恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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2章 あなたと共に過ごす日々

11 雅からの誘い

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どうして自分はこんなに弱くて、情けないんだろう。
そう思いながらも、雅の規則正しい呼吸をすぐ近くで聞きながら、体を寄せて眠る幸せを感じずにはいられなかった。
優しくて心地いい体温。
他人を受け入れることが怖かった筈なのに、雅のことを信頼しきっている自分がいる。
雅の幸せそうな寝顔は、思いあがりかもしれないけど自分も信頼されている気持ちになって。
胸の奥から湧き上がる、なんとも言えない満たされた気持ち。
悲しい訳でもないのに、涙が出そうだった。

私を愛しいと、一緒にいたいと言ってくれた雅も、寂しかったんだろうか。
私たちは似ていない。でもこうして紆余曲折を経ても一緒にいられたのは、求めるものが似ていたからかもしれない。
暫く可愛い寝顔を見つめてから、起こさないようにそっと腕を抜け出した。

自分の部屋に戻って、キャスターケースから一番手前にあったライム色のカットソーとジーンズを引っ張り出す。
暖かくなって、いつの間にか選ぶ服も軽装になった。
日の出も早い。
まだ5時だけど、カーテンの隙間から見上げた空は金色の太陽が暗い空を赤く染めていた。
雅に負けじとそのまま部屋で小一時間くらい黙々と勉強し、物音を立てても――雅を起こしてしまっても構わない時間になった頃、朝食の準備に取りかかった。

朝食の準備と言っても、私はひとり暮らしが染みついているので手をかけない。
トースターに食パンを2枚セットし、フライパンで目玉焼きとベーコンを同時に焼く。
小皿ふたつに無糖ヨーグルトを用意し、バナナを半分ずつ一口サイズに切って入れて蜂蜜をかけた。
これに野菜ジュースを合わせれば食事のバランスは大体良いだろう。
時計を見上げ、そろそろ声をかけようか悩んでいた所に雅が起きてきた。

枕に押しつぶされて半分くらい寝てしまったツンツン頭が歩く度に力なく揺れている。
大きな欠伸をひとつして、ボーッとしながら涙目に私を映した雅は、テーブルの上へと視線を移動させてパチッと目を覚ました。


「あー、朝ご飯作ってくれたんだ。ごめんね。ありがとう」

「作るってほどのもの、作っちゃいないけど……」

「いやいや、とんでもない。助かります」


雅は綺麗に手を合わせて「いただきます」をしてから、野菜ジュースに手を伸ばした。
テレビから「今日は一日温かくて穏やかな天気になるでしょう」とアナウンサーの声が聞こえる。
なるほど。窓からは柔らかな日差しが入り込み、今日は良い天気になりそうだった。


「…………」


会話も少なく、テレビの音を聞き流す朝。
沈黙を少し気まずく感じるのは恐らく私だけで、雅は眠くて喋る気力が無さそうだった。
落ちてくる上瞼を懸命に堪えて、ゆっくりと食パンを食べている。
苦労してひとくちをゴクン、と飲むと、ふたくち目は口にしようとせず、暫く視線を下に落とす。

もしかして、また寝ちゃった……?

心配になって顔を覗きこもうとすると、唐突に雅が「今日は」と口を開いた。


「大学行ってから、ばーちゃんに会いに行こうと思って」


あ、寝てなかった。
どう見ても船を漕いでたように見えたけど、雅は今日一日のプランを考えていたらしい。
それもだけど、雅が自分から私に家族の話を振ったことに驚いて、思わず「え」と声を上げた。
話題に上るのを避けているんだと思ったけど、大好きなおばあちゃんのことは別なんだろうか。


「おばあさんの暮らしている家に……行くの? それとも、実家に帰るの……?」


私は、ふたりで暮らす前の雅の生活は知らない。
雅がおばあちゃんと同居していたのかどうかも。


「いや、病院行くんだ。お見舞い」

「病院? 病気なの?」


どこまで私が踏み込んで良い話なのかわからなかったけど、訊かずにはいられなかった。
雅のおばあちゃんは、雅にとって凄く大切な人の筈だ。


「んー……。ほら、やっぱもう年でしょ?」


そこまで話すと、雅は私の険しい表情に気付いて、にこっと笑顔を作った。


「でもまぁ、しょっちゅう会いに行ってるけど元気だよ」


雅の声の調子、ケロッとしながら質問に答えてくれる所を見ると、本当に大したことは無いんだろう。


「……そう」


私は少し安心して、止めていた手を動かす。
蜂蜜とヨーグルトを混ぜながら『だから今日は夕飯はバラバラに食べよう』とか、そういう話をするのかな。と考えていると、雅は躊躇いがちに口を開いた。


「美亜も……一緒に行かない? 時間が合わなかったら日曜日でもいいんだけど」


意外な提案に目を見開く。


「会いたいって……お礼言いたいって言ってくれたでしょ? お礼なら、ばーちゃんに言って欲しいんだ。アパートのこととか、全部支援してくれたの、ばーちゃんだから」

「そう、だったの?」

「ばーちゃん美亜に会いたいって言ってたよ。美亜さえ良ければ、だけど」


私は慌ててコクコクと頷いた。


「……うれ……しい。行きたい」


素直な気持ちが声になる。
本当に美亜は雅くんのこと何も知らないよね――千夏に言われた言葉は、気にしないように努めていても胸の中でモヤモヤと燻っていた。
雅が私に許容してくれる部分が増えていくのは、嬉しい。


「良かった」


雅も嬉しそうに笑って食事に戻ろうとしたけれど、再び手を止め笑顔を貼り付けたまま黙考した。


「……ごめん。それで、ちょっと考えてみたんだけど、やっぱり親父には会わせられなくて……」

「え? あ、いや。そのことはもう気にしないで。お忙しいだろうし……。無理言ってごめんね」


気を遣わせてしまっていたのかもしれない。
私が焦って顔の前で手を振ると、雅の顔が険しくなった。


「正直言えば、これから先も会わせたくないんだ……」

「…………」

「俺、あの人のこと嫌いだから」
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