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2章 あなたと共に過ごす日々
32 雅の独白 サヨナラ、カミサマ・4
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「ばーちゃんが、死んだって」
俺がそう言えば美亜は驚いた顔をして、何て声を返したらいいか考えているようだった。
ショックじゃない、と言えば嘘になる。
でも気が張っていたせいで涙は出てこなかった。
「病院に……行くの?」
「そうだね。それから……葬儀が終わるまでは帰ってこられないと思う」
社葬を終えるまでどのくらいの日数がかかるのかわからないけど、リリーバリーを設立したばーちゃんの式だ。
それなりに大きくやるんだろう。
「私も……行ったら……駄目、かな」
言いづらそうに、美亜が俯きながら訊いてきた。
その申し出はもちろん嬉しかったし、一緒に来て欲しかったけど。
美亜を連れていったら、どうなるんだろう。
いっそ家族に紹介して……認めてもらえれば……。
一瞬そんなことを思うけど、どうしても良い方には考えられなかった。
もし、反対されたら?
他人の気持ちに疎い父親が、別れさせるために繊細な美亜の心を壊しにくることは容易に想像できた。
一番の味方であったばーちゃんはもういない。
迂闊なことはできない。
ここから先、どうやって動いて行くのが最善なのかは考えがまとまらないけど、足場をしっかり固めて、俺が誰と付き合っていても文句を言わせない状況を作るまでは駄目だ。
「ごめん」
短くそれだけ答えたけど、美亜は想像以上に悲しそうな顔をした。
あぁ、くそっ。
頭がまわっていない言葉足らずな自分を恨めしく思う。
断るにしたってもっと上手い言い方がある筈だ。
美亜だって、ばーちゃんに会ったばかりで、急にこんなことになってショックなのに。
「ごめん、美亜」
「う……ううん。私こそ、雅のおうちのこと、なのに……。雅は今それどころじゃないのに……」
美亜はそこで言葉を区切って、俺の正面から飛び込むように抱きついてきた。
想定外の行動に、俺は思わず「へ?」と間の抜けた声を出して、美亜を受け止めたまま後ろにたたらを踏む。
ポカンとしたまま、ぎゅーと抱きしめられていると、胸に顔を埋めていた美亜がくぐもった声を出した。
「こうすると安心するって私知ったから……今度は私がぎゅってする。大丈夫。悲しいことは私に分けて……。傍にいるよ……傍にいたい……」
必死に俺を繋ぎとめようとする細い腕。
髪の隙間から覗く顔は、らしくないくらい歪んで今にも泣きだしそうだった。
美亜が俺の気持ちを想像して苦しんでいる。
そう思ったら胸の奥が熱くなって、俺も美亜を抱きしめ返した。
美亜の頭をポンポンとなでる。
不安そうに俺の表情を伺ってくる美亜に、何度も「大丈夫」「大丈夫だよ」と伝える。
強がりで、とか美亜を安心させるために口にしている訳じゃなくて、本当に大丈夫だと思った。
ばーちゃんがいなくなる日は、もっと辛いんだと思ってた。
この世の終わりだと思うぐらい、孤独に打ちのめされると思ってた。
だけど気持ちを共有してくれる人がいる。
体を寄せて、一緒に泣いてくれる人がいる。
ほんとだ。本当だったね。
愛されたいなら、愛しなさい。優しい気持ちは巡るから。
そう言ってた、ばーちゃんの笑顔を思い出す。
ここに美亜がいてくれて良かった。
「行ってくるね」
アパートの前の道に出て、俺の姿が消えるまでずっと見送っている美亜を何度も振り返る。
ひとり佇む美亜が、小さくて儚くて、胸の奥が痛んだ。
俺は、美亜のことを、どこまで……守っていけるんだろう。
ずっと、一緒にいようね。
叶うんじゃないかって、思った。
でも結局、俺は親父の下を出られない子供で。
ばーちゃんが死んで、痛いほどに思い知る。
それが、ままごとみたいな約束だって。
俺がそう言えば美亜は驚いた顔をして、何て声を返したらいいか考えているようだった。
ショックじゃない、と言えば嘘になる。
でも気が張っていたせいで涙は出てこなかった。
「病院に……行くの?」
「そうだね。それから……葬儀が終わるまでは帰ってこられないと思う」
社葬を終えるまでどのくらいの日数がかかるのかわからないけど、リリーバリーを設立したばーちゃんの式だ。
それなりに大きくやるんだろう。
「私も……行ったら……駄目、かな」
言いづらそうに、美亜が俯きながら訊いてきた。
その申し出はもちろん嬉しかったし、一緒に来て欲しかったけど。
美亜を連れていったら、どうなるんだろう。
いっそ家族に紹介して……認めてもらえれば……。
一瞬そんなことを思うけど、どうしても良い方には考えられなかった。
もし、反対されたら?
