恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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1章 そんな風に始まった

34 告白・2

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何のことかわからなくて、私は「え?」と訊き返す。
雅はまた暫く黙り、私に話すか話さないか躊躇っているかのように思えた。


「俺の場合は両親が忙しくて、愛情はいつも物かお金で与えられたんだよね」


私は体を雅の方へ向ける。
雅は私の方は見ず、じっと天井に目を向けていた。


「誕生日やクリスマスを一緒に過ごした記憶ってなくて、会話は今でもほとんどないよ。母はもう死んじゃった。父のことは……今でも好きになれない……」


それは、すごく意外な話だった。
私のずっと思い描いていた雅と家族の姿じゃなかった。
驚く私をよそに、雅は「……だから」と話を続ける。


 「だから美亜が、お金だけもらって何のコミュニケーションも取れてないって知った時、自分と重ねちゃった。そんなの親じゃないって言ったのは、全部自分のことだから。気にしないで。美亜に『お母さんが一生懸命働いたお金』って言われて目が覚めたよ。俺は俺の尺度で……美亜に失礼で最低なこと言っちゃったんだって……」


雅はいつだって愛されて、幸せな家庭の中で生きている。
だから、きっといつも満たされて。
優しいのだろうと。


「ごめんね、美亜」


そう言って、寂しそうに笑う。
雅の言葉の真意なんて知らなかった。
私の方が、よっぽど勝手な尺度で雅のことを見ていたのかもしれない。
だけど、同情も同調も、謝ることすらも、私はできなかった。
雅が望んでいる事でも無いと思った。


「よく拗ねずにまっすぐ育ったね……」


まともな言葉もかけられず、結局言ったのはそんなセリフ。


「まっすぐかなぁ? 俺は結構捻くれてると思うよ。美亜が思ってるほど純粋じゃないって」

「でも雅は愛情深くて前向きって言うか……私とは全然違うから……」


雅はようやくこっちを見てくれた。
どうだろう? そう言いたそうに首を傾げて笑う。


「俺、おばーちゃん子なんだよね」


雅にいつもの笑顔と明るい声色が戻る。


「両親が忙しい時はいつも面倒みてくれた。あの人がいてくれたからきっと、人を愛することを諦めずにこれたんだと思う」


雅は『おばあちゃん子』
そう言われると何だか面白いくらい、しっくりほっくりくる気がする。

  
「ばーちゃん言うんだよ。『たとえこれから先に、自分がひとりだと思う日が来ても。世界にはたくさんの人がいるんだから、ひとりぼっちになることは決してないんだよ』って。『誰かに必ず思いは届くから。人を愛することを諦めちゃ駄目だよ』って」

「…………」

「だから、それを俺の自論にして生きてます」


そう言ってまた笑った。


「そっか……」


雅は信念があるから強いのかもしれない。

どんな綺麗事も。
他人から見れば理想論でも。
その思いを強く持って生きていけば、それはその人にとっての本当になる気がする。

私も……今より強くなりたい。


「雅に、私の気持ちをちゃんと伝えておきたいんだけど……」


布団の端をぎゅ、と握る。
強くなるための、最初の一歩はここからだと思うから。


「私は、恋愛感情がわからないとは……言ったけど」

「うん?」

「……多分、その、よくわかんないなりにも」

「……うん」


天井の四隅をじっと見つめる。
どう伝えるのが一番良いのだろうと暫く悩み、悩んだ末に雅の顔を見つめる。


「ん?」


きょとんとしている雅に、頭に浮かんだ言葉をそのまま伝えた。


「好きになるなら、雅がいい」


雅の目が丸くなるのを見て、私は慌てて天井に視線を戻す。
我ながら意気地なし。
それでも言葉だけは紡ぎ続ける。


「恋……を……。これから恋を、するのなら、雅が……。雅がいい。私はこの先もずっと、雅以外の男の子とは付き合わない。雅だけに心も操も立てるから。雅は私にとって、そのくらいの存在……大切な人……だから……」


他の人と付き合わないことを宣言するくらいしか、私の誠意は示せないけど。


「だから……」


だから?
そこまで言って、ぐぐっと言葉を飲み込んだ。
だから、なんだと言うのだ。
自分と付き合うメリットなんて、そんなもので示せるのだろうか。
言葉を切ったことを後悔した。頬が熱くなってきて、まるで告白をしているみたいだった。
頭はぐるぐるパニックで、自分でも何が言いたいのかよくわからなくなってきた。


「だから……その……これからも……い……一緒にいて……くださ……」


それでも、これが私の……今言える精一杯の気持ちだった。
改めて、今度は自分から伝えようと試みたけれど。
ちら、と雅の反応を伺えば、呆気にとられたような顔で私を見ている。
なんていうか。キツネにつままれたようなって……こんな顔のこと言うんだろうな。


「……や……」


今の気持ちを素直に伝えようとは思ったけれど。
なんだこれは。何の拷問?
し、死ぬほど恥ずかしい。


「やっぱり、なんでもないっ……。忘れて!」


雅のリアクションに耐えかねて、「忘れて、忘れて」を連呼しながら布団の中に逃げる。
布団に潜る私の腕を、雅の手が掴んだ。
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