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2章 あなたと共に過ごす日々
27 進路
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黒く塗りつぶしていたノートについに穴が開いて、それでちょっと理性的になった。
「美亜」
突然声をかけられて、ひぃ、と悲鳴をあげてしまう。
きょろきょろと辺りを見回せば、講義はいつの間にか終わっていたようで、声の主は千夏だった。
「その髪、自分でやったの?」
「あ……うん、まぁ。あまり時間が無いからちょっとクセをつけて縛っただけだけど……」
一本に束ねた髪をヘアアイロンに巻きつけただけという単純ヘアスタイルだったけど、千夏は感慨深げに頷いた。
「そっかそっかー。なんか新鮮だよ、美亜が髪をいじってるって」
「そ……そう……? そうか、な」
「それで?」
「へっ……?」
「とぼけないでよ。昨日の格好、雅くんはなんて?」
「……や……まぁ……。なんていうか。その。可愛い、って……」
視線を泳がせながらごにょごにょと歯切れ悪く言う私に、関係が少し進展したのを千夏は察したのか、ニヤニヤ笑いながら「ふーん」と言った。
「…………」
「…………」
「良かったねぇ」
千夏にしては珍しく、それ以上の詮索がなくてホッとする。
涼子も遅れて私たちのいる席までやってきた。
「お、昨日のワンピース、雅くんの反応どうだって?」
「すぐに脱がされちゃったんだって」
「ちょ……! なっ、ななな……何ばっ、バカ言って……」
千夏の勝手な妄言に慌てふためく私をよそに、「そりゃー、大成功だったねぇ」と本気か冗談か判断つかない相槌を打つ涼子。
「でもあのワンピース、ボタンの数が多くて大変だったかもね」なんて言いながら、きゃっきゃと盛り上がっているふたりに、私は徐々に否定する気も失せて「はぁー」と深い溜息をつきながら机に崩れ落ちた。
まぁ、それでもね。
今回ばかりは本当に感謝してるよ。ふたりとも。
「もうすぐ夏だねぇ。来年は忙しくなるしさ、どっか行っとく~?」
窓の外を見ながらのんびり呟く涼子を尻目に、私は目前に迫った現実を口にする。
「3年の夏休みの過ごし方ってさ、就活でアピールできる最後のチャンスっていうか……結構大事だよね」
「ふぐっ」
蛙がつぶれたような声を出す涼子に、千夏も追い打ちをかけた。
「そうねー。これを機に海外へ留学する子も結構いるよね、ボランティアとかさ」
しかし、そのセリフは涼子よりも私に効いた。
「……到底、無理だわ」
金銭的に。
だけどそういう子と差ができて、スタートラインに立った時に一線引かれてるのは痛い。
アピールするのが成績だけでは心もとないし。
「インターンシップやっておこうかなぁ」
本音を言えば、インターンシップはほとんどの企業で無給らしいので、どうせ同じ「働く」ならば、バイトに精を出してお金を稼ぎたかった。
可愛い洋服屋さんで働く自分を想像したこともあったけど、それはそれ、これはこれ。
私は基本的に悲しいくらい現実主義のようだ。
将来への布石を打つために、今の私がすべき最優先事項は社会経験を積むことだと冷静に判断された。
「夏のインターンシップやるなら、そろそろ探さないとじゃない?」
「そうなんだよね、業界絞り込まないとなぁ。どこにしようかなぁ……」
「わ、あ、あ。やめてー! そんな話聞きたくない! 私は永久就職するんだからー!」
話を遮って現実逃避する涼子に、千夏はやれやれと溜息をついた。
「永久就職って……それ、結婚するってこと? 角田さんに言ってみたの?」
「ん……うぅ。『結婚するのはやぶさかではないけど、涼子の場合、それは逃げだから。ちゃんと自分のやりたいこと、考えろ』って。『結婚はいつでもできるから、俺はずっと傍で見ててやるから、頑張れ』って言われたよ……」
「へえ~。さすが社会人。包容力あるわねぇ、角田さん」
「え、えへへ」
私は口を半開きにして、涼子を羨望の眼差しで眺めた。
あぁ、涼子に後光がさしている気がする……これが愛されオーラというやつか……。
「美亜は進学する気はないの?」
「進学?」
「成績割といいじゃない。ロースクール行って司法試験目指すとか……」
千夏の言葉に、私は「まさか、まさか」という風に顔の前で手を振った。
「考えたこともないよ」
母から自立するためにも私は今年中に絶対に就職しなければならない。
なるべくリスクの少ない選択肢を選んで、私は堅実に生きていくんだから。
雅は……どうするんだろう。
大学を卒業したら、遠くの会社に就職したり、するのかな。
語学に力を入れている所を見ると、海外勤務のある会社に就職したいのかもしれない。
いずれにしても、今みたいな距離ではいられなくなる気がする。
それはどの大学生カップルにも言えることなのかもしれないけど……。
将来のことを考えると少しだけ、憂鬱になる。
涼子はいつか角田さんと結婚するのかな。
