恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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1章 そんな風に始まった

02 出会い

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その場にいた一同の視線を一斉に集め、背中からブワッと汗が出る。


「あ! 浅木さんだっ! 背高いから目立つよね~」

「近くで見ると浅木さん、マジ綺麗だねー」


なぜだか、結構名前が知られている。
まぁ、千夏と涼子は可愛くて愛想が良くて顔も広い。
一緒にいると私も話題にあがるのかもしれない。
口々に賛辞をいただいて、私はますます困惑した顔になる。


「あぁ…………別に……こんなの、つまんない顔ですよ……」


笑おうと、口の端を軽く上げたけど上手くいかなかった。
ニヤッと笑うのならまだしも、ひきつったように見えてしまったかもしれない。
千夏が私の服の裾をぐいっと引っ張り、ちょっと来なさい! と言わんばかりの形相をする。
私達は適当なことを言ってススス……とその場から抜けると、再び壁の隅っこへと移動した。


「ばか美亜っ。なんなのそのフヌケタつっっまんない反応はっ!! ちゃんと会話しなさいよっ!」

「…………ねぇ、千夏。今私、どういう反応すべきだった?」

「もっと喜ぶ! そうでなければ恥じらう! そしてすかさず男の子に話しかけるの! 『え~? 全然。全然ですっ。えー……と、あなたは?』『茂木(仮)です』 『……茂木くん! 茂木くんの方がカッコいい……ですっ。その時計とかもセンスいいですよねっ。どこで買ったんですか~?』そう言って会話のきっかけを探すのよ。その際、優越感も上手く刺激しながら会話を展開すると男は喜ぶのよ」


千夏は声の抑揚まで変えて、恥じらったりキリッとかっこつけたり、バーチャル美亜と茂木(仮)を臨場感たっぷりに演じてくれた。


「あはは。漫才みたい」


そう言うと千夏にバシッと頭をはたかれた。

はぁ、しかし。
さすがだなぁ。
場数を踏んでいるだけはある。
二人とも彼氏がいて、そんなに乗り気じゃないのに私のために合コンまで付き合ってくれたんだもんね。


「わかった。今度実践してみる」

「今度じゃない! 今やるのよ! 涼子をよく見ていなさい! 勉強になるから!」


千夏は私の顔をがしっ! と掴むと、ぐぐぐ……と涼子のいる方に向けさせた。
いたい。いたい。
人間の頭はそれ以上回りません。
涼子はいつの間にか2、3人の男の子達を取り巻くように席に座っていた。
グラスを可愛く両手で支えながら、子供のようにちょこちょこと口をつけてお酒を飲み、時折上目遣いでいつもより目を1.5倍くらいぱっちり開けて周りの男の子達に微笑みかけている。


「あれは……いったい……」

「恋のハンターと化した涼子よ」


私のために付き合ってくれたんだよ……ねぇ?
ふたりの気遣いに感謝していることに変わりはないけれど。
あまりにもノリノリで、”私のため”というのは建前のような気がしないでもない。

まぁ、なにはともあれ、良く見られるための努力を惜しまない彼女達の姿勢、熱意はとてもすごいと思う。


「私にはやっぱり無理なのかもしれないなぁ……」

「なんで!?」

「……うーん……」


ここまで連れて来てくれた二人には申し訳なくて、とても言えないけど。
本音はやはりそこまで彼氏が欲しいとは思っていないんだろうな、と思う。

父親の浮気が原因で、幼い頃から両親は喧嘩が絶えなかった。
私がいるから数年間は一緒に暮らしていたけれど……。
こんなに罵りあうのなら恋なんてしなければいいのに、なんて幼心に思ったものだった。

精神状態がぎりぎりまで追い詰められた母から逃げるように去った父。
行き場のなくなった母の怒りと悲しみを、一身に受けた私。
成長し、ひょろひょろと伸びた身長も、みんなが綺麗だと褒めてくれるこの容姿も。
みんなみんな父親譲りなのだから誇りに思えるわけがなくて。
中学、高校と周りが恋の話に花を咲かせても、私はいつも蚊帳の外から別世界のできごとのような気持ちで見てた。

