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3章 恋の証明
22 おとうさん
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お会計を済ませてお店を出る頃は、私の赤くなった目もすっかり元に戻っていた。
父は泣いている私を見ても動じずに私が落ちつくまで待っていてくれたけど、冷静になってみるとかなり迷惑をかけた気がする。
「ごめんなさい……。お店の中で泣いたりして、居心地悪かったよね……」
「いや。美亜にはずっと色んなことを我慢させちゃっていたんだなぁって……改めて反省していたよ」
ぽんぽん、と大きな手が頭に乗せられる。
それを嫌だと思わなくなっている自分が、少し意外だった。
「……それで?」
「?」
「……美亜が僕を呼び出したのには何か理由があるんでしょ?」
そう問われて、私は少し口ごもる。
でもすぐに調子を取り戻した。
「お父さんの子供って、どんな子?」
「うん? 女の子がふたり。高校1年生と2年生。ふたりとも勝気な性格で、顔を合わせればしょっちゅう喧嘩しているよ」
「……これから、お金いっぱいかかるね」
「そうだね……。この年になると色々厳しいよ。でも、頑張らないとね」
「…………」
「…………? どうしたの?」
不思議そうに私の顔を見る父に、私は改めて体を父の方へ向けた。
「ずっと、お礼を言わなくちゃって思ってた。あと1年はお世話になるけど、私はもうすぐ卒業するから」
私は深く頭を下げてから、「ありがとう。おとうさん」と伝えた。
「就職活動は順調で、来週からはインターンシップも始まるんだ。勤め先が決まったら連絡する。私も頑張るから。おとうさんもお仕事頑張ってね」
父は私からお礼を言われるなんて思ってもいなかったみたいで、ポカンとした表情のまま右手で前髪をかき上げた。
「美亜はすごく……良い子に育ったんだなぁ……。娘ふたりから、そんな台詞絶対聞けないよ」
「そんなことないよ。ふたりともきっとおとうさんに感謝してると思う」
「……不甲斐ない父親だからなぁ。でも美亜も、何かあったら連絡して。力になれることは何でもするから」
「……ありがとう」
くるり、と帰り道の方角へ踵を返す。
少し間をおいてから、もう一度ダメ押しで聞いてみた。
「おかあさんには、会わない?」
「…………そうだね、まだ、会えないかな。塞ぎこんでいる有美ちゃんに会っても泥沼になるような気がする。僕は自分のことで手一杯で……僕ではもう、有美ちゃんを幸せにすることはできない気がする……」
確かに、今両親が会った所で良い方向に行くとも思えない。
だけど、母は父にしか救えないと……私は子供の頃からずっと思っていた。
父に会えると聞いた時、ほんの一筋の光が見えた気がした。
父なら母を救えるかもしれない、現状を打破できるかもしれない、という期待があったのに。
苦笑いしている父に「おかあさんとのこと、本当に無理なのかな?」と何度か問いかけてみたけど、答えは決まっていた。
「勝手でごめん。でも、美亜だけは、これからも有美ちゃんを……支えてあげて」
「本当に、勝手だね……。お父さんは勝手だよ」
「ごめん……」
「…………私じゃ……きっとどうすることもできないよ……」
俯く私に、父は前を向くように促した。
「美亜を見てると昔の有美ちゃんを思い出す。店の中で美亜を見つけた時は、昔の記憶が蘇った。有美ちゃんは一生懸命で、でも要領が悪くて……。時々、びっくりするような行動力があってね……」
「それ……そのまんま、今の私のことだ……」
「やっぱり」
クスクスと笑っている父に、ずるいなぁ……と思う。
人徳なのかもしれない。
身勝手で許せないと思うのに、怒りも憎む気持ちもいつの間にか溶かされて……泣きつきたくなってしまう。
家に帰ったら、この人は違う誰かのお父さんで、私と会うのはまた少し先のことになるんだろう。
でも……今だけは……。
私も娘でいてもいいだろうか。
父の背広の端を遠慮がちに掴む。
