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1章 そんな風に始まった
33 告白・1
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雅を部屋に通したのは、これが初めてではないけど。
少しだけ緊張した。
基本家具が勉強机とベッドしかない、ここは本当に女の子の部屋ですか? と疑いたくなるくらいにシンプル~な私の部屋。
床の上に置いてあった鏡つきの化粧箱――千夏と涼子からの誕生日プレゼント――が、唯一ここで女の子が生息している事を匂わせてくれているけど。それも、妙に可愛らしくって私の部屋からは完全に浮いている。
床はカーペットも何も敷かれていない寒々としたフローリング。
フローリングっていうと響きが良いけど、古い学校を連想させる踏みしめると心もとない音を立てる床板で、直接座るととっても冷たい。
それなのにこの部屋にはソファも、クッションのひとつも無い。
ありていに言えば、ここに客を呼ぶことは一切想定されていない。
相変わらず女子力低っ……というツッコミは、もうこの際どうでも良いとして。
ものすごく、今更のことなんだけど。
「雅の寝るとこが無いね」
もうすぐ明け方になってしまうけど、雅は多分寝ないで来てくれている筈で。
こんな所まで呼びだしておいて、私だけ布団にぬくぬく包まって「おやすみなさーい」というのはいかがなものだろうか。
「……別に、俺は寝なくてもいいけど……」
雅はそう言ってくれるけど、私としても寝顔を見られているのは精神的に辛いものがある。
「今日は何か用が……あった? 朝になったらすぐに帰っちゃう?」
「いや……特には、無いけど」
だったら。
「その……私の隣で寝る?」
ベッドもまぁ、大分狭いけど。
私と雅が一緒に寝れないこともないのは実証済みなのだし。
雅は私が何を言ったのかよくわからなかったようで、「はい?」と訊き返した。
「一緒に寝たらきっとあったかい。添い寝して欲しい」
雅は暫く私の顔をじっと見つめて。
眉根ひとつ動かさない私に、諦めたように肩から力を抜いて笑った。
「……ん、うん。わかった。そうだね……あったかいかもしれないね……。いいよ」
「あ、でも。あの、その、別に……へ……変な意味はなくてね……」
「わかってるよ。大丈夫、何もしないから」
さらっと、何事も無かったかのように返された。
これはこれで……何だろう。何か複雑な気がする。
シャワーを浴びて――バスタオルが無くて、裸のまま部屋をウロウロして雅に怒られて――首の消毒を手伝ってもらって……。
諸々を終えて私達が布団に潜る頃には、鳥の鳴き声が聞こえ始めていた。
肩が触れあうと、雅が少し気まずそうに体を離す。
落ち着かないけど……心地いい緊張感。
雅はどう思っているのかわからないけど。
やっぱりひとりで寝るよりは断然温かかった。
「…………雅」
「ん?」
声をかけてから、少し躊躇う。
それでも腹をくくって、色んな事に巻き込んでしまった雅に、ちゃんと話しておこうと思った。
「私は多分、ちょっと歪んだマザコンなんだ……」
「……なにそれ」
雅が笑う。
私も笑おうかと思ったけれど、笑うに笑えなかった。
「両親が別れたことは前に一度話したことがあると思うけど……。私は父に似てるの。だから、母は私を見るのが辛いんだよ。父と別れてから、母は私と一度も目を合わせてくれないの」
聞いててもあんまり気持ちいいの話じゃないだろうな。
そう思いながらも、胸の奥で溜まっている黒い気持ちを少しずつ吐き出していく。
「父がいなくなってから、日に日に元気を無くしていく母が心配だった。笑って欲しくて、私を見て欲しくて、いつも気を引こうとしてた。それが逆効果なんだって、子供だったからわからなかった。母に愛されたくて……愛されていると思いたくて……。多分、今も、ずっとそう願ってて……行き場のない気持ちが私の中で燻ってるの……」
諦めようと思っても、諦めのつかなかった気持ち。
いつのまにか年だけは大人になってしまったのに。
