恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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1章 そんな風に始まった

15 夜のアルバイト・1

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試験が全部終わった。

単純な自分に少し呆れてしまうのだけど。
根本的な問題は何も解決していないというのに、どうやら雅と帰った日に、私を巣食っていた憑き物は落ちたらしい。
体調不良もどこかへ去ったし、あれから集中して勉強したお陰で試験の出来は上々。
私は晴れやかな気持ちで青空に向かって両手を伸ばした。


「うー……ん」


果てしなく広がる空に、小鳥の平和そうな声が響く。
長期休みが始まるこの時期は、構内にいる人もまばら。
試験中は、今までどこに隠れていたのかと不思議になる程の人で賑わっていた桜並木も、今歩いているのは私と千夏と涼子くらいのもので解放感がある。
時折、私達の間を吹き抜けて行く風は冷たいけど、澄んだ綺麗な空気に心と体が浄化されていく気がする。
相変わらず私の表情は傍から見るとつまんない顔をしているんだと思うんだけど、心は人知れず浮かれていた。


「美亜は、春休みどうするの?」


共に試験を無事に切り抜けた戦友、千夏に聞かれ、私はキリッと返す。


「もちろん稼ぐわよ」


朝昼夜もバイトのシフトを入れてガンガン稼ぐわよ。


「ちょっと……彼氏ができて初めての長期休暇だと言うのに、何その色気のない答えは……。もっとウキウキしなさいよ。わくわくした予定でもとっとと立てなさいよ……」


いまいち試験の出来に自信のない涼子にもローテンションで突っ込みを入れられる。
わくわくした予定など立てたくても立てられない気分の涼子を、千夏が「よしよし……」となだめている。


「試験中、神庭くんとちゃんと連絡とってたの?」

「ぅ…………」


そう言われるとちょっと苦しい。
あれだけ雅を心配させておきながら、フォローしてもらっておきながら。
結局自分のことで精いっぱいで……試験中は電話はおろか、メッセージにも事務的な返事を返す程度だったような気がする。


「何してるのよぉ。ちゃんとフォローしなさいよ! まったく美亜には彼氏ができたという自覚が足りないのよ」

「う……ぅ……ご……ごめんなさい…………」


涼子に謝ったって仕方ないのは重々承知なんだけど、心苦しくて思わず口にしていた。
試験に集中してたのは本当……だけど……。
正直なところ。雅にどんな顔して会えばいいのか、何を言ったらいいのかよくわからなくて。
ちょっとだけ逃げてしまっていた。

らしくもなく感情をぶつけてしまった。

両親の話なんて、千夏と涼子にはもちろん、今まで誰にもしたことない。
同情されるのも共感されるのも嫌だったし、誰かに理解して欲しいとも思っていなかった。
それなのにあの時は雅にどう思われるとか何も考えられなくて……。
後先考えずに浮かぶ言葉をそのまま口走っていた。

なんでかなぁ……。

雅の何でも受け入れてくれそうなふわふわした態度に気が緩んだのかもしれないし。
どこまでも恋愛に対する姿勢が前向きで純粋な雅に、苛々したのかもしれない。
そんなの綺麗ごとだって、そうじゃないこともこの世にはいっぱいあるんだって……訴えたかったのかもしれない。


カバンを漁りながらスマホを取り出して、心を落ち着けるためにひとつ呼吸をする。
雅とのメッセージ画面を親指で探りあてると、私は自虐的に笑った。


ううん。
違う。

そうじゃない。


――恋に意味があるなんて、到底思えない。


例え私がそう言ったとしても、それでも雅には何度でも私の言葉を否定して。


――恋に意味はあるよ。


あの時そう言って欲しかったんだ。


望んだ答えすらも素直に聞き入れられなくて、雅がかけてくれる優しい言葉を鵜呑みにすることが怖くて。
可愛くないことを言っては困らせた。

ホントに捻くれてて……子供だ……私は……。

あの時私は雅に甘えてたんだ。
ダダをこねる子供みたいに。



[試験は無事に乗り越えられました]

[お陰さまで、元気、でました]


メッセージを入力してから、少し恥ずかしくなる。
もう一度読み直してみても別に変な所は無い、と思う。
だけど、なんだか妙に恥ずかしいのはなぜなのか……。


 「『会いたい』くらい書けばいいのよ」


後ろからメールを覗きこんでいた千夏にそう声をかけられて、思わず飛びのく。


「そうよぉ。結構長いこと会ってないんでしょう? 『やっと試験終わったの。もう待てない』くらいのことを、たまには言ってもバチは当たらないと思うわよ」

「…………相変わらず……二人とも積極的よね……」

「何言ってんの。そんなことないわよ~。そりゃ、いつも言ったりしたら駄目よぉ?」

「たまに言うからグッとくるんだってば」


相変わらず私には真似できない恋愛テクをのたまり始めた二人には申し訳ないんだけど。


「会いたかったとしても今日はもう無理、バイトあるし」

「「美亜……」」


千夏も涼子も心底呆れた顔をしている。
二人から投げかけられる、あーあ、神庭くん可哀想~……という視線に再び胸がチクチク痛み始める。


「う、うん、そうね。私が悪いわよね。でも今日は急に空きが出ちゃったからやむをえなかったの」


滅多に断らないからか、シフトに空きができると店長から一番初めにお声がかかるようになってしまった。
働きっぷりが評価されて時給がちょっと上がったもんだから、余計に断りづらくなったんだよなぁ……。

暫く渋い顔をしていたふたりだったけど、千夏の提案でその場は一転する。


「そうだ! 美亜のバイト先に神庭くん誘って行かない?」

「あ、それいい! ナイスアイディア♪ さんせー!!」

「は?」


いつものごとく、悪友らはまた変なことを企み始めたらしい。


「美亜のバイト先、レストランで制服が可愛いって言ってたじゃない」

「神庭くん、きっと美亜の制服姿にメロキュンだって」

「夕飯は決まったね」

「二度おいしいわね」

「……急に誘っても来ないんじゃない?」


なんとなく、働いている姿を友人や彼氏に見られるのは恥ずかしくて逃げ腰になる。


「そんなのわからないでしょっ。神庭くんのスマホにかけてみてよ」

「えぇ……? なんか嫌……」

「じゃ、私がかけるから番号教えてよ」

「同じじゃない、来られるのやだってば」

「まったくしょうがないなぁ、美亜は。じゃあ、神庭くんの友達の田中くんに連絡とろーっと」

「じゃ私は、鈴木くんにあたってみるね~♪」


そんな感じで、千夏と涼子はいそいそと雅の友人達に連絡を取り始めた。
私はそんなふたりをただただ呆然と眺めるばかり……。
 
え……えぇ? なんでぇ?
いったい、いつの間に番号なんて交換してたの……。

侮れない。本当に侮れないよ、我友らは。
そこから先は何だか脱力してしまって、私は経緯を見守ることしかできなかった。
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