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2章 あなたと共に過ごす日々
28 砂のお城
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アパートに帰る。
雅は私よりも先に大学を出たけど、家にはいなかった。
[用事があるから先に帰っていて]とメッセージが入っていたので、どこかで寄り道をしているのだろう。
ふぅ、と溜息をひとつつく。
インターンシップ先……切実に探さなきゃなぁ。
パソコン、借りようかな。
ふと思いつき、雅の部屋のドアに手をかける。
雅からパソコンについては「勝手に使っていいよ」と言われていたし構わないだろう。
そう思っても雅の部屋に無断で入るのは少し緊張する。
小股で机に近づいて、黒い布地が張ってある重厚な椅子に腰かけてみて、その座り心地の良さに驚いた。
なんだこれ。やけに良い椅子使ってるんだな……。
ノートパソコンの蓋を持ち上げれば、すでに電源は入っており、いつでも使用可能な状態になっていた。
あれ、私のパスワードってなんだっけ……。
引っ越してすぐに雅に設定してもらった筈だけど、日々の生活ですっかり脳内から抜け落ちていた。
そもそもユーザーの切り替えって、どうやるんだっけ……?
はて? と首を傾げる。
カーソルを動かすとパソコンにロックはかかっていなかった。
別にインターネットを見るだけだし、このまま使っても差し支えないかなぁ。
できるだけデスクトップは見ないようにして、インターネットのアイコンをクリックする。
開かれた画面を見てから、あ、しまった! と思った。
インターネットの最初の画面は、グーグルとかヤフーとか、どこかの検索サイトになっているとばかり思っていたのに、雅がよく使うサイトの一覧が出てきてしまった。
これはさすがに見ちゃ、ダメかな。閉じなきゃ……。
そう思っても、ひとつの会社の名前でほとんど埋まっている画面に、手が止まる。
”株式会社リリーバリー”
これ、なんの……会社?
株価情報のページが最初に出てきた所を見て、思わず雅はこの会社の株主なんじゃないかと勘ぐってしまった。
アルバイトをしていないのに、雅は結構お金を持っていそうだし。
私の背後にずらっと並んでいる本の傾向からしても、雅が株をやっていた所でなんら不思議はない気がする。
続いて表示されている、業績や新商品のリリース予定、売れ筋や口コミページもそれなら頷ける。
しかし、就職者の口コミって……そんなの調べる必要まで、あるのかな……。
そこまで目で追ってから、別の可能性に気が付いた。
これって、雅が就職を希望している会社なんじゃないの?
その可能性が一番濃厚な気がした。
将来のことを聞いた時、雅は「まだ決まっていない」と言っていたけど、あれから知らないうちに心を決めていたのかもしれない。
雅が私に将来のことを教える義理はないけど、置いて行かれたような気がして寂しくなる。
それと同時に、雅が選んだこの会社に対して物凄く興味がわいた。
『株式会社リリーバリー』を検索しオフィシャルサイトをクリックすると、茶系をベースにした落ち着いた雰囲気のページが開いた。
たくさんの花から滴った雫を集めてビンに詰めている画像から察するに、オーガニック化粧品や香水の会社だと思われる。
企業情報をクリックして会社の概要を見る。
創業年数を見るとそんなに古い会社じゃない。
社長もまだ二代目で……、て。え?
代表取締役社長の名前の欄に、神庭孝幸の名前を見つけた。
すぐ横に写真も載っていた。
知的な顔立ちは桐羽さんにそっくりで、やっぱり雅には、あんまり似てなくて……。
この人が、雅のお父さん?
