恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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2章 あなたと共に過ごす日々

42 分岐点・2

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「親父に『別れろ』って言われたんでしょ? 俺が全部認めるって、そういうことだよ」


憂いを帯びた雅の瞳が伏せられて、もう一度私を捉える。
ひるんで継ぐ言葉を飲み込む私に、雅はそっとキスをした。

ドクン、と心臓が高鳴る。
雅の言葉を何度も何度も頭の中で繰り返す。
そうだ。私は矛盾している。
夢を叶えて欲しいと思っている傍らで、ずっと一緒にいて欲しいと願ってる。
繰り返されるキスが深くなっていき、カチ、と歯と歯が触れあった瞬間、舌が潜り込んできた。


「……っ……ぁ」


呼吸の仕方に戸惑う私に、雅は一旦舌を引く。
目が合って、雅が私の表情から心の中を伺ったような気がした。

恥ずかしい。
全部、見透かされている気がする。

私が息を継ぐのを待って、雅はキスを再開した。
縮こまっている私の舌の上に、温かくて柔らかな感触を押し当てる。
何度も私の舌を掬い上げようと縁をなぞり、口内をたゆたう。
誘っているような動きに、ぞくりと別の感情が体を駆けた。
唇を重ねただけの、あの時のキスとは全然違う。
こんなキス、どう対処したらいいのかわからない。
それでも、優しく溶けあうようなキスは愛情を感じて、気がつけば私も心を奪われて、それに応じるように反射的に舌を動かしていた。
求めあうことは、どうしてこんなに幸せで、気持ちが良いんだろう。


「…………」


上がる呼吸を整えながら、雅は私から距離をとった。
唇の端から唾液を零している私に気付き、見かねたのか、かいがいしく指で掬いあげてくれた。
それでも気丈な態度は崩したくないのか、私と視線を合わせると、拗ねた子犬のようにソッポを向く。
込み上げてくる愛しい気持ち、全部。私は胸の奥へ奥へと追いやって、感情を殺して項垂れる。
雅は「はー……」と諦めに近い溜息をつくと、頭を垂れて私の肩にもたれかかった。


「本当に……。美亜は何をどこまで知ってるの?」


私は雅の頭に頬を寄せると、虚空に視線を漂わせた。
話そうか迷ったのは、ほんの一瞬だったと思う。


「雅のパソコンを開いた時に、インターネットの閲覧履歴を見ちゃったことがあって……」


リリーバリーに関するページを幅広くチェックしているのを見て、雅がリリーバリーに興味を持っていると思ったこと。
その後、自分でリリーバリーがどんな会社なのか詳しく調べたこと。
雅の部屋においてあった本のこと。
桐羽さんとした会話。
自分の憶測も含めて考えていたことを全部雅に話して、最後に勝手に調べたことを謝った。
怒られるだろうと思っていたけど、雅は「迂闊だったなぁ」と苦笑いを交えて呟いただけだった。


「雅はずっと、お父さんと働きたかったんじゃないの……?」


少し遠慮がちに尋ねると雅は困ったように笑って、それでも素直に「そうだね」と答えてくれた。

「兄ちゃんがいたから継ぐことは無理だと思っていたし、現実的に可能かどうかはわからなかったけど、いつか何らかの形で仕事を手伝えたら良いなって思ってたよ。リリーバリーの商品は、全部ばーちゃんの想いが詰まった幸せの結晶って感じがするから。それを形にして世に送り出した親父には、ずっと憧れていたよ」


幸せの結晶……か……。
リリーバリーの話をしていた千夏と涼子の笑顔を思い出す。
やっぱり雅は向いているんじゃないのかな、と口には出さずに心の中でひっそり思った。
桐羽さんの意思を、一番強く受け継いでいるのは、雅だと思うから。


「でもね。正直、複雑なんだ」


雅は体を起して私の顔を覗きこむと、私の頬を優しく撫でた。


「俺は親父の考え全部には賛成できない。美亜を傷つけたことも……きっと一生許せない」


手が微かに震えていた。
「守れなくて、ごめん」と消えるような声で言う雅に、私は必死で頭を振る。 


「家に残ったら、嫌でも親父の方針に従わされる。抵抗しても、俺にはまだ周りの信頼を得る力もないから、外堀を固められて動けなくなって、いつか、親父の思い通りになる。それが怖いよ……。強い気持ちもいつかは失われて、妥協するように生きていくのかな……」


伏せられた言葉の中には、私の存在が見え隠れしていた。


「美亜」

「うん」

「……好きだよ」


抱きしめてくれた雅の腕の中は、居心地がよくて温かかった。
両親のことで恋愛に意義が見出せないと言った私に、いつか雅が言ってくれた言葉を思い出す。


――二人が出会ったから美亜がここにいるんでしょ、それ以上のことがどこにあるの?


雅は付き合っている間、ずっとそれを私に証明してくれた気がする。
ここにいたいと思えた。
ここにいて欲しいと願われた。
愛し愛されることは幸せで、生きていると実感できる。
まぶたを閉じると雅への気持ちが溢れて、涙になって頬を伝った。

私はきっと、この人から一生分の幸せをもらった。


「全部捨てて、一緒に逃げちゃおうよ」
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