恋人以上、恋愛未満

右左山桃

文字の大きさ
上 下
9 / 135
1章 そんな風に始まった

09 初彼・3

しおりを挟む
陽の傾いた道を歩く。
一緒に帰ろうとメッセージを送ったのが、悪友なのか雅なのかは結局わからなかったけど、雅は一緒に帰ると言い張った。

車も人もあまり通らない、空き地が目立つ静かな通りに入る。
そのうち区画整理がされて新しい住居がたくさん立ち並ぶ予定だけど。
 『立入禁止』の看板と、杭に張り巡らされた鉄線の向こう側で、雑草が風にさざめいているのをぼんやり眺めて歩く。
葉先が夕日を集めて、いっせいに揺れながら金色の波を遠くへ運んで行く。
私は夕暮れ時にこの風景を見ながら歩くのが好きだった。


 「二日酔いは大丈夫?」

 「うーん……まだちょっと頭が痛い……のと、今日は気持ちが悪くて物が食べられなかった……」


苦笑いしながらそう答える雅に、体調が悪いなら無理せずさっさと家に帰れば良かったのに……と思ったりもするけれど。
あえて口にするのはやめる。
恋人というものは――よくわからないけれど――ちょっとくらい体調が悪くても、一緒にいたいと思ったら一緒にいるものなのかもしれない。
まぁ、雅が、今私と心から一緒にいたいと思ってくれているかは……私が知りえる範疇では無いのだけど。

私はどうなんだろう?

いつもはひとりで歩くこの道に、ふたつ影が落ちていることを不思議な気持ちで見る。
ひとりでいる時よりも、少しだけ遅い歩調。
途切れ途切れに、交わる会話。
落ち着かないけれど、多分、嫌な訳ではなくて……。


「美亜こそ……体、大丈夫なの?」


雅は、私の名前を呼ぶ時、少しだけ『あ』に力を入れる。
私に気づかれないようにさりげなく意識してるつもりなのだろうけど。
なんとなく、わかってしまう。
『ミナ』の方が呼びなれているだろうから、私の名前を呼ぶのは神経を使うんじゃないだろうか。


「体、大丈夫なのって?」


オウム返しで聞き返すと、雅は気まずそうに目を逸らす。


「…………や……な……何ともないなら……いいんだけど……」


ごにょごにょと言いづらそうにしているのを見て、あぁ、と思う。


「強いて言うなら、不自然な体勢を長時間強いられたせいで股関節が痛い。真っすぐに歩きづらい」

 「……うわ。…………そっ……な……ほ、本当にごめん……」


 夕日でよくわからないけど、恐らく顔を赤くしていると思われる。
 吹き出すように嫌な汗をかいて自己嫌悪している雅を見て、凹むくらいなら聞かなきゃいいのに……とも思うけど。

まだ、気にしてるんだ……。

すっかり何にも無かったように接する人よりは、誠意があるのかもしれない。


「別に平気。これはただの筋肉痛だと思うから」

「…………ん。なら、良かった……よ……」


ちょっと微妙な顔をして、雅が笑う。


「俺の二日酔いも気にしなくて平気。龍一から薬もらって飲んだし。今日はだらーっと講義受けてたから」


龍一と言うのは、さっきの悪友の内の誰かなんだろうけど、どの人のことを言っているのかはまだわからない。
カラ元気を出して先を歩き始めた雅と、少しだけ距離が離れる。
ふと視界に入った雅の空いた左手を、何の気なしに眺めた。

体はそんなに大きくないけど、結構手は大きくて骨ばっている。
あの位の大きさなら、私の手はすっぽり入るのかな。

普通の恋人なら――。

さわわ……と耳に心地いい草の擦れる音が届く。




こんな時、手を繋いだりするのだろうか。




「デートしようか」




くるりと私の方へ振り返り、声をかけてきた雅に心臓が止まりかかる。
そんな気はないんだけど、ちょっと今のは、なんかすごく良くないタイミングだった。


「美亜?」


変な顔――多分――をして、思わず歩みを止めてしまった私に、雅は不思議そうな顔をしている。
私は、コホッと咳き込んで。


「デート……。私、どこに行けばいいとか、何すればいいとかわからないわよ」


素知らぬフリで返事し、何事もなかったようにまた歩き出した。 


「どこ……かぁ……」


雅は、んー……と顎に手をあてて少し考える。


「そう言えば美亜って何をするのが趣味なの?」


デートで私の興味のある所に行こうと考えてくれたのかもしれないけれど、その質問にはちょっと懲りていた。


 「とりあえず紅茶、ということにしておくけど。優雅じゃないし、茶葉から入れるとも限らない」


私の人物像がひとり歩きしないように、色々補足しておくことにする。
雅には、私の複雑な心境なんてこれっぽっちも伝わらなかったらしい。
怪訝な顔で、「何が言いたいの……?」と呟かれる。


「色々あったの! 複雑なの!」

「ふ……ふーん……?」


もう、可愛くなくていい。
どうせ私に媚びは向いていない。


「雅は何か趣味とか、好きなことは?」

「え……うー……ん……」


自分は訊いておきながら、私に問われ雅は少々たじろぐ。


「動物が好き……かなぁ」


聞きとりづらい声で、ぼそぼそ言う。


「なんで、そんなに言いづらそうなの?」

「だって。なんか男らしくないじゃん」

 「…………」


動物が好きなくらいで男らしさが失われることはないと思うんだけれども。
その顔で今更男らしい云々を言われてもなぁ……と思いつつ、雅は雅で色々コンプレックスがありそうなので触れないでおく。


「いや、良いんじゃないの」


千夏から借りた漫画にあった。


「不良が『おまえも一人ぼっちか……』とか言いながら、雨の日に捨てられた子猫を愛でるシーンはポイント高いわよ」


とりあえず動物と男らしいエピソードを上げたけど、雅には上手く伝わらなかったらしい。
「それは一体どんなフォロー……?」と困った顔で笑っていた。


 「私も、小さくて可愛い生き物は好きよ」


何の気なしに呟いてからハッとする。

違う!
これは断じて雅のことじゃないっ!

思わず脳内で涼子に突っ込みを入れていた。


「? なんで美亜は、薄ら笑いを浮かべてるの……」


絶対怒られるので。


「…………教えない」


そんなくだらないやりとりをしながら、行先は動物園に決まった。
明日は今日より、雅のことを知っているのだろうか。
しおりを挟む

処理中です...