ひとつずつ、パズルのピースがはまっていくような気がした。
改めて、雅の部屋を見まわす。
たくさんの本、将来のことを聞いて困惑した顔。
桐羽さんの言葉を思い出す。
――雅はね。父親の役に立ちたいし、自分を認めて欲しいと思ってるの。もうずっと長い間、ね。
ガチャ、と玄関の鍵が開く音がして、私は慌ててパソコンをシャットダウンした。
雅がリビングを通って部屋に来る前にノートパソコンを閉じる。
「あれ、美亜。帰ってたんだ」
パソコンの電源を入れたまま出かけていたことに雅は気づいていないようだった。
雅の部屋に私が勝手に入ったことも特段気にしていないようで、パソコンの前でそわそわしている私に小首を傾げる。
「どうしたの? パソコン使いたかったの?」
「あ、うん……。ちょっと就職情報を……。でもパスワード忘れちゃってて……パソコン、使えなくて……」
気づいていないふりをしている自分が後ろめたくて、語尾が弱くなっていく。
……隠すことは……ないのかもしれない。
だけど。
お父さんの話をした時の雅の表情を思い出す。
お父さんを「嫌い」だと言ったことも。
どうしてかはわからないけど、雅は私にお父さんの話をすることを嫌がっている。
「パスワード、じゃあ変えようか?」
「雅……あの……」
「ん?」
「雅は……これから先…………」
知りたいのに、そこから続く言葉が上手く出てこない。
聞いて拒絶されることが怖い。
私はこれから先、雅の人生にどのくらい……どこまで、関わっていけるんだろう。
関わっても、いいんだろう。
桐羽さんに訊けば、教えてくれるのかな……。
もう一度会いに行って、雅とお父さんの関係を教えてくださいって言ったら、どんな顔をするだろう。
だけど勝手にそんなことしたら、雅は…………。
色々考えて気持ちが暗くなっていく私をよそに、雅は「どうしたの?」と首を傾げる。
何も言えなくなる私に、雅は先の言葉を予想して口を開く。
「……これから先、俺と美亜の進む道は別れちゃうだろうけど……」
その言葉に、思わず体がビクッと反応する。
先の不安に胸が押しつぶされそうになる。
「それでも。ずっと、一緒に……いられたらいいよね」
顔を上げれば、雅がはにかむように笑って私を見ていた。
「……う、うん。うん!」
それだけで充分だった。
胸のもやもやなんて、その言葉で消し飛んで、私は何度も頷いた。
ずっと、一緒にいたい。
いつかみたいにお互いの気持ちが確かめあえれば、雅はずっと私と一緒にいてくれる気がした。
目が合って、何となく昨夜のことを思い出して恥ずかしくなる。
それは雅も同じだったみたいで、どちらからともなく視線を外す。
雅の人差し指が軽く私の唇に触れて、キスを求められているのを察して目を閉じた。
唇が触れる寸前で、雅のスマホが鳴った。
「…………」
雅は電話に出るのを少しだけ渋って、でも結局「ごめん」と私から体を離した。
不機嫌そうにスマホをポケットから取り出した雅は、着信画面を見るなり無表情になった。
何も言わずに部屋から出て行き、廊下で電話に出ると言葉少なに相槌を打っている。
電話に応じていたのはほんの1、2分だったと思う。
雅はまたすぐに部屋に戻ってきた。
「誰から?」
そう声をかけても届いていないようで、雅は神妙な顔をして黙り込んでいた。
「雅?」
もう一度声をかけると、ハッとして我に返る。
「あ……ごめん。えっと……」
雅の心がここに非ずなのは明らかだった。
心配そうな私の顔に気づいて無理して笑ったのがわかった。
「これから出かけてくるね。数日、帰れないかもしれない」
それだけ言うと、また押し黙る。
沈黙が、私をどんどん不安にさせる。
さっきまで一緒だと思った雅の心が、急にすごく遠くへ行ってしまった気がした。
本当は知っている。
永遠に続く幸せなんて、お伽話の中にしかない。
私と雅の日常なんて、とても脆くて、浜辺に積まれた砂のお城みたいのものだって。
大きな波がきたら、あっという間にさらわれてきっと跡形も無く消えてしまうんだろう。
「ばーちゃんが、死んだって」
雅は私よりも先に大学を出たけど、家にはいなかった。
[用事があるから先に帰っていて]とメッセージが入っていたので、どこかで寄り道をしているのだろう。
ふぅ、と溜息をひとつつく。
インターンシップ先……切実に探さなきゃなぁ。
パソコン、借りようかな。
ふと思いつき、雅の部屋のドアに手をかける。
雅からパソコンについては「勝手に使っていいよ」と言われていたし構わないだろう。
そう思っても雅の部屋に無断で入るのは少し緊張する。
小股で机に近づいて、黒い布地が張ってある重厚な椅子に腰かけてみて、その座り心地の良さに驚いた。
なんだこれ。やけに良い椅子使ってるんだな……。
ノートパソコンの蓋を持ち上げれば、すでに電源は入っており、いつでも使用可能な状態になっていた。
あれ、私のパスワードってなんだっけ……。
引っ越してすぐに雅に設定してもらった筈だけど、日々の生活ですっかり脳内から抜け落ちていた。
そもそもユーザーの切り替えって、どうやるんだっけ……?