私はいつになったらこの呪縛から解かれるんだろう。
「おかあさん、今日はちょっと感情的だったけど……。変な人だとは思わないでね」
「うん」
「私のことが苦手な癖にね。完全に突き離すこともできないの。人一倍、真面目な人なの。母親としての義務は果たす! が口癖なんだから。だから……私がちゃんと生活できていないと怒るっていうか……」
何て言ったらいいんだろう……。
必死に言葉を探していると、雅がクスッと小さく笑った。
「美亜は、お母さんのことが大好きなんだ」
大好き、その言葉が胸に刺さった。
その気持ちの代償として、私は雅を全力で排除しようとした。
雅も私にとって大切な人であることは、大切な人になっていることは間違いないのに。
なんだか泣きたくなる。
「ごめんね、私は雅に酷い言葉をたくさん言った。きっと自分が思っていた以上に、私には他人を受け入れる余裕がなかったの……」
あんな風に自分に近づく誰かを傷つけるくらいなら、恋人を作ろうなんて考えちゃいけなかったのかもしれない。
一番近い、大切な人に自分の存在を認めてもらえないなら、遠い人なんて到底無理。
おかあさんが駄目なら、みんな駄目。
そんな風に心のどこかで、人と交わることを諦めていたところも多分あったんだ。
それでも、千夏と涼子に恋人ができて寂しくなった。
羨ましいとも思った。
ひとりでも生きていかなきゃと思う半面で、私も誰かと生きていきたいと願っている。
矛盾した思いを抱えながら、雅の恋人になった私は――。
すごく……勝手なの。
「……いいよ」
返ってくる声は変わらず穏やかで。
きっと雅は、何を言っても私を責めたりしないんだろう。
私が何に対して謝ろうとしても、雅にとっては許すも許さないも無くて。
それはすべて、私の中で完結すべき問題なのだ。
「美亜は……すごいね。何があっても、お母さんを信じる気持ち、大好きだって気持ちを持ち続けたんだから」
そんなことを言われても、私にはあまりピンとこない。
「…………そう……かな」
「うん、すごいと思う」
そう言って雅は少し間を置いて、「俺は、駄目だったから……」と呟いた。
少しだけ緊張した。
基本家具が勉強机とベッドしかない、ここは本当に女の子の部屋ですか? と疑いたくなるくらいにシンプル~な私の部屋。
床の上に置いてあった鏡つきの化粧箱――千夏と涼子からの誕生日プレゼント――が、唯一ここで女の子が生息している事を匂わせてくれているけど。それも、妙に可愛らしくって私の部屋からは完全に浮いている。
床はカーペットも何も敷かれていない寒々としたフローリング。
フローリングっていうと響きが良いけど、古い学校を連想させる踏みしめると心もとない音を立てる床板で、直接座るととっても冷たい。
それなのにこの部屋にはソファも、クッションのひとつも無い。
ありていに言えば、ここに客を呼ぶことは一切想定されていない。
相変わらず女子力低っ……というツッコミは、もうこの際どうでも良いとして。
ものすごく、今更のことなんだけど。
「雅の寝るとこが無いね」
もうすぐ明け方になってしまうけど、雅は多分寝ないで来てくれている筈で。
こんな所まで呼びだしておいて、私だけ布団にぬくぬく包まって「おやすみなさーい」というのはいかがなものだろうか。
「……別に、俺は寝なくてもいいけど……」
雅はそう言ってくれるけど、私としても寝顔を見られているのは精神的に辛いものがある。
「今日は何か用が……あった? 朝になったらすぐに帰っちゃう?」
「いや……特には、無いけど」
だったら。
「その……私の隣で寝る?」
ベッドもまぁ、大分狭いけど。
私と雅が一緒に寝れないこともないのは実証済みなのだし。
雅は私が何を言ったのかよくわからなかったようで、「はい?」と訊き返した。
「一緒に寝たらきっとあったかい。添い寝して欲しい」
雅は暫く私の顔をじっと見つめて。
眉根ひとつ動かさない私に、諦めたように肩から力を抜いて笑った。
「……ん、うん。わかった。そうだね……あったかいかもしれないね……。いいよ」
