恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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2章 あなたと共に過ごす日々

04 知らない・知りたい?・1

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新居へ私の荷物を運んだ後は、雅が業者の人とやってきて、アッという間に住める環境を作ってくれた。

必要最低限の物しかないスカスカの私の部屋と違って、雅の部屋は置き場に困るくらい物で溢れていた。
モスグリーン、白、茶でまとめられた家具やラグ、カーテン。
ベッドや机といった最低限の家具の他にも、健康器具と観葉植物の配置に悩む雅を見て、実家暮らしとはいえ、広い部屋に住んでいたんだろうなぁと思った。


「どうせあと2年でしょ? すぐに必要のないものは置いてくれば良かったのに」


私がそう言えば、雅は眉根を寄せた。


「いやだって、俺がいなくなったら世話する人いないし。テーブルヤシってこんなに大きくなるとは思わなかったんだよ!?」


雅が抱えている、青の濃い細長い葉が特徴の観葉植物は、テーブルヤシというらしい。
背丈は優に50センチくらいあり、テーブルにはもうどう見ても乗りそうにない。


「テーブルって名前がついてても、ヤシはヤシなんだね……」


そんなフォローとも何ともいえない返しをしたけれど、部屋に緑があるのもいいかもしれない。
爽やかで風を感じるような風貌の彼に「よろしくね。ヤシさん」と声をかける。


「ヤシ男さん!?」


「名前も付けたし、私も面倒をみるよ」と雅には言っておいた。
その他にもソファにクッション、ローテーブル……雅の部屋に置ききれないものはリビングへと運んだ。
私が持ってきた物なんてゼロに近いから、結果的には助かった。
そして調達の当てがあると言っていた、雅が持ってきた電化製品は以下の通り。

ドラム式の洗濯乾燥機。
400Lサイズの冷蔵庫。
42V型の液晶テレビ。
オーブン機能付きの電子レンジ。

文明の利器の数々は、私にとって目を見張るような物ばかりだった。
どれもこれも、新しくて綺麗で高機能。後光が差している気すらする。
そのひとつひとつを、私は「ほぅほぅ」言っては見回し、撫でまわした。
挙動不審だと言われても一向に構わない。


「すごい。新品?」

「いや……2年くらいは使ってると思うけど……」

「い……いいの? ホントに!?」

「うん」


雅は手を休めず、細々した私物を段ボールから出しては引き出しにしまっている。


「……どこから持ってきたの?」と、少しだけ遠慮がちに聞いてみれば、雅は「んー……」と暫く呻り、「実家?」と答えた。
なんで最後が疑問系なんだ……。というツッコミはさておき。


「実家……って。家の分はどうなったの!?」

「新しいの買うんじゃない?」


投げやりな答えが返ってくる。


「お父さん、帰ってきたら洗濯機と冷蔵庫とテレビが無かった……とかならない? びっくりすると思うんだけど……」

「ならない、ならない」


雅が笑いながら、手を横に振る。

いや、なるんじゃなかろうか。
2年くらい使っていたにしろ、まだ新しいし。
こんなに一度に買い替えなんてありえない。
本当に大丈夫なのかなぁ……そう思いつつも、もう一度まばゆい電化製品達を見回したら……。

ぐらり、と理性の傾く音。
ごめんなさい、雅父。欲望が勝ちました。

興奮冷めやまず、もう一度小走りで洗面所に向かってしまう。
やっぱり、コレ。コレがなにより一番嬉しい。
シャンパンゴールドに丸みのあるボディ。
見た目も美しい最新型の洗濯機をうっとりしながら眺める。
説明書を見れば、ドライクリーニングや毛布の洗濯もでき、更にはクッションや鞄の除菌もできるとある。
まさかここまで洗濯機が進化を遂げていたとは思わなかった……。
電気屋さんで見かけたところで、まず絶対に買えないからいつも素通りだったんだ。
実家の電化製品だって長く使ってる物ばっかりだったから、こんなに高性能のものを間近で見るのは初めてで。


「すごいね、今の洗濯機ってボタンがいっぱいあるね。回さないんだ」

「ま……回す? 回すって何? どこを?」


独り言のつもりだったけど、いつの間にか背後に立っていた雅からツッコミが返ってくる。


「私に使いこなせるかな……」

「……多分、美亜がやってきたことより今の家電の方が使い方簡単だと思うよ……」


全自動だから、という雅に、また感嘆のため息が漏れた。
素晴らしい。これからは家事に費やしていた時間を、他の色々なことにまわせるんだ。
次のバイトはもう少し長い時間勤めてもいいもしれないし、勉強だって集中できる。
あぁ、でもこれは何より全部。雅のお陰と、雅の――。


「雅のお父さんに、お礼が言いたいんだけど……」


千夏に「雅くんの家族に挨拶をしたの?」と問われたことを思い出して、これを機に提案してみた。
すごく自然な流れでの提案だったと思うけど。


「…………」

 
黙り込む雅に、洗濯機に擦り寄せていた顔を上げる。
雅の表情が露骨に強張っているのがわかった。


「雅……?」


もう一度声をかけると、雅は我に返ったようにいつもの笑顔に戻って「んー、じゃあまた今度ね」と言った。
人の顔色を伺うことに、私は長けている方だと思う。
これは、やんわり却下されたんだな。と、なんとなく理解した。

私もそれ以上は話を広げず、引き下がることにする。
いいんだ。どういう理由であれ、気持ちはわかるから。
私だって母のことは聞かれたくなかったし、雅が母に挨拶すると言った時は困ったもの。
気まずくなった空気を変えようとして、「部屋、さっさと片付けちゃおう」と私は雅の背を押した。

片付けちゃおう、とは言ったものの、私の部屋は片付ける物が――物がない。
雅がせわしなく片付けているのを、私物に手を出すのもどうかなと思い、部屋の片隅でぼんやりと眺めていた。
おおかた片付いてきた頃、雅がビジネスバッグから、ひと際目を引く文明の利器を取り出し机に設置した。
ビタミンカラーのグリーンに、A4サイズのノート型。
洗濯機も素晴らしいと思ったけど、それ以上に、私が喉から手が出るほど欲しかったもの。


「パ……パソコンだ……」

「美亜、持ってないの?」


雅の問いに、コクコクと頷く。


「これから、どーやって就活しようと思ってたの?」

「大学のパソコンと漫画喫茶とスマホで、まぁ、どうにか……」

「そっか……。じゃあ、美亜のアカウントを作るね。一緒に使おうよ」

「え!? ほ、本当?」


雅の言葉に目が輝いてしまう。
電化製品もそうだけど、なんだこのルームシェア、私にとって良いことずくめじゃないのか。
雅はパソコンの電源を入れると、さっそく私のログイン環境を作ってくれた。


「じゃあパソコンを使う時は、ユーザーを”mia”に切り替えてログインしてね。ログインパスワードを決めてここに打って?」


私はどうせ使ってもインターネットしかしない。
なんで雅と私のアカウントをわざわざ分ける必要があるんだろう、としばし考えて。
そっか。今はエロ本をベッドの下に隠し持つんじゃなくて、パソコンのフォルダに保存する時代だもんね。なんてことに考えが至ったのは口が裂けても言えやしない。

言われるがままにパスワードを入力する。
すぐには思いつかなかったので、とりあえず適当に……”masapon”と打った。
バレたら多分怒られる。


「プロバイダと契約しないとね。ネットに繋がったら美亜が使うEメールの設定もして……」


雅はテキパキとその他諸々、私のよくわからない手続きを代理で行ってくれた。
うーん。これは当分、雅には頭が上がらない。
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