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2章 あなたと共に過ごす日々
29 雅の独白 サヨナラ、カミサマ・1
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ばーちゃんにがんが見つかったと親父から伝えられたのは、俺が高校生になった頃。
親父は迷いもせずにありのままをばーちゃんにも伝え、ばーちゃんは表情ひとつ変えずにその言葉を受け止めた。
「環境の良い所で暮らして欲しい」という親父の意向を汲んで、ばーちゃんは病院の一室で暮らすことになった。
病院の一室といっても、入院患者がいない部屋を貸し出していて、医者と栄養管理士がついたアパートに近い。
治療を受けつつ日々の生活を送れる、親父も安心して仕事に打ち込めるから、と双方が納得して決めたことだった。
本当は家に帰りたかったんだろうけど、ばーちゃんはひと言も「帰りたい」とは言わなかった。
ただ条件として、治療は”苦しまない為のもの”と割り切って、延命治療と手術を全て断ると言い出した。
それを聞いても親父は大して驚かなかったし、俺以外誰も、ばーちゃんの考えを変えようとはしなかった。
ばーちゃんの、穏やかだけど意思を曲げない性格を皆わかっていたのかもしれないし、尊重しようと思ったのかもしれない。
だけど俺は、ばーちゃんが死を受け入れてしまっていることが怖くて、治療を受けて、ずっと生きていて欲しかった。
ガキだったから、ばーちゃんの気持ちも考えないで、独りよがりの酷い言葉をたくさん浴びせてしまった。
「置いて行かれる方の気持ちを考えろよ! ばーちゃんは死んじゃえば関係ないのかもしれないだろうけど!」
病院に行くたびに”いつか”を想像して俺は泣いてしまって、逆にばーちゃんに慰められてばかりだった。
「雅、年をとって人が死ぬことはとっても自然なことなのよ? 大丈夫よぉ。私がいなくなっても雅を愛してくれる人は、ちゃーんといるから。ね?」
そう言って穏やかに笑う。
俺の手を取って「世界は繋がっているんだよ」と言って、何度も聞かされた言葉を繰り返す。
「たとえこれから先に、自分がひとりだと思う日が来ても。世界にはたくさんの人がいるんだから、ひとりぼっちになることは決してないんだよ。誰かに必ず思いは届くから。人を愛することを諦めちゃ駄目だよ」
仕事ばかりで滅多に家に帰ってこない両親。
ばーちゃんが創った会社を大きくすることに親父は夢中だったから、ばーちゃんは俺と兄ちゃんに負い目があったのかもしれない。
親父と一緒で仕事は忙しかった筈だけど、よく面倒を見てくれた。
親父はたまに帰ってきたと思えば、出来の良い兄ちゃんばかりを可愛がった。
跡継ぎ問題もあって、何かにつけて比べられ競わされてきた兄ちゃんとの仲はお世辞にも良いとは言えなくて。
なんとなく、俺は家族の中にいても孤立しているような気がしてた。
唯一、自分を可愛がってくれていた人――ばーちゃんがいなくなるかもしれない。
他人への執着が強くなったのはその頃からだったと思う。
どこか、誰か、自分を受け入れてくれる人が欲しくて手を伸ばした。
友達を名乗る人間はたくさん寄ってきたけど、結局の所、本当の友達は作れなかった。
『社長の息子』という肩書きがひとり歩きしていたことに、俺自身、悪い気もしていなかったけど軽率だった。
財布目当てで遊びに誘われていることにも気付かず、不幸面を装って近づいてくる「友達だろ?」「助けてくれ」という言葉に振り回されてはお金を渡してしまった。
悪事がバレる頃になると金を使い込んでいたヤツらは俺に「返せ」と言われることを恐れて、徒党を組んで暴力を振るい始めた。
そんな経緯を経て、俺は自分の肩書きが面倒くさいと思うようになった。
大学に入ってからは家族のことを極力隠すようになっていた。
大学デビューは概ね上手くいったと思う。
従順に見える外見を変えたくて、髪をツンツン立ててみた。
それでも男らしいキャラなんて程遠いから、誰にでも人当たり良く笑って切り抜ける処世術を身につけた。
相変わらずいじられ役に徹することが多いけど、みんな良い奴で、深入りしなくてもそれなりに楽しくやっていけた。
無意識に、心に隙がある子に惹かれるようになっていた。
執着心が強そうな。
ちょっとやそっとじゃ壊れない、絆みたいなものが欲しかったんだと思う。
ミナもそう。
ふわふわいつも笑ってるけど、本当はプライドが高くて、可哀想な自分を微塵も見せないためにブランドで身を固めたがった。
全部、親からの愛情をお金で受け取ってきた俺は、それでもそれを愛情だと思いたかったから、彼女が望むものを厭わなかった。