「あ、でも。あの、その、別に……へ……変な意味はなくてね……」
「わかってるよ。大丈夫、何もしないから」
さらっと、何事も無かったかのように返された。
これはこれで……何だろう。何か複雑な気がする。
シャワーを浴びて――バスタオルが無くて、裸のまま部屋をウロウロして雅に怒られて――首の消毒を手伝ってもらって……。
諸々を終えて私達が布団に潜る頃には、鳥の鳴き声が聞こえ始めていた。
肩が触れあうと、雅が少し気まずそうに体を離す。
落ち着かないけど……心地いい緊張感。
雅はどう思っているのかわからないけど。
やっぱりひとりで寝るよりは断然温かかった。
「…………雅」
「ん?」
声をかけてから、少し躊躇う。
それでも腹をくくって、色んな事に巻き込んでしまった雅に、ちゃんと話しておこうと思った。
「私は多分、ちょっと歪んだマザコンなんだ……」
「……なにそれ」
雅が笑う。
私も笑おうかと思ったけれど、笑うに笑えなかった。
「両親が別れたことは前に一度話したことがあると思うけど……。私は父に似てるの。だから、母は私を見るのが辛いんだよ。父と別れてから、母は私と一度も目を合わせてくれないの」
聞いててもあんまり気持ちいいの話じゃないだろうな。
そう思いながらも、胸の奥で溜まっている黒い気持ちを少しずつ吐き出していく。
「父がいなくなってから、日に日に元気を無くしていく母が心配だった。笑って欲しくて、私を見て欲しくて、いつも気を引こうとしてた。それが逆効果なんだって、子供だったからわからなかった。母に愛されたくて……愛されていると思いたくて……。多分、今も、ずっとそう願ってて……行き場のない気持ちが私の中で燻ってるの……」
諦めようと思っても、諦めのつかなかった気持ち。
いつのまにか年だけは大人になってしまったのに。
私はいつになったらこの呪縛から解かれるんだろう。
「おかあさん、今日はちょっと感情的だったけど……。変な人だとは思わないでね」
「うん」
「私のことが苦手な癖にね。完全に突き離すこともできないの。人一倍、真面目な人なの。母親としての義務は果たす! が口癖なんだから。だから……私がちゃんと生活できていないと怒るっていうか……」
何て言ったらいいんだろう……。
必死に言葉を探していると、雅がクスッと小さく笑った。
「美亜は、お母さんのことが大好きなんだ」
大好き、その言葉が胸に刺さった。
その気持ちの代償として、私は雅を全力で排除しようとした。
雅も私にとって大切な人であることは、大切な人になっていることは間違いないのに。
なんだか泣きたくなる。
「ごめんね、私は雅に酷い言葉をたくさん言った。きっと自分が思っていた以上に、私には他人を受け入れる余裕がなかったの……」
あんな風に自分に近づく誰かを傷つけるくらいなら、恋人を作ろうなんて考えちゃいけなかったのかもしれない。
一番近い、大切な人に自分の存在を認めてもらえないなら、遠い人なんて到底無理。
おかあさんが駄目なら、みんな駄目。
そんな風に心のどこかで、人と交わることを諦めていたところも多分あったんだ。
それでも、千夏と涼子に恋人ができて寂しくなった。
羨ましいとも思った。
ひとりでも生きていかなきゃと思う半面で、私も誰かと生きていきたいと願っている。
矛盾した思いを抱えながら、雅の恋人になった私は――。
すごく……勝手なの。
「……いいよ」
返ってくる声は変わらず穏やかで。
きっと雅は、何を言っても私を責めたりしないんだろう。
私が何に対して謝ろうとしても、雅にとっては許すも許さないも無くて。
それはすべて、私の中で完結すべき問題なのだ。
「美亜は……すごいね。何があっても、お母さんを信じる気持ち、大好きだって気持ちを持ち続けたんだから」
そんなことを言われても、私にはあまりピンとこない。
「…………そう……かな」
「うん、すごいと思う」
そう言って雅は少し間を置いて、「俺は、駄目だったから……」と呟いた。
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