私は多分、恋愛に憧れを持てないんだと思う。

だけど千夏と涼子が綺麗になって生き生きしてるもんだから。
もしかしたら、恋愛も悪くないかもしれない……なんて思い始めて……。
仲良くしてた二人が急に遠くに行っちゃって、私も彼氏を作らなければいけないような焦る気持ちになったのかもしれない。
肝心の心はついてこないままだけど、私がここにいるのも縁。
渡りに船だと考え直す。


「ちょっとお話してくれる?」


思い切って、傍にいた男の子に声をかけた。
涼子を真似て、少し上目遣いをしながら首をかしげると、彼の顔が少し緩むのがわかった。


「私、こういうところ来たの初めてで、どんなこと話せばいいのかわからないのだけど……」

「浅木さん、だよね。結構有名だよ~。美人だもんね」


こういう展開ならばさっきの言葉がそのまま応用できる。


「そんなこと全然ないよ。えーっと、ごめんなさい。名前……」

「あ、おれ。有野」

「有野くんね。有野くんの方がかっこいいと思うし」


にこりと微笑んでみせると、向こうもまんざらでもなさそうだった。
本当は、ここにいる男子なんて全部おんなじに見える。
酔いがまわってきたのかもしれない。


「浅木さんは、休みの日とか何してんの? 趣味とか何なの?」

「えー……と。うーん……」


まずい。
いきなり困った。
別に趣味と呼べるものは無い。
休みの日はひと通り家事をしてバイトに出かけ、目的もなくスマホを触って一日が終わっている。
しかし千夏が視界の隅で監視しているので、強いて答えてみることにする。


「紅茶、とか。色々な種類を集めて飲むのが好きかな」

「あぁ! わかる! ぽいっ! すげー、ぽい! 食器とかにもこだわりあるでしょ?」


そこまで会話して、何か嫌になった。
別に紅茶だって適当に、その日の気分で好きに飲んでいるだけで、そんなに詳しいわけでもない。
食器だって、フツーの……適当に雑貨屋で買った処分品のマグカップ。
何か私の理想像みたいなものがこの人の中にはできあがっているらしい。
なんて言おうかな。
フツーのマグカップですよ~って言ったらそこで会話終了なんだろうか。

あぁ。
恋をするのって、大変なんだなぁとつくづく思う。

自分を可愛く見せる努力を惜しまない友人二人を心から尊敬する。
私は何もない。
自分をよく見せたいとも思わない。
とりたてて誇れるようなこともないし、趣味もない。

ぐるぐると最良の返答を考えていたら気持ちが悪くなってきた。
その時――。


「……雅! しっかり歩けよ!」
 
「そうだぞ! しっかりしろよ、たかが失恋くらいで!」


両脇を支えられながら、酔った男の子がこちらに歩いてきた。
右往左往する三人とぶつかりたくないのだろう、周りがサッと道を開ける。

あぁ、可愛い男の子……。

それが第一印象だった。
身長は170センチ無いような気がする。
私は女の中では背の高い方だと思うけど、彼と私の身長の高さはあまり変わらないかもしれない。
脇で彼を支えている男の子達の背が高くて、なんだか余計にちっちゃく見える。
あまりまじまじ観察しても失礼な気がして、横目で盗み見た真っ赤な顔も、身長と違わずベビーフェイスで、ツンツンと立てた逆毛が精一杯の反抗心の表れみたいに見えた。


「ぅ…ん……ミナ……」


呂律のまわらない口で、うわ言のように女の子の名前を呟いている。
周りの友達? の声を聞いていると、酔っ払いくんの名前は”まさ”というらしい。
失恋をしてやけ酒でも煽ったのかしら。


「浅木……さん?」


雅に気を取られていた私に、有野くんが声をかけてきて現実に引き戻される。


「え……あ……なんの話……してたっけ……」


やばい。
これじゃぁ、有野くんにまったく興味ナシ、みたいな。


「みーあー~~~~!!」


見ていられなくなったのか、千夏が声を張り上げながらこちらにのしのし歩いてくる。
あぁ、せっかく可愛い格好してるのにのしのし歩き、そうさせてるは私か。ごめんね。


「ミ……ナ……?」


小さな呟きに、私はもう一度喧騒の方へ目を向ける。
千夏の声に反応した雅が、トロンとした目を私に向けていた。
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