他人の気持ちに疎い父親が、別れさせるために繊細な美亜の心を壊しにくることは容易に想像できた。
一番の味方であったばーちゃんはもういない。
迂闊なことはできない。
ここから先、どうやって動いて行くのが最善なのかは考えがまとまらないけど、足場をしっかり固めて、俺が誰と付き合っていても文句を言わせない状況を作るまでは駄目だ。
「ごめん」
短くそれだけ答えたけど、美亜は想像以上に悲しそうな顔をした。
あぁ、くそっ。
頭がまわっていない言葉足らずな自分を恨めしく思う。
断るにしたってもっと上手い言い方がある筈だ。
美亜だって、ばーちゃんに会ったばかりで、急にこんなことになってショックなのに。
「ごめん、美亜」
「う……ううん。私こそ、雅のおうちのこと、なのに……。雅は今それどころじゃないのに……」
美亜はそこで言葉を区切って、俺の正面から飛び込むように抱きついてきた。
想定外の行動に、俺は思わず「へ?」と間の抜けた声を出して、美亜を受け止めたまま後ろにたたらを踏む。
ポカンとしたまま、ぎゅーと抱きしめられていると、胸に顔を埋めていた美亜がくぐもった声を出した。
「こうすると安心するって私知ったから……今度は私がぎゅってする。大丈夫。悲しいことは私に分けて……。傍にいるよ……傍にいたい……」
必死に俺を繋ぎとめようとする細い腕。
髪の隙間から覗く顔は、らしくないくらい歪んで今にも泣きだしそうだった。
美亜が俺の気持ちを想像して苦しんでいる。
そう思ったら胸の奥が熱くなって、俺も美亜を抱きしめ返した。
美亜の頭をポンポンとなでる。
不安そうに俺の表情を伺ってくる美亜に、何度も「大丈夫」「大丈夫だよ」と伝える。
強がりで、とか美亜を安心させるために口にしている訳じゃなくて、本当に大丈夫だと思った。
ばーちゃんがいなくなる日は、もっと辛いんだと思ってた。
この世の終わりだと思うぐらい、孤独に打ちのめされると思ってた。
だけど気持ちを共有してくれる人がいる。
体を寄せて、一緒に泣いてくれる人がいる。
ほんとだ。本当だったね。
愛されたいなら、愛しなさい。優しい気持ちは巡るから。
そう言ってた、ばーちゃんの笑顔を思い出す。
ここに美亜がいてくれて良かった。
「行ってくるね」
アパートの前の道に出て、俺の姿が消えるまでずっと見送っている美亜を何度も振り返る。
ひとり佇む美亜が、小さくて儚くて、胸の奥が痛んだ。
俺は、美亜のことを、どこまで……守っていけるんだろう。
ずっと、一緒にいようね。
叶うんじゃないかって、思った。
でも結局、俺は親父の下を出られない子供で。
ばーちゃんが死んで、痛いほどに思い知る。
それが、ままごとみたいな約束だって。
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