口約束でも、そんなことを言いあえる仲だなんて……正直、すごく羨ましい。
私と雅は、この先、どうなるんだろう。
「美亜」
突然声をかけられて、ひぃ、と悲鳴をあげてしまう。
きょろきょろと辺りを見回せば、講義はいつの間にか終わっていたようで、声の主は千夏だった。
「その髪、自分でやったの?」
「あ……うん、まぁ。あまり時間が無いからちょっとクセをつけて縛っただけだけど……」
一本に束ねた髪をヘアアイロンに巻きつけただけという単純ヘアスタイルだったけど、千夏は感慨深げに頷いた。
「そっかそっかー。なんか新鮮だよ、美亜が髪をいじってるって」
「そ……そう……? そうか、な」
「それで?」
「へっ……?」
「とぼけないでよ。昨日の格好、雅くんはなんて?」
「……や……まぁ……。なんていうか。その。可愛い、って……」
視線を泳がせながらごにょごにょと歯切れ悪く言う私に、関係が少し進展したのを千夏は察したのか、ニヤニヤ笑いながら「ふーん」と言った。
「…………」
「…………」
「良かったねぇ」
千夏にしては珍しく、それ以上の詮索がなくてホッとする。
涼子も遅れて私たちのいる席までやってきた。
「お、昨日のワンピース、雅くんの反応どうだって?」
「すぐに脱がされちゃったんだって」
「ちょ……! なっ、ななな……何ばっ、バカ言って……」
千夏の勝手な妄言に慌てふためく私をよそに、「そりゃー、大成功だったねぇ」と本気か冗談か判断つかない相槌を打つ涼子。
「でもあのワンピース、ボタンの数が多くて大変だったかもね」なんて言いながら、きゃっきゃと盛り上がっているふたりに、私は徐々に否定する気も失せて「はぁー」と深い溜息をつきながら机に崩れ落ちた。
まぁ、それでもね。
今回ばかりは本当に感謝してるよ。ふたりとも。
「もうすぐ夏だねぇ。来年は忙しくなるしさ、どっか行っとく~?」
窓の外を見ながらのんびり呟く涼子を尻目に、私は目前に迫った現実を口にする。
「3年の夏休みの過ごし方ってさ、就活でアピールできる最後のチャンスっていうか……結構大事だよね」
「ふぐっ」
蛙がつぶれたような声を出す涼子に、千夏も追い打ちをかけた。
「そうねー。これを機に海外へ留学する子も結構いるよね、ボランティアとかさ」
しかし、そのセリフは涼子よりも私に効いた。
「……到底、無理だわ」
金銭的に。
だけどそういう子と差ができて、スタートラインに立った時に一線引かれてるのは痛い。
アピールするのが成績だけでは心もとないし。
「インターンシップやっておこうかなぁ」
本音を言えば、インターンシップはほとんどの企業で無給らしいので、どうせ同じ「働く」ならば、バイトに精を出してお金を稼ぎたかった。
可愛い洋服屋さんで働く自分を想像したこともあったけど、それはそれ、これはこれ。
私は基本的に悲しいくらい現実主義のようだ。
将来への布石を打つために、今の私がすべき最優先事項は社会経験を積むことだと冷静に判断された。
「夏のインターンシップやるなら、そろそろ探さないとじゃない?」
「そうなんだよね、業界絞り込まないとなぁ。どこにしようかなぁ……」
「わ、あ、あ。やめてー! そんな話聞きたくない! 私は永久就職するんだからー!」
話を遮って現実逃避する涼子に、千夏はやれやれと溜息をついた。
「永久就職って……それ、結婚するってこと? 角田さんに言ってみたの?」
「ん……うぅ。『結婚するのはやぶさかではないけど、涼子の場合、それは逃げだから。ちゃんと自分のやりたいこと、考えろ』って。『結婚はいつでもできるから、俺はずっと傍で見ててやるから、頑張れ』って言われたよ……」
「へえ~。さすが社会人。包容力あるわねぇ、角田さん」
「え、えへへ」
私は口を半開きにして、涼子を羨望の眼差しで眺めた。
あぁ、涼子に後光がさしている気がする……これが愛されオーラというやつか……。
「美亜は進学する気はないの?」
「進学?」
「成績割といいじゃない。ロースクール行って司法試験目指すとか……」
千夏の言葉に、私は「まさか、まさか」という風に顔の前で手を振った。
「考えたこともないよ」
母から自立するためにも私は今年中に絶対に就職しなければならない。
なるべくリスクの少ない選択肢を選んで、私は堅実に生きていくんだから。
雅は……どうするんだろう。
大学を卒業したら、遠くの会社に就職したり、するのかな。
語学に力を入れている所を見ると、海外勤務のある会社に就職したいのかもしれない。
いずれにしても、今みたいな距離ではいられなくなる気がする。
それはどの大学生カップルにも言えることなのかもしれないけど……。
将来のことを考えると少しだけ、憂鬱になる。
涼子はいつか角田さんと結婚するのかな。
口約束でも、そんなことを言いあえる仲だなんて……正直、すごく羨ましい。
私と雅は、この先、どうなるんだろう。
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