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1章 そんな風に始まった
01 潜入☆合コンサークル
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恋という感情がわからない。
『恋をしたい人☆全員集合』
うん。
明らかに私――浅木美亜がここにいるのは場違いだと高らかに宣言されている。
ポップな字体で書かれた垂れ幕が目の前に貼りだされていて、私は何とも居心地の悪い気持ちになった。
ここは、小さな貸し切りのレストランバー。
アンティーク調の落ち着いた色合いの店内は、薄暗く温かみのある明りがマッチしていてお洒落な雰囲気。
壁際には各自で取り分けられるように、大皿に載ったサラダや揚げ物、パスタなどの軽食が並んでいて、カウンターに行けばメニューの中から好きなお酒をオーダーできる仕組みになっている。
構内でよくすれ違う人、講義でたまに見かける人、年齢的にOBとしか思えない人、どうも他大から潜り込んできたんじゃないかと思う人……とにかく、色んな人――この垂れ幕の言葉を借りるならば、『恋をしたい人』達がわんさと集まって、食事もそこそこに談笑に興じている。
そんなわけで、前置きが長くなってしまったのだけど。
どうやら本日、私は合コンサークルというものに潜入してしまっているらしい。
自覚はあまりない。
どちらかと言えば現状は、男の子よりも並べられた料理の品定めの方が重要だった。
ひとり暮らしの身だからね。
帰って料理するのも面倒くさいし、お腹をいっぱいにして帰りたい。
これはとても切実な問題。
私はいそいそと料理をひと通りお皿に盛りつけて、壁の隅のテーブルへと移動した。
隅っこは落ち着く。
人混みとヤニの匂いから離れ、私はカウンターから受け取ってきた2杯目のお酒をテーブルの上に置いた。
綺麗な空色のカクテルの中で、氷がカランと涼しげな音を立てる。
お皿の上の唐揚げをお箸でひと口サイズにしながら、それなりに合コンというものを楽しんでいたら。
「ちょーっと! 美亜! せっかくの合コンなんだから! ちったぁ男と話そうよ!!」
勢いよく背中に温かい重みがのしかかってきた。
あたってるよ。胸が。
男の子なら、間違いなくウッハウハのFカップが。
周りの喧騒に負けないくらいの大きな声を、私の耳元で放ってきたのは友人の広川千夏。
動く度に、ボブカットの髪が甘い香りと共に頬に触れてくすぐったい。
「美亜のために連れてきたんだよ?」
「はいはい」
「せっかくのキレーな顔なのに『今まで恋愛したことない』とか言うから」
「はいはい」
謙遜するのが面倒くさかっただけで、別に綺麗うんぬんに同意した訳ではない。
ていうか、重い。
その胸には良い物がいっぱい詰まってて重いの千夏。
「あーあー。思った通りだ。何、ひとりで黙々と食べてるのさ、美亜は」
千夏をやっとの思いで背中から降ろしていると、華やかな縦巻きカールの我友人がもうひとりやってきた。
「涼子! 美亜ったら、男の子より唐揚げにご執心なんだよ? 何とか言ってやってよ……」
千夏に促され、涼子――安西涼子が呆れた眼差しをこちらに向けた。
ラメの入ったエメラルドグリーンのアイシャドウの上で、ふっさふさと羽ばたく睫が優雅で鳥みたい。
「ほら、美亜ももっとさ!」
「出会いを楽しもうよ」
「「ね」」
千夏は胸元にシャーリングの入った小花柄のフリルのワンピース、涼子はピンクのサテン地に黒のチュールレースを重ねたセクシーなワンピース。小柄だけど二人が並ぶと華やかで存在感がある。
大学に入った頃から仲よくしているけれど、千夏も涼子も近頃本当に綺麗になったなぁと思う。
二人には最近彼氏ができた。
恋は人を変えるような魔力がある。らしい。
彼が家庭らしい子が好きな千夏は、今までやりもしなかった料理を始めた。
彼に美味しいと食べてもらえるのが嬉しいらしく、肉じゃがなどの定番のおふくろの味から、女の子らしい焼菓子まで。
失敗した分は食べさせてもらえるのだけれど、日に日に分け前が少なくなって。
あぁ、上達してるんだなぁと思った。
涼子はびっくりするような男言葉を一年かけて必死で直した。
男兄弟に混じって逞しく育った涼子は、幼い頃から男の子に間違われてきたことにコンプレックスがあったみたいで、今は人一倍おしゃれとささいな仕草に気を使っている。
恋には何かを頑張らせてくれる魔法のような強い力がかかっている。らしい。
うらやましいな、と思う。
私には何かを頑張る目標も、好きな人もいないから。
「美亜はねぇ、あまり感情を出さないし、美人だからねぇ。高嶺の花っていうか、近寄りがたいって男性陣は思ってるんだよ」
「そうそう、女の子は隙がなくちゃぁね」
うんうん、と頷き合う二人。
そんなこと言われても。
「いっぱい話せば! 男の子達の美亜のイメージ変わると思うから!」