「おかあさんの話、もっと聞かせて……」
父は大きな手のひらを私の頭にポンと置いて、駅までの道をできる限りゆっくり歩いてくれた。
父は泣いている私を見ても動じずに私が落ちつくまで待っていてくれたけど、冷静になってみるとかなり迷惑をかけた気がする。
「ごめんなさい……。お店の中で泣いたりして、居心地悪かったよね……」
「いや。美亜にはずっと色んなことを我慢させちゃっていたんだなぁって……改めて反省していたよ」
ぽんぽん、と大きな手が頭に乗せられる。
それを嫌だと思わなくなっている自分が、少し意外だった。
「……それで?」
「?」
「……美亜が僕を呼び出したのには何か理由があるんでしょ?」
そう問われて、私は少し口ごもる。
でもすぐに調子を取り戻した。
「お父さんの子供って、どんな子?」
「うん? 女の子がふたり。高校1年生と2年生。ふたりとも勝気な性格で、顔を合わせればしょっちゅう喧嘩しているよ」
「……これから、お金いっぱいかかるね」
「そうだね……。この年になると色々厳しいよ。でも、頑張らないとね」
「…………」
「…………? どうしたの?」
不思議そうに私の顔を見る父に、私は改めて体を父の方へ向けた。
「ずっと、お礼を言わなくちゃって思ってた。あと1年はお世話になるけど、私はもうすぐ卒業するから」
私は深く頭を下げてから、「ありがとう。おとうさん」と伝えた。
「就職活動は順調で、来週からはインターンシップも始まるんだ。勤め先が決まったら連絡する。私も頑張るから。おとうさんもお仕事頑張ってね」
父は私からお礼を言われるなんて思ってもいなかったみたいで、ポカンとした表情のまま右手で前髪をかき上げた。
「美亜はすごく……良い子に育ったんだなぁ……。娘ふたりから、そんな台詞絶対聞けないよ」
「そんなことないよ。ふたりともきっとおとうさんに感謝してると思う」
「……不甲斐ない父親だからなぁ。でも美亜も、何かあったら連絡して。力になれることは何でもするから」
「……ありがとう」
くるり、と帰り道の方角へ踵を返す。
少し間をおいてから、もう一度ダメ押しで聞いてみた。
「おかあさんには、会わない?」
「…………そうだね、まだ、会えないかな。塞ぎこんでいる有美ちゃんに会っても泥沼になるような気がする。僕は自分のことで手一杯で……僕ではもう、有美ちゃんを幸せにすることはできない気がする……」
確かに、今両親が会った所で良い方向に行くとも思えない。
だけど、母は父にしか救えないと……私は子供の頃からずっと思っていた。
父に会えると聞いた時、ほんの一筋の光が見えた気がした。
父なら母を救えるかもしれない、現状を打破できるかもしれない、という期待があったのに。
苦笑いしている父に「おかあさんとのこと、本当に無理なのかな?」と何度か問いかけてみたけど、答えは決まっていた。
「勝手でごめん。でも、美亜だけは、これからも有美ちゃんを……支えてあげて」
「本当に、勝手だね……。お父さんは勝手だよ」
「ごめん……」
「…………私じゃ……きっとどうすることもできないよ……」
俯く私に、父は前を向くように促した。
「美亜を見てると昔の有美ちゃんを思い出す。店の中で美亜を見つけた時は、昔の記憶が蘇った。有美ちゃんは一生懸命で、でも要領が悪くて……。時々、びっくりするような行動力があってね……」
「それ……そのまんま、今の私のことだ……」
「やっぱり」
クスクスと笑っている父に、ずるいなぁ……と思う。
人徳なのかもしれない。
身勝手で許せないと思うのに、怒りも憎む気持ちもいつの間にか溶かされて……泣きつきたくなってしまう。
家に帰ったら、この人は違う誰かのお父さんで、私と会うのはまた少し先のことになるんだろう。
でも……今だけは……。
私も娘でいてもいいだろうか。
父の背広の端を遠慮がちに掴む。
「おかあさんの話、もっと聞かせて……」
父は大きな手のひらを私の頭にポンと置いて、駅までの道をできる限りゆっくり歩いてくれた。
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