恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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3章 恋の証明

20 記憶の中の父

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1週間後、父が指定した喫茶店で私たちは会うことになった。

親子と言えど10年来会っていない。
すぐには顔を認識できず、暫くお互いがお互いを探しあってしまった。
スマホで座席の場所を確認して、ようやく再開できた父の姿を見て拍子抜けした。
その人は、私のすぐ後からお店に入ってきた人だったからだ。
会った時に直感みたいなものが働いて、一瞬もしかして……と思ったのだけれど。
スーツを着ていたせいもあるのかもしれない。
背が高くて姿勢がきれいで、母よりもずっと若く見えたから違うのだろうと思った。
その時、父も父で私に何かを感じたような反応を示した気がしたけど、私が何も言わずにすぐに立ち去ったから深追いしてこなかった。

そんなちぐはぐなやりとりをしてしまったけど、気を取り直して改めて父に挨拶し、相向かいの席に座る。
改めて見た父の顔は、目鼻立ちが整っていて品があり、年を重ねても女性を惹きつける魅力を感じた。
母から聞いていた父の印象と概ね違いない人だった。

だけど。

おぼろげな記憶の中で、鏡を見ながら何度も私が想像していた父とは違う。
戸惑いを隠せないまま、私はジッと父に見入った。


「……どうしたの?」


そう問われて、私は慌てて「週末なのにスーツだから……」と呟く。
父は柔らかく微笑んで「あぁ、午前中だけ会社に行っていたから」と答えた。


「大きくなったね」


感慨深くそう言う父に複雑な気持ちになる。
父親面に慣れなくて私は俯いた。
老け込んでしまった母と対照的なこの人は、きっと幸せな人生を歩んできたに違いない。
反発する気持ちがまたムクムクと膨らんでいく。
だけど、母から私のことを可愛がっていたと言われたこと、ずっと養育費を出してくれていることを思い出し、素っ気無い態度をとるのは間違いだと頭の中でたしなめた。
忙しい最中、こうして呼び出しに応じて会ってくれているのだから……。


「ごめんね」


私より先に父が謝った。
視線を戻すと少し辛そうな顔で父は笑っていて、私は言葉につかえる。


「何か頼もうか、何が良い?」


メニュー表を差し出してくる父に「じゃあ、アメリカンコーヒー……」と呟けば、父はちょっと意外そうな顔をして「年頃の女の子なんだから、パフェとか食べれば良いのに」と苦笑いした。
「本当にそれでいいの?」と問われて黙って頷く私に、父はそれ以上他の物を勧めようとはせず、店員さんにコーヒーをふたつ頼む。
こんな親子っぽい体験は、したことがなくてムズムズする。
馴れ合うつもりは無いとか思っている私は、きっと幼稚で可愛げがない。


「有美ちゃんは……その。お母さんは、元気?」

「……元気だと、思うの?」


それでも母の話題になると、どうしても父を許せなくて、きつい口調になってしまう。


「お父さんがいなくなってから、ずっと塞ぎこんでるよ」

「……そっか」


私の返答は父にとっても予想の範疇だったんだろう。
父が出て行った時と母の精神状態は何ひとつ変わっていないことを説明しても、それほど驚く様子は無かった。
ふたり暫くの間、無言になる。


「……お父さんは、元気そうだね」


お父さんは元気だった? と素直に聞けばいいのに、意識して嫌味な言い方を選んでいた。


「おかあさんと別れた後に付き合った人とは、結婚したの?」


淡々と質問をする私に、父は複雑な顔をしてから「うん」と呟く。


「彼女との間に、子供もふたりいるよ」


電話をかけた時に家族の雰囲気を感じたから、きっとそうなんだろうとは思っていたけれど……。
やはり面と向かって肯定されるのはショックだった。


「上手くは……いかなかったんだけどね」

「え?」

「再婚相手には浮気をされてね。彼女は娘ふたりを残して、別の人と一緒になったよ」

「……へ?」


父から明かされる意外な展開に頭が真っ白になって、コーヒーが運ばれてきたことにも気がつかなかった。
私が電話口で聞いた女の人の声は、もしかしたら奥さんではなくて子供の声だったのかもしれない。
母を救う一筋の光を見出した気がして、私は「それで?」と話に食いついた。


「……妻を咎める気にも……ならなかった。呆然としてしまって、因果応報って本当にあるんだなぁなんて妙に感心したりしてね。罰が当たったんだなって思ったよ。その後、周りからは再婚を勧められたけど、親権は私にあって上の子がもう小学校高学年だったからね。色々手伝ってくれて何とか父子家庭でもやってこれたよ」

「ねぇ、今からでも、おかあさんと復縁することはできない?」
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