恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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1章 そんな風に始まった

10 初めてのデート・1

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定義はよくわからないけれど、雅に「デートしよう」と誘われたので、これは人生初デートにあたる。

動物園が、初デート。
世のカップルが初デートにどこを選んでいるか、なんて知らないけど。
私的には悪くないチョイスだと思う。

雅とのデートは千夏と涼子に黙っておこうと思っていたのに、あっさりバレた。
休日はいつも彼氏の家に行くふたりが、「久しぶりに三人で映画にでも行こうよ」と言い出して、示してきた日がドンピシャに雅と約束した日だったのだ。

え、何、何なの。これ罠なの?

そう思いつつも上手い言い訳なんて咄嗟にできる訳もなく。
普段バイト以外に用の無い私が「あ、その日は無理みたい」なんて言えば、案の定ふたりは声を揃えて「「なんで?」」と訊いてきたのだった。


「ふっふ。神庭くんとデートなんでしょう!」

「えー……、あー……、チガウ、チガウ」

「やっぱりぃぃ」

「きゃぁぁ~!」


否定したのに、なんでやねん。


「それじゃぁ、映画は無理だわね。その日は美亜ん家まで行って、メイク手伝わないと」

「それと新しい服も買わなきゃね! 涼子が見立てた方が良いよ。美亜の趣味は地味だから」


「いつもと違う美亜にメロメロドキドキ大作戦☆遂行だわね」と世話を焼いてくれようとする千夏と涼子をやんわり……途中からは割と本気の攻防戦になって必死に撒いてきた。

あれは、友情ではなく最高の玩具を見つけてしまった子供の目だと思うの……。
甘く見ていると獲物となった私は致命傷を負いかねない。

それに、どうせ最初だけ頑張っても次のデートで息切れするのは目に見えてる。
初デート用の服を買ったとして、会う度着るのはNGなんでしょ?
何着も涼子お見立ての可愛い、どこぞかのブランド服を買うなんて到底無理だし。
結果的には、シンプルな方がいいじゃない。
こっそり次もその次も、会う度さりげなく上下を変えて着まわすくらいでいいじゃない。

そんな訳で、いつも通りのシンプル・イズ・ベストを貫くことにする。
動物園だし、動きやすいようにジーンズ、肌触りの良いカットソーに、ダウンライクベスト。
これで防寒も完ぺきだ。


改札を抜けて、待ち合わせ場所のキリンのモニュメントまで歩く。
駅周辺は似たようなお店が並ぶけど、前日に雅から周辺写真をメッセージでもらっているので迷わない。
マメだなぁと思う。
もう雅が待っているような気がして、自然と歩調が早くなる。

目の前を人波が通り過ぎて視界が開けると、予想通りキリンの隣で雅が佇んでいるのが見えた。
おひさまの光にまどろみながら、雅は人波に視線乗せてゆっくりと顔を右から左に動かしている。
穏やかなその表情は待っている時間も楽しそうに見えて、人波を越えた視線が私を捕えるとパッと顔を輝かせた。
 
会って間もないし、恋に落ちる瞬間なんて私達にはなかった。
恋人という称号で結ばれたとしても、雅が私に恋をしているかなんてわからない……いや、多分しちゃいないだろうけど。
それでも今、自分に向けてくれている笑顔は恋人に向けられるような優しい笑顔で。
雅が恋愛に前向きで、私のことを大切に思おうとしてくれていることは伝わってきた。

きっとこの人はこんな風に、とても幸せそうに恋愛をしてきたんだ。


「おまたせ」

「ん、待ってないよ。美亜は時間厳守だね」


なんとなく気恥ずかしい定番のやりとりを済ませて、どちらともなく動物園へと歩き出す。
改めて見た雅は、モノトーンのジャケットにストライプのシャツ、サイドジップブーツという装いで。
いつもと違う格好に驚いたのは私の方だった。

シルエットは綺麗だと思うけど……こんな格好もするのね。
ちょっと、意外。

雅はパーカーとかジャンパーとかスニーカーとか……もっと元気な格好の方が「らしい」と思う。
別に似合っていない訳ではないので、敢えて口にはしないけど。

ほどなくして入口に着いて、「チケットを買ってくるね」と言った雅の背中を見送る。
そういうセリフがいちいちデートっぽくてこそばゆい。デートだけど。
幸いにもチケット売り場はそれほど混んではいなくて、雅は時間をかけずに戻ってこれた。


「ありがと」


チケットとマップを受け取って、「はい」とお金を渡すと、雅に少し驚かれて「いいのに……」と言われた。


「…………」


あれ?

ひょっとして私はしくじったのだろうか。
もしかしたらこういうところでは、男の子に花を持たせるものなのかもしれない。
入園料600円ていうのが微妙にどうするか考えさせられる金額だったけど。


「大丈夫、あんなとこ住んでてもこのくらいは払えるから、舐めてもらっちゃ困る」


我ながらどうなのと思うフォローを入れながら、引っ込みのつかなくなった右手を雅に押し付けた。
入口をくぐって歩を進めると、時計台のある大きな広場に出てそこから左右に道が分かれている。
マップを広げると、右から猛きん舎と猿舎があって、奥には猛獣舎に続き、定番の象、キリン、シマウマなどのサバンナの動物、左に行くと爬虫類館と小獣舎があって、牧場と小動物と遊べるふれあい広場まである。
右から行っても左から行っても園内をぐるりと一周してこれそうだ。

思っていたよりも広くて驚いた。
そもそも動物園なんて、来たのはいつぶりだろう。

確か、昔に一度だけ来たことがあった。
まだ両親が別れる前に、父と母と、三人で。

物ごころついた頃からギクシャクしていた両親だったけど。
ここに来た時は、どうだったんだろうか。
せめて、笑っていたんだろうか。
もう思い出せないけれど。


「猿山のお食事タイム始めまーす」


威勢の良い飼育員の声で、ぽけっとしていた私は我に返る。


「行ってみようか」


雅の声に頷いて、右の道に入る。
猿山は既に人で賑わっていて、私と雅は親子連れに遠慮しながら隅っこから柵の向こうを覗いた。
飼育員が餌を撒きはじめると猿達が一斉に餌置き場に群がっていく。
その片隅で、遅れをとった母猿が強引に子猿を餌置き場まで引っ張っている。
自分も誰よりも早く餌が食べたいだろうに、子供に餌を食べさせなければという母性本能が働くんだろう。


「動物は生まれた瞬間から子供が可愛いのかしら。本能でそう思うのかしら」


 広い猿山の中で同じ猿を見ているかなんてわからないけれど、気づけば雅に話しかけていた。


「どうなんだろう、哺乳類は環境に左右されるって言うしね」


返ってきたのは、雅に似つかわしくない現実的な答えだった。
私の勝手なイメージかもしれないけど、雅ならもっと優しいことを言いそうなのに。
そんなことを少し思いながらも、私もその言葉に静かに同意する。


「そうね」


子猿は足をもつらせながら必死に母猿に連れられ歩いて、二匹はようやく餌場に着くと無心で餌を食べていた。
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