はて? と首を傾げる。
カーソルを動かすとパソコンにロックはかかっていなかった。
別にインターネットを見るだけだし、このまま使っても差し支えないかなぁ。
できるだけデスクトップは見ないようにして、インターネットのアイコンをクリックする。
開かれた画面を見てから、あ、しまった! と思った。
インターネットの最初の画面は、グーグルとかヤフーとか、どこかの検索サイトになっているとばかり思っていたのに、雅がよく使うサイトの一覧が出てきてしまった。
これはさすがに見ちゃ、ダメかな。閉じなきゃ……。
そう思っても、ひとつの会社の名前でほとんど埋まっている画面に、手が止まる。
”株式会社リリーバリー”
これ、なんの……会社?
株価情報のページが最初に出てきた所を見て、思わず雅はこの会社の株主なんじゃないかと勘ぐってしまった。
アルバイトをしていないのに、雅は結構お金を持っていそうだし。
私の背後にずらっと並んでいる本の傾向からしても、雅が株をやっていた所でなんら不思議はない気がする。
続いて表示されている、業績や新商品のリリース予定、売れ筋や口コミページもそれなら頷ける。
しかし、就職者の口コミって……そんなの調べる必要まで、あるのかな……。
そこまで目で追ってから、別の可能性に気が付いた。
これって、雅が就職を希望している会社なんじゃないの?
その可能性が一番濃厚な気がした。
将来のことを聞いた時、雅は「まだ決まっていない」と言っていたけど、あれから知らないうちに心を決めていたのかもしれない。
雅が私に将来のことを教える義理はないけど、置いて行かれたような気がして寂しくなる。
それと同時に、雅が選んだこの会社に対して物凄く興味がわいた。
『株式会社リリーバリー』を検索しオフィシャルサイトをクリックすると、茶系をベースにした落ち着いた雰囲気のページが開いた。
たくさんの花から滴った雫を集めてビンに詰めている画像から察するに、オーガニック化粧品や香水の会社だと思われる。
企業情報をクリックして会社の概要を見る。
創業年数を見るとそんなに古い会社じゃない。
社長もまだ二代目で……、て。え?
代表取締役社長の名前の欄に、神庭孝幸の名前を見つけた。
すぐ横に写真も載っていた。
知的な顔立ちは桐羽さんにそっくりで、やっぱり雅には、あんまり似てなくて……。
この人が、雅のお父さん?
