恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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1章 そんな風に始まった

35 告白・3

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「……え?」


まさか雅が私の両腕を掴んで、正面を向かせるという強行に出るとは思わなくて。


「……っ……! やっ……駄目だってばっ……!」


思わず必死になって、手を振り解こうと足掻いた。
それが逆に腕を掴んだままの雅と私の体の距離を近づけることになって、背中から汗が噴き出る。


「……だめ……」


恥ずかしい。
顔を背けて、暗い部屋が私の赤い顔を隠してくれることを祈った。


「美亜……こっち向いて」


顔を近付けてくる雅にビクッと体が強張る。
思わずぎゅっと目を閉じて呼吸を止めた。
キス、するのかと思った。
熱を確かめるように、そっと、雅の額が私の額に触れて。


「…………っ……」


多分、それで。私が真っ赤になっていることはバレた。


「…………もう……」


顔が……上げられない。
至近距離で私の顔を見ているだろう雅に、文句のひとつでも言ってやりたくなる。


「ぜんぶ……雅の……せいだ……。お人好し……。雅が私なんかに構うから……。優しくするから……こんな面倒くさい女に付きまとわれる羽目になるんだから……」


ミナのことといい、私といい、女運が悪いんだ。雅は。
らしくないくらい拗ねて泣き出しそうな声の自分に、自分で大丈夫かと問いたくなる。


「本当に、そうだと思う? ……何度も言うようだけど、美亜はちょっと俺のこと誤解してる。もしかしたら、その逆で……。俺が美亜の寂しい気持ちにつけこみたいのかもしれないよ?」

「…………」


雅は、何を言ってるんだろう。


「善意や同情だけでここまで構えないってば……俺はもっともっとフツーの人間だよ……」

「……でも……」

「好きだよ」

「…………ぇ、ぁ……」


顔を上げれば、雅はまっすぐ私を見つめていた。
胸がドクドクうるさく鳴り喚く。
その告白はあまりにも唐突で、私には止める暇もなかった。


「好きだよ、美亜」

「あ、ちょ……」


念のため止めておけばよかった、二度も言われてしまった。
衝撃の連続のうえ、雅との距離が近すぎて。
無意識のうちに体は雅からズリズリと後ずさって――。


「ちょっと、美亜。あんまり下がると……」


ゴン! と後頭部から良い音がして、視界が歪んだ。

痛い。
何これ。
すっごく痛い。

おもむろに振り向くと、ベッドの脇に設置してある机の角に、思いきり頭をぶつけていた。
吹き出す雅を、涙目で睨みつける。
誰のせいだと思っているんだ。
肩を震わせて笑っていた雅は、はー……と脱力したように息を吐いた。


「もう……やっと言わせてくれた。本当はもっと早く、ちゃんと言わなきゃいけなかったのに……」


そう言われても釈然としない。
好きだと言われて嬉しくない訳ないけれど……心の底から喜べない、というか。


「私は誰かに……雅に好きになってもらえるようなこと……何もできていない」


言ってもらえる資格なんてない。
卑屈だと言われるかもしれないけど、今の私がそんな言葉をもらったって、何の努力もなしにご褒美を与えられたような気持ちになる。
複雑な思いで俯く私の頬を、雅がそっと指先で触れる。
私が顔を上げると、雅は私に微笑んでいた。


「美亜と初めて会った日のこと覚えてる? 俺、お酒弱くてすぐ眠くなっちゃうから、夢と現実が曖昧でさ……」

「うん」


忘れたくても忘れられない出会いだろう。


「『みな』って名前が響く先を見つめて、そこにミナがいたらどんなにいいだろうって思ったんだ……。別れる前と変わらないで、何にもなかったみたいに。そう願ってたら、本当にミナが立ってたんだ」

「私?」


雅が苦笑する。


「別の誰かと寄り添う姿を見て、手を伸ばさずにはいられなかった。拒絶されることも、振られたことも忘れて、無くした距離を取り戻したくて抱きしめた。強張るミナに、思考が麻痺した頭で、あぁ、でもやっぱり無理なんだなぁって……思った」


雅は、「思ったのにね」と言葉を区切ってから続ける。


「ミナはいつになっても俺のこと拒絶しようとしないんだよ。所々曖昧な記憶の中で、ミナがずっと傍にいて優しくしてくれたことは覚えてる」

「…………」

「少しずつ、違和感を感じる。これは夢で、現実ではないんだって。彼女は本当にミナ? 違うんじゃないかって。でも現実を直視する勇気も無くて優しい夢に甘え続けた。幸せだったよ。ミナと俺の誤魔化し続けた恋愛が。行き場を失って苦しみ続けた思いが受け入れられた気がして、やっと満たされた。朝が来て、自分がしたことの愚かさを知って、美亜への罪悪感でいっぱいになった。償わなきゃって思ったのも本当の気持ちだよ。でもね。もっと強く。一番、思ったことは」


雅が不意に真面目な表情になるから、私の胸はドクンと高鳴る。


「あぁ、この子だったんだなって」


まっすぐに私を見る目から、いつの間にか目を逸らせなくなっていた。


「俺が一番辛くて立ち直れない時に、ずっと傍で支えてくれたのはこの子だったんだなって。それを、俺は一番強く思ったよ。美亜」


きょとん、と。
不思議な顔で雅を見つめ返すのは、今度は私の番だった。


「……俺の言いたいこと……伝わってる? その顔だと伝わってないのかもしれないなぁ……」


困った顔でクスクス笑って、雅は「優しくしてくれて、ありがとう」と言った。


「ちゃんと……ずっと愛しいと、思ってるよ」


恋人に向けるような優しい目で、声で、考えもしなかった告白をされて、私の頭は簡単にキャパオーバーした。


「……駄目……」
 
「へ?」

「今日はもう無理っ……! これじゃ眠れない……っ」


ぐるっ、と体の向きを変えて、温度が上昇し続ける頭を布団に突っ込む。
布団の向こうで、雅の笑う声が聞こえたような気がした。
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