ミナの欲求を満たすことが、自分が愛されていた証明になると信じていて、それを自分で証明したかった。
愚かだって、わかっていても。
親父は迷いもせずにありのままをばーちゃんにも伝え、ばーちゃんは表情ひとつ変えずにその言葉を受け止めた。
「環境の良い所で暮らして欲しい」という親父の意向を汲んで、ばーちゃんは病院の一室で暮らすことになった。
病院の一室といっても、入院患者がいない部屋を貸し出していて、医者と栄養管理士がついたアパートに近い。
治療を受けつつ日々の生活を送れる、親父も安心して仕事に打ち込めるから、と双方が納得して決めたことだった。
本当は家に帰りたかったんだろうけど、ばーちゃんはひと言も「帰りたい」とは言わなかった。
ただ条件として、治療は”苦しまない為のもの”と割り切って、延命治療と手術を全て断ると言い出した。
それを聞いても親父は大して驚かなかったし、俺以外誰も、ばーちゃんの考えを変えようとはしなかった。
ばーちゃんの、穏やかだけど意思を曲げない性格を皆わかっていたのかもしれないし、尊重しようと思ったのかもしれない。
だけど俺は、ばーちゃんが死を受け入れてしまっていることが怖くて、治療を受けて、ずっと生きていて欲しかった。
ガキだったから、ばーちゃんの気持ちも考えないで、独りよがりの酷い言葉をたくさん浴びせてしまった。
「置いて行かれる方の気持ちを考えろよ! ばーちゃんは死んじゃえば関係ないのかもしれないだろうけど!」
病院に行くたびに”いつか”を想像して俺は泣いてしまって、逆にばーちゃんに慰められてばかりだった。
「雅、年をとって人が死ぬことはとっても自然なことなのよ? 大丈夫よぉ。私がいなくなっても雅を愛してくれる人は、ちゃーんといるから。ね?」
そう言って穏やかに笑う。
俺の手を取って「世界は繋がっているんだよ」と言って、何度も聞かされた言葉を繰り返す。
「たとえこれから先に、自分がひとりだと思う日が来ても。世界にはたくさんの人がいるんだから、ひとりぼっちになることは決してないんだよ。誰かに必ず思いは届くから。人を愛することを諦めちゃ駄目だよ」
仕事ばかりで滅多に家に帰ってこない両親。
ばーちゃんが創った会社を大きくすることに親父は夢中だったから、ばーちゃんは俺と兄ちゃんに負い目があったのかもしれない。
親父と一緒で仕事は忙しかった筈だけど、よく面倒を見てくれた。
親父はたまに帰ってきたと思えば、出来の良い兄ちゃんばかりを可愛がった。
跡継ぎ問題もあって、何かにつけて比べられ競わされてきた兄ちゃんとの仲はお世辞にも良いとは言えなくて。
なんとなく、俺は家族の中にいても孤立しているような気がしてた。
唯一、自分を可愛がってくれていた人――ばーちゃんがいなくなるかもしれない。
他人への執着が強くなったのはその頃からだったと思う。
どこか、誰か、自分を受け入れてくれる人が欲しくて手を伸ばした。
友達を名乗る人間はたくさん寄ってきたけど、結局の所、本当の友達は作れなかった。
『社長の息子』という肩書きがひとり歩きしていたことに、俺自身、悪い気もしていなかったけど軽率だった。
財布目当てで遊びに誘われていることにも気付かず、不幸面を装って近づいてくる「友達だろ?」「助けてくれ」という言葉に振り回されてはお金を渡してしまった。
悪事がバレる頃になると金を使い込んでいたヤツらは俺に「返せ」と言われることを恐れて、徒党を組んで暴力を振るい始めた。
そんな経緯を経て、俺は自分の肩書きが面倒くさいと思うようになった。
大学に入ってからは家族のことを極力隠すようになっていた。
大学デビューは概ね上手くいったと思う。
従順に見える外見を変えたくて、髪をツンツン立ててみた。
それでも男らしいキャラなんて程遠いから、誰にでも人当たり良く笑って切り抜ける処世術を身につけた。
相変わらずいじられ役に徹することが多いけど、みんな良い奴で、深入りしなくてもそれなりに楽しくやっていけた。
無意識に、心に隙がある子に惹かれるようになっていた。
執着心が強そうな。
ちょっとやそっとじゃ壊れない、絆みたいなものが欲しかったんだと思う。
ミナもそう。
ふわふわいつも笑ってるけど、本当はプライドが高くて、可哀想な自分を微塵も見せないためにブランドで身を固めたがった。
全部、親からの愛情をお金で受け取ってきた俺は、それでもそれを愛情だと思いたかったから、彼女が望むものを厭わなかった。
ミナの欲求を満たすことが、自分が愛されていた証明になると信じていて、それを自分で証明したかった。
愚かだって、わかっていても。
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