恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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1章 そんな風に始まった

04 初めてのキスと、初めての……

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終電も怪しい時間に、合コンはお開きとなった。
これは、あれか。
電車が無くなっちゃって……という王道パターンの力技で恋人を作ってしまおうという計算なのか。
 
恐るべし幹事。

しかし私の家はここからそう遠くはない。
最初から歩いて帰るつもりでいた。
お腹もいっぱいだし、帰ってシャワーを浴びたら眠るだけ。
いつもと変わらない平和な日常。


――のはずだったのに……なんで。


「ちょ……ちょっと。ちゃんと歩いて……」

「ミナ……」


ぎゅぅっと絡めた腕に力を込められる。


「だから私はミナじゃなーい!」


なんで、こんなことに。

暦の上ではもうすぐ大寒。
外に放置しておいたら死んじゃうかも……しれない。
私から離れようとしない雅に、「頑張れよ☆雅ちん」などと声援を送りながら雅の友達は続々と帰り……。
慌てふためく私を尻目に――まぁ、感情に乏しいから慌てたところでそうは見えないんだと思うけど――有野くんには皮肉そうに「良かったじゃん」と笑われ。
千夏と涼子はそのまま彼氏の家に直行。

どうしたらいいかわからない私は、結局雅を連れて帰ることになってしまった。


「ねぇ、神庭、くん? 家はどこなの?」


返事をしない。


「雅、くん」

「何~」


返事した。
ミナには”雅くん”と呼ばれていたのかもしれない。


 「家、どこ」

 「何言ってるの。ミナは知ってるでしょ。あっちー……」


よくわからない方角を指差される。


 「……あぁ。そう」


わかったところで、送ってあげられるようなお金はないんだけどね。
今日の合コンサークルだって、初回の女性はほぼタダみたいなものだったから行った訳だし。

根気よく雅を支えて歩き続けて、30分くらいかけて我が家についた。

築50年越えの超オンボロアパート。
コンクリートにビシビシ入るヒビと、カビだか排気ガスだかわからない黒いススが病のように巣食ってる。
大きな地震が来たら多分、私の人生はここでひっそりと幕を閉じるんだろう。
別にこの世に何の未練もないし、死んだらそこまでだと思ってるので、どうでもいいんだけど。
親からの仕送りや奨学金を受けているにしろ、大学生の一人暮らしなんてギリギリだ。
こだわりのティーカップで優雅に紅茶?
このアパートを見たら有野くんはどう思うんだろう。
私のイメージが崩れても付き合ってくれたんだろうか。


恋愛ってなんなんだろうなぁ……なんだか笑っちゃう。


片手で苦労しながらバッグから鍵を取り出し、扉を開ける。
雅を玄関にやっとの思いで降ろして、ようやく重労働から解放された。


「はぁぁ…………重かった…………」


体力には自信があったけれど、さすがに30分男の子を支えて歩き続けるのはしんどかった。
両手をついて、パンパンに張った足を振る。
時計に目を向ければ、もう深夜2時をまわっている。
本当にとんだ一日になってしまった。


「ごめんね……」


私の疲れた溜息に何を思ったのか、雅が謝る。


「だから……私はミナじゃないんだってば……」


もう何度目だかわからない言葉を口にしながら、私は部屋を暖めることにした。
雅を玄関から部屋に移動させて、体が倒れないように壁を背もたれにして座らせる。


「お水、おくからね」


今日話題に出すか迷ったマグカップを雅の隣に置く。
雅はそれを不思議そうな顔でじーっと見つめ。


 「ミナ、今日は優しいね」


にっこ~と嬉しそうにほほ笑む。
ホントに可愛く笑うよなぁ、羨ましい。


「フッた、罪悪感……? それでもいいや……嬉しいから……」


雅は空を掴むように手を伸ばして、やっと届いた私の腕を子供みたいに掴んだ。


「ミナ……」

「……ほ、ほら、離して。私何もできなくなるから……」


もう名前を否定する気も起きない。
このまま拘束されるとシャワーを浴びることも寝ることもできなくなってしまう。


 「ね。雅くん、離して」


語尾を弱めて、ミナっぽく言えば応じてくれるかもしれないと思い、私は猫撫で声で雅に話しかける。


 「好きだよ」

 「…………」


真顔で告白を返された。
正直好きだと言われて悪い気はしないんだけど、まいったなぁ……。
でも、一応。


「…………ありがと……ね」


そう言うと、雅はふにゃっとまた顔をほころばせた。


「雅くんは、私のどこが好きなの?」


ふざけてミナのフリを続けてみることにする。
散々振りまわされているのだから、ちょっとくらいイタズラしてもいいんじゃないかと思って。


「えー。う~ん……ちょっと我儘なとこも可愛いし。ミナが笑うと空気が変わるよねぇ……ふわってするっていうか……」


へぇぇ。
空気すら和ませるというのか。
愛想の良い、可愛い子と付き合ってたんだろうな。
私は空気を凍らせる方が得意なんだけど……。

聞いていると私とミナは全然タイプが違うみたいじゃないか。
まったく、そんなに好きなら相手を間違えないでいただきたい。


「ミナは、俺のこと好き?」

「…………え……」


唐突に、今度は逆に雅から質問をされて、私はたじろぐ。


「え……と……」


これには……果たしてなんて言えばいいんだろう。
雅は真剣な表情で私を見ている。


「…………」


私が間を開ければ開けるほど、その表情は少しずつ曇っていく。
その場しのぎなことを言っても、終わった恋をどうこうできる訳でもない。
頭ではそうわかっていても、私は多分、誰かの悲しむ顔と言うのに人一倍弱いんだと思う。


「……す……き……」


気づいたら喉はカラカラで、絞り出すようにやっとそう答えていた。
ああ、本当、何勝手なことを言ってしまっているんだろう……。
がくりと垂れた私の頭上に、雅の気配を感じる。

手を、ぽんと頭の上に乗せられて、わさわさと左右に撫でられる。
おりてきた指の先で輪郭をなぞられて、くすぐったくて私は少し顎を引いた。

「……?」

至近距離で雅と目が合ったのと、顎を軽く持ち上げられたのはほぼ同時。

唇が柔らかくて温かい感触に包まれた。


キス、されてる。


現状を理解するのに数秒かかった。


え? 何これ。
これってキス?
恋愛につきものの、あの、キス?

乙女達がみんな大事にしてるとかいう、ファーストキス?


たくさんの情報の波が押し寄せてきて軽くパニックになる私に、トドメを指すように雅のひんやりした手が、お腹の辺りから潜り込んできた。


 「は? ……え!?」 
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