ひとつずつ、パズルのピースがはまっていくような気がした。
改めて、雅の部屋を見まわす。
たくさんの本、将来のことを聞いて困惑した顔。
桐羽さんの言葉を思い出す。
――雅はね。父親の役に立ちたいし、自分を認めて欲しいと思ってるの。もうずっと長い間、ね。
ガチャ、と玄関の鍵が開く音がして、私は慌ててパソコンをシャットダウンした。
雅がリビングを通って部屋に来る前にノートパソコンを閉じる。
「あれ、美亜。帰ってたんだ」
パソコンの電源を入れたまま出かけていたことに雅は気づいていないようだった。
雅の部屋に私が勝手に入ったことも特段気にしていないようで、パソコンの前でそわそわしている私に小首を傾げる。
「どうしたの? パソコン使いたかったの?」
「あ、うん……。ちょっと就職情報を……。でもパスワード忘れちゃってて……パソコン、使えなくて……」
気づいていないふりをしている自分が後ろめたくて、語尾が弱くなっていく。
……隠すことは……ないのかもしれない。
だけど。
お父さんの話をした時の雅の表情を思い出す。
お父さんを「嫌い」だと言ったことも。
どうしてかはわからないけど、雅は私にお父さんの話をすることを嫌がっている。
「パスワード、じゃあ変えようか?」
「雅……あの……」
「ん?」
「雅は……これから先…………」
知りたいのに、そこから続く言葉が上手く出てこない。
聞いて拒絶されることが怖い。
私はこれから先、雅の人生にどのくらい……どこまで、関わっていけるんだろう。
関わっても、いいんだろう。
桐羽さんに訊けば、教えてくれるのかな……。
もう一度会いに行って、雅とお父さんの関係を教えてくださいって言ったら、どんな顔をするだろう。
だけど勝手にそんなことしたら、雅は…………。
色々考えて気持ちが暗くなっていく私をよそに、雅は「どうしたの?」と首を傾げる。
何も言えなくなる私に、雅は先の言葉を予想して口を開く。
「……これから先、俺と美亜の進む道は別れちゃうだろうけど……」
その言葉に、思わず体がビクッと反応する。
先の不安に胸が押しつぶされそうになる。
「それでも。ずっと、一緒に……いられたらいいよね」
顔を上げれば、雅がはにかむように笑って私を見ていた。
「……う、うん。うん!」
それだけで充分だった。
胸のもやもやなんて、その言葉で消し飛んで、私は何度も頷いた。
ずっと、一緒にいたい。
いつかみたいにお互いの気持ちが確かめあえれば、雅はずっと私と一緒にいてくれる気がした。
目が合って、何となく昨夜のことを思い出して恥ずかしくなる。
それは雅も同じだったみたいで、どちらからともなく視線を外す。
雅の人差し指が軽く私の唇に触れて、キスを求められているのを察して目を閉じた。
唇が触れる寸前で、雅のスマホが鳴った。
「…………」
雅は電話に出るのを少しだけ渋って、でも結局「ごめん」と私から体を離した。
不機嫌そうにスマホをポケットから取り出した雅は、着信画面を見るなり無表情になった。
何も言わずに部屋から出て行き、廊下で電話に出ると言葉少なに相槌を打っている。
電話に応じていたのはほんの1、2分だったと思う。
雅はまたすぐに部屋に戻ってきた。
「誰から?」
そう声をかけても届いていないようで、雅は神妙な顔をして黙り込んでいた。
「雅?」
もう一度声をかけると、ハッとして我に返る。
「あ……ごめん。えっと……」
雅の心がここに非ずなのは明らかだった。
心配そうな私の顔に気づいて無理して笑ったのがわかった。
「これから出かけてくるね。数日、帰れないかもしれない」
それだけ言うと、また押し黙る。
沈黙が、私をどんどん不安にさせる。
さっきまで一緒だと思った雅の心が、急にすごく遠くへ行ってしまった気がした。
本当は知っている。
永遠に続く幸せなんて、お伽話の中にしかない。
私と雅の日常なんて、とても脆くて、浜辺に積まれた砂のお城みたいのものだって。
大きな波がきたら、あっという間にさらわれてきっと跡形も無く消えてしまうんだろう。
「ばーちゃんが、死んだって」
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