を傍観していたら、唐突に話を振られた。


「そう言う美亜はどうなのよ。雅くんと」
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