恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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1章 そんな風に始まった

16 夜のアルバイト・2

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更衣室、ロッカーの鏡に映る自分をじっと見る。

清潔感のある白のブラウス。
胸の形を綺麗に見せるよう作られた、グリーンとモスグリーンのストライプが入ったエプロン。
全体のコーディネイトをまとめる黒い靴は、実用性も兼ねてヒールは低め。
可愛らしくもモノトーンでまとめたここの制服は、レトロ洋館風のこのお店によく合っていると思う。

私たちの格好は洋館で働くメイドを連想させないこともないんだけど……。
とりあえずここはそういう趣旨で運営されているお店ではない。
現在の店長と、来るお客様の思惑は別として。

スカーフタイを整えて、軽く化粧を直す。


「めろきゅん……か……」


涼子の言葉を自分でも口にしてみる。
確かにここの制服姿が、私の中では一番可愛い格好なのかもしれない。


「浅木さん、おつかれぇ~~」


休憩時間になったバイト仲間が更衣室に入ってきたので、私も「お疲れ様です」と声を返した。
振り返って目線を一段落として見れば、童顔で身長も手足の作りも小さくて可愛い弘瀬さんが「うーん」と伸びをしていた。
高めの位置で結ったツインテールにニ―ハイソックスという最強コラボが本当によく似合っている。
スカートの裾からチラチラと覗く絶対領域に、雅は私よりも店の女の子にめろきゅんするかもしれないな……と思った。


「浅木さんが鏡とにらめっこしてるなんて珍しいね」

「……今日は友達がここに来るので、ちょっと落ち着かないんです」

「友達って言うか、カレシなんでしょ?」

「え?」


ニヤニヤして言う弘瀬さんに、思わずきょとんとしてしまう。
なんでわかったのか見当もつかない。


「まぁ、そうです。友人も居ますけど」

「わー、浅木さんのカレシってどんな人だろー?  レベル高そう~~」


レベル……。
私の頭の中ではテレレテッテテーン! という軽快なBGMと共に経験値を得てレベルアップする雅の姿がよぎった。


「レベルが高いかどうかは、わかりませんけど……」


どんな人かって言われれば。


「良い人……ですよ。私には勿体ないくらい」


そんな会話をしているうちに、結構いい時間になっていることに気がつく。
い、いけない、いけない。仕事しないと。
弘瀬さんに軽く頭を下げて、更衣室を後にする。
出入り口に設置されているタイムカードをあてて厨房の人たちに軽く声をかけてからフロアに出た。

恐る恐る客席を見渡すと、千夏達は既に来ていた。
千夏と涼子、雅の他に、田中くんと鈴木くんだと思しき男の子が二人。
騒ぎそうだと警戒されたのか、はたまたちょっと人数が多いからなのか、一番奥の窓際席に案内されている。
皆この店が物珍しいのか、そわそわと落ち着かない様子で店内を見回している。
妙にテンションが高くはしゃいでいる一同に対し、雅ひとりが浮かない顔で俯いているのがわかった。
なんか、元気ない。というよりは、不機嫌そうに見える。

どうしたんだろ。

試験駄目だったとか?
風邪ひいたとか?

最近連絡をとらなかったのは自分だと言うのに今さら気になるなんて図々しい。
それでも雅の様子がどうにも気になってしまって、空いたお皿を下げながら皆のいる席までじりじりと近づいてみた。

5m……この距離だとまだ雅の表情がよくわからない……もう少し近づいてみよう。
3m……あと、もう少しだけ。会話が聞こえるくらいに。


「きゃぁぁっ! 美亜、可愛い~~~!!」


挙動不審だったのか、もうバレバレの距離だったのか。
速攻で千夏に発見されてしまった。


「え、美亜? あぁ、本当だ! うん。いいね。いいね。美亜至上最高に可愛い!」


見つかるや否や、千夏と涼子はマシンガンのように褒め言葉を浴びせてくれる。
めかしこんできた二人の方が私よりはるかに可愛いので、何とも複雑な気持ちになる。


「いいなぁ。私もその制服着たぁい。ここで働きたいかも~」


そう言う涼子は本当に似合いそうで……天職なんじゃないのと思ってしまう。


「あー、うん。いいよね。涼子ちゃん似合いそうだよ、ここの制服……」


同じことを考えた人物がどうやら私以外にもいたらしく、田中くんだか鈴木くんだかの顔が緩む。
誰か、田中と鈴木、どっちがどっちなのか説明してくれないか。
私がチラリと雅に視線を送ったのを涼子は見逃さなかったようで、すかさず雅に話題を振った。


「ねー、雅くん、美亜の制服姿可愛いわよねー」


『神庭くん』ではなく、いつの間にか『雅くん』と呼んでいる。
どうやら私の知らない間に千夏と涼子もだいぶ雅と仲良くなったようだ。

雅は、じぃっと私のことを見ると、「うん……」と小さく呟き俯いた。
やっぱり何だかテンションが低い。


「可愛い美亜が見れて嬉しい?」


千夏も容赦なく雅に畳みかけてきた。

ちょっとやめてほしい。
私の背中を嫌な汗が流れる。

雅は「うー……ん」と少し呻った。


「正直、複雑。だって、そーゆー格好を見せるのもここのひとつの商売なんでしょ?」


一同が「えっ……?」という表情になった。
単刀直入だな、雅は。

ここはお洒落なレストランていうコンセプトだけど、実際それで商売しているんじゃないかと言われればどうかはわからない。
時給は周りのファミレスに比べたら圧倒的に良かったし。
初めてバイトに入った時に、店長は新人の子達を並べて「みんな喜んでいいよ~。ここは選考基準に顔が入ってたんだよ~」とか笑いながら言っていた。
それが悪いジョークだったのか本気だったのかは計り知れないけど、可愛い子がいっぱい働いているのは事実だ。

空気を読まない発言をしたことも重々承知なのか、雅はトイレを理由に席を立った。
私とすれ違う時に、千夏達へは聞こえないくらいの声で囁く。


「美亜、今からシフト入ったの? 何時まで働くの?」

「えー……と、23時まで」

「どうやって帰るの?」

「歩き」

「誰と?」

「……ひとりで……だけど……」


雅の顔が険しくなる。


「じゃあ待ってる」

「え? いや……」


そんなのいい、そう言おうとしたけれど、雅はそれ以上私の話を聞かずに歩いて行ってしまった。
仕事中だから遠慮してくれたのかもしれないけど……。
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