ぐいぐい腕をひっぱられて席を立たされる。
一番盛り上がっている輪の中に連れて行かれ、ドン! と背中を押された。
『恋をしたい人☆全員集合』
うん。
明らかに私――浅木美亜がここにいるのは場違いだと高らかに宣言されている。
ポップな字体で書かれた垂れ幕が目の前に貼りだされていて、私は何とも居心地の悪い気持ちになった。
ここは、小さな貸し切りのレストランバー。
アンティーク調の落ち着いた色合いの店内は、薄暗く温かみのある明りがマッチしていてお洒落な雰囲気。
壁際には各自で取り分けられるように、大皿に載ったサラダや揚げ物、パスタなどの軽食が並んでいて、カウンターに行けばメニューの中から好きなお酒をオーダーできる仕組みになっている。
構内でよくすれ違う人、講義でたまに見かける人、年齢的にOBとしか思えない人、どうも他大から潜り込んできたんじゃないかと思う人……とにかく、色んな人――この垂れ幕の言葉を借りるならば、『恋をしたい人』達がわんさと集まって、食事もそこそこに談笑に興じている。
そんなわけで、前置きが長くなってしまったのだけど。
どうやら本日、私は合コンサークルというものに潜入してしまっているらしい。
自覚はあまりない。
どちらかと言えば現状は、男の子よりも並べられた料理の品定めの方が重要だった。
ひとり暮らしの身だからね。
帰って料理するのも面倒くさいし、お腹をいっぱいにして帰りたい。
これはとても切実な問題。
私はいそいそと料理をひと通りお皿に盛りつけて、壁の隅のテーブルへと移動した。
隅っこは落ち着く。
人混みとヤニの匂いから離れ、私はカウンターから受け取ってきた2杯目のお酒をテーブルの上に置いた。
綺麗な空色のカクテルの中で、氷がカランと涼しげな音を立てる。
お皿の上の唐揚げをお箸でひと口サイズにしながら、それなりに合コンというものを楽しんでいたら。
「ちょーっと! 美亜! せっかくの合コンなんだから! ちったぁ男と話そうよ!!」
勢いよく背中に温かい重みがのしかかってきた。
あたってるよ。胸が。
男の子なら、間違いなくウッハウハのFカップが。
周りの喧騒に負けないくらいの大きな声を、私の耳元で放ってきたのは友人の広川千夏。
動く度に、ボブカットの髪が甘い香りと共に頬に触れてくすぐったい。
「美亜のために連れてきたんだよ?」
「はいはい」
「せっかくのキレーな顔なのに『今まで恋愛したことない』とか言うから」
「はいはい」
謙遜するのが面倒くさかっただけで、別に綺麗うんぬんに同意した訳ではない。
ていうか、重い。
その胸には良い物がいっぱい詰まってて重いの千夏。
「あーあー。思った通りだ。何、ひとりで黙々と食べてるのさ、美亜は」
千夏をやっとの思いで背中から降ろしていると、華やかな縦巻きカールの我友人がもうひとりやってきた。
「涼子! 美亜ったら、男の子より唐揚げにご執心なんだよ? 何とか言ってやってよ……」
千夏に促され、涼子――安西涼子が呆れた眼差しをこちらに向けた。
ラメの入ったエメラルドグリーンのアイシャドウの上で、ふっさふさと羽ばたく睫が優雅で鳥みたい。
「ほら、美亜ももっとさ!」
「出会いを楽しもうよ」
「「ね」」
千夏は胸元にシャーリングの入った小花柄のフリルのワンピース、涼子はピンクのサテン地に黒のチュールレースを重ねたセクシーなワンピース。小柄だけど二人が並ぶと華やかで存在感がある。
大学に入った頃から仲よくしているけれど、千夏も涼子も近頃本当に綺麗になったなぁと思う。
二人には最近彼氏ができた。
恋は人を変えるような魔力がある。らしい。
彼が家庭らしい子が好きな千夏は、今までやりもしなかった料理を始めた。
彼に美味しいと食べてもらえるのが嬉しいらしく、肉じゃがなどの定番のおふくろの味から、女の子らしい焼菓子まで。
失敗した分は食べさせてもらえるのだけれど、日に日に分け前が少なくなって。
あぁ、上達してるんだなぁと思った。
涼子はびっくりするような男言葉を一年かけて必死で直した。
男兄弟に混じって逞しく育った涼子は、幼い頃から男の子に間違われてきたことにコンプレックスがあったみたいで、今は人一倍おしゃれとささいな仕草に気を使っている。
恋には何かを頑張らせてくれる魔法のような強い力がかかっている。らしい。
うらやましいな、と思う。
私には何かを頑張る目標も、好きな人もいないから。
「美亜はねぇ、あまり感情を出さないし、美人だからねぇ。高嶺の花っていうか、近寄りがたいって男性陣は思ってるんだよ」
「そうそう、女の子は隙がなくちゃぁね」
うんうん、と頷き合う二人。
そんなこと言われても。
「いっぱい話せば! 男の子達の美亜のイメージ変わると思うから!」
ぐいぐい腕をひっぱられて席を立たされる。
一番盛り上がっている輪の中に連れて行かれ、ドン! と背中を押された。
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