恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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3章 恋の証明

02 有野くん再び

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ここで会うのはこれで二度目か。
なんだろう。
有野くんは時間があれば大学のカフェに入り浸っているのだろうか。

視界を戻せば、千夏と涼子がなんとも言えない苦い顔で目を泳がせていた。
確かに今「次」って言ったけど、この人はないわー……とでも言いたいのかもしれない。
有野くんには悪いけど、ふたりの声なき声が聞こえてくる気がして、ちょっと可笑しい。


「別れた割に、なんか元気そうに見えるけど」

「……そう?」

「あ……、ちょっ。傷心中の美亜にあんまり無神経なこと言わないでよっ……」

「明るく振る舞う人が、元気だとは限らないでしょ」


私に声をかけてきた有野くんを、千夏と涼子が次々に威嚇してびっくりした。
ふたりは体裁を気にしている方だと思う。
男の子に向かってキツイ態度をとる所なんて今まで見たことがなかった。
私以上に繊細になっているのかもしれない。
自分のことそっちのけで、私を守ろうとしてくれるふたりの気持ちが温かかった。


「大丈夫」


ふたりともありがとね……。
私は千夏と涼子に笑顔を返して、有野くんにも柔らかい表情を向ける。


「これでも結構ショックだよ。別れて1週間は、ほとんどご飯が食べられなかったんだから……」


でも、まぁ。
そのぐらいで済んだのかと言われれば、そうなのかもしれない。


「龍一!」


私と有野くんの会話を中断するように男子の大声が響いて、カフェにいる大半がそちらを向いた。
声の主を探して目を向けると、カフェの入口にひと際目立つ――髪の色や格好がちょっと派手めの――男女の集団がいる。


「おー! 今、気になってる子を口説いてるから! 先に行ってて!」


有野くんはその集団に片手を上げて応えると、チラッと私に目を向けた。


「何。これから美亜を口説くつもりなの?」

「そ、だからふたりには席を外してもらえると嬉しいんだけど」

「…………」


にこにこと笑顔で牽制する有野くんに、千夏と涼子は無言で瞳を交わすと席を立ちあがった。


「いいんだけどね。選ぶのは美亜だしさ……」

「じゃ、また今度。時間をとってゆっくり話をしましょ」

「え……あ……?」


まぁ、頑張りなよ……とでも言いたげに、千夏と涼子が交互に私の肩に手を乗せながら椅子の隙間を通り過ぎる。
ふたりがいなくなって空いた真向かいの席に、有野くんは腰をかけた。


「…………」


いつもはなんとなく見流していた顔を、今日は初めて目に焼き付けた。
細くて少し釣り気味の目、スッと通った鼻筋に薄い唇。
こげ茶の髪の長さはミディアムで、毛先だけがやけに明るい。
いつになく胸がドキドキと高ぶってきて、記憶の糸を辿り寄せながら、私はもう一度確かめるように口にした。


「…………有野くん、て。下の名前、龍一って言うの?」

「ん? 言わなかったっけ」


有野くんが顔を綻ばせる。
どうやら私が有野くんに興味を持っているのが、本人にも伝わったらしい。


「何? 俺のこと下の名前で呼びたいの?」「有野くんて、雅の友達なの?」


はやる気持ちが抑えきれなかった私の問いは、有野くんの声に重なった。
私から雅の名前を聞いた途端、有野くんは眉間のしわを深くして、私から視線を外すとつまらなそうに椅子にふんぞり返る。
露骨に不機嫌な態度をとってきたけど、構わず私は有野くんに詰め寄った。


「雅は……、あなたのこと、下の名前で呼んでいない? 有野くんと雅は親しい間柄だったりしない?」


龍一 ――その名前は確か、まだ雅と付き合ったばかりの時に、雅の口から聞いたことがあった。
恋人のこと、明日よりもっと知っていこうと思ったあの日。
覚えておこうと思った雅の友達の名前だった。


「何、『雅』『雅』って……。別れてもまだ未練がある訳?」

「…………」


有野くんにツッコミを入れられて我に返る。
思わず食いついてしまったけど無意識での言動だった。
否定はできないけど、全面的に肯定することもはばかられて、私は顔を赤くしながら無言のまま俯く。
幸いにも有野くんは気が短くて、私がそれ以上気を揉まなくても話を続けてくれた。


「別にあんなやつ、ゼミが同じってだけで親しくもなんともないんだけど? ……向こうは話しかけてくるけど、俺から話すことってあんまりないし……それに……」


苛々しながらも答えてくれている有野くんに、申し訳ないけれど、興味が急速にしぼんでいくのを感じた。
そう珍しい名前でもない。
話を聞いているうちに、同じ名前で別人の可能性が高いとわかって、少し冷静になる。


「そっか……。じゃあ早とちりだったんだね。ごめんなさい……。えっと、ね。私は千夏と涼子が話していた通り失恋して傷心中なんだ。見苦しいけど気持ちは全然割り切れていなくて、頭の中は雅のことばっかりで……。今は有野くんと楽しくお話する気分になれないよ……」

「おいおいおいおい。なんだそりゃ……」


席を立とうとする私の腕を有野くんが掴んで止める。そして、じゃあこれでどうだ! と言わんばかりに口を開いた。


「神庭と俺は、家が近所の幼馴染だよ! その名残で、あいつは俺のこと未だに下の名前で呼んでんじゃね?」

「え……?」


有野くんと雅が幼馴染?
その事実は、何よりも強い引力となって私をその場に留まらせた。
口をポカンと開けたまま、しばらく硬直する。
次にとるべき行動が咄嗟に思いつかなかった。
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