恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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2章 あなたと共に過ごす日々

37 突然の来訪者・1

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雅が実家に帰ってから10日が過ぎた。
未だにアパートに戻って来る気配がない。
電話をかけることは邪魔になると思ってはばかられたし、メッセージのやりとりも出来たのは初日だけで、その後は何度送っても既読が付かない。


[ありがとう、大好きだよ]


雅から最後に送られてきたメッセージを思い出して、胸の奥がきゅっとなる。

桐羽さんとはもう、最後のお別れを済ませたのだろうか。
雅は今、寂しくないかな、辛くはないのかな……。
せめて私が――桐羽さんの代わりになるなんておこがましいけど――雅の心の拠り所になれたら良いのに。
桐羽さんと過ごした時間は短かったけど、間違いなく、私の人生のターニングポイントだった。
未だ試行錯誤状態だけど、私にできることは桐羽さんに、雅に、本気だと宣言した言葉を形にすること。
伝える努力を続けていくことだと思うから……。

早く、会いたいよ。


「雅くん、大学にも来てないんだってねー。田中くんに連絡頼んでみたんだけど、やっぱり返信ないって」

「連絡ないって……。そりゃ、美亜になくて、田中くんにある訳ないでしょ……」

「まぁ、そうなんだけどさー」


今日は千夏と涼子に夕飯を誘われてファミレスへ来ている。
ずっとご飯はアパートで雅と食べていたから、ふたりと外で食事をするのは久しぶりだった。
私が寂しくて落ち込んでいるのを、何となく察して誘ってくれたのだと思う。
ふたりの気遣いが嬉しかった。


「でもさ、おばあちゃんのお葬式で1週間以上連絡不能になるとか、フツーあり得なくない?」

「美亜は心あたりないの?」


既に食べ終わったパスタのお皿を隅に寄せて、ふたりはメニューを広げながらデザートを選んでいる。
私はカップの底に残ったカフェオレを眺めながら、ふたりにどこまで話すべきか悩んでいた。


「ん……。雅の実家はお店をやってるみたいだから……おばあちゃんのお葬式って言っても、きっと色々することがあるんだと……思う」

「お店?」


デザートよりも気になる情報だったのか、ふたりが同時に顔を上げる。
私は慌てて「私もよくは知らないんだけどね」と付け加え、ふたりの興味がメニューに戻るように「マンゴーのパフェ美味しそうじゃない?」と写真を指さし視線を誘った。

よくは知らない。
そうは言ったものの、私も雅のことが気になってしまって、あれから色々調べてしまった。

最初、リリーバリーはオーガニック化粧品の会社なのかと思ったけど、それだけではなくて、メーカーへの技術提供にも力を入れている会社だと知った。
普段の生活の中で、私が社名を目にしたことは一度も無かったけど、身近な防虫剤や家電にもリリーバリーの技術は使われているらしいから、知らず知らずのうちに商品を手にしていたのかもしれない。

雅に会わなかったら、知ることがなかった会社。
他の人は……千夏と涼子はどうなんだろう。
たくさんの化粧品を扱っている涼子なら、もしかしたら存在を知っているかもしれない。
そんな好奇心から、ふと質問を投げかけてみたくなった。


「香水が欲しいなぁと思って……」

「え! 何々。どんなの欲しいの?」


私が話を切り出せば、想像通りに涼子が食いついてきた。


「リリーバリーって……知ってる?」

「あぁ。知ってる、知ってる! 花の香りをいっぱい出してるとこだよね」


千夏は知らなかったようで「何、それ。どういうやつ?」と小首を傾げた。


「香水だと、練り香水が一番有名かなぁ。誕生花のシリーズ。あれ可愛いしプレゼントに良いんだよね、値段も手ごろだし」

「誕生月ごとに12種類あるの?」

「違う、違う。日ごと。366種類あるの」

「えぇぇ!? すご……。でもそれだけ種類があると、香りのしない花とかも含まれていそうじゃない?」

「あー、確かにね。この花ってこういう香りがするんだーって買って初めて知った香りもあったよ。基本的にハズレはないけどね。リリバリは通販がメインだからさー、確認してから買いたいよね」


あぁ、すごい。やっぱり知ってる子は知ってるんだ……。
そんな当たり前のことでも、実際に目の当たりにして素直に感動した。
きゃっきゃ、と話に花が咲いているふたりを、雅にも見せてあげたい。
香水の商品開発を積極的に手掛けていたのは桐羽さんで、誕生花シリーズは桐羽さんが長い年月をかけて作りあげた集大成ともいえる商品だ。
インターネットで過去のリリーバリーに関する掲示板を辿りながら、自分の誕生日の香水ができあがるのをファンが心待ちにしていたのを知った後だから、こうして今も愛されているのはなんだか感慨深かった。

桐羽さんがリリーバリーを創業する所から、雅のお父さん――孝幸さんが会社を発展させる部分までは、雑誌の特集が組まれたことがあったようで、記事の一部をインターネットで探し出せた。
お兄さんの名前と写真もそこで確認できた。
光也みつやさんという名前で、大学に在学しながら既に経営に携わっている。
写真からだとよくわからないけど、インタビュアーの男の人と比較すると身長は低くなさそうだ。
凛として頭が良さそうな印象を与えるイケメン。
カッコいいけど、ふんわり優しそうな雅とは対照的で、神経質で厳しそうな孝幸さんにそっくりだった。
こうして雅の家系を見ると、雅は家族の誰にも似ていないような気がした。
光也さんもインタビューを受けていて、次期社長はこの人なんだろうな……と明言は避けていたけど、読み手に存在を印象づけていた。

記事は雅については触れていなかった。
その後も、どれだけリリーバリーのことを検索しても、雅の名前は出てこなかった。
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