上 下
8 / 17

7

しおりを挟む
「もう。貴方のせいで変なこと言ってしまったわ」
宿のソファーに座ると、綺羅は野次馬に対して放った一言を後悔していた。
「そうか」
シアンは無表情のまま答える。
綺羅は妖魔と人では感覚や考え方が違うことを思い出して、シアンに八つ当たりするのを止めた。
野次馬を退散させた後、宿に入ると騒ぎを知っていた主人は1ガルル紙幣を見せると心得たように、最上階を丸々使った部屋に案内してくれた。
ドアを開けるとソファーセットがあり、少し離れた所にはダイニングテーブルセット、その奥には寝室になっておりベッドが2つと小さなタンスと机、さらに奥には風呂が付いていた。
帝都周辺は水道が整備されているので蛇口を捻れば水が出る。しかし、お湯は沸かさなければならない。
「お風呂を使うときはお声掛けください。湯を運びます」
主人はそう言ったがシアンが断った。
「龍使い殿は火を操ることができる。水が出るなら十分です」
シアンが無表情で言うと主人は恐れ入りましたという顔をして「これは失礼しました」と平謝りをした。
綺羅は文句を言いたかったが、下手なことを言ってシアンが妖魔だとバレる訳にはいかないと口をつぐんだ。
「ところで、お風呂に入りたいのだけど」
綺羅が声を掛けるとシアンは無表情の顔を向ける。
「まさか、本当に赤龍に湯を沸かせというわけではないわよね。私はそんなふうに龍を使うつもりはないわ。万能な妖魔さんならお湯ぐらい簡単に沸かせるわよね。ついでに、侍女も欲しいわ。簡単よね?」
綺羅がわざと意地悪な言い方をするが、シアンは気がついていないのか小さく「わかった」と答えた。そして、指を鳴らすとお仕着せを着た女が現れた。
「ご希望の侍女だ。好きに使え」
突然、目の前に女が現れて綺羅は目を疑う。
「人なの?」
「妖術でできた人形だ。心配するな。言葉も話せる」
「そう」
綺羅が侍女を見ると侍女は王族に対する礼をする。
「よろしくお願いいたします。姫様」
「えぇ。お願いね」
綺羅はなんとなく落ち着かない気持ちで答えると、侍女は何も指示していないのに、綺羅の荷物を解き、風呂の支度を始めた。
綺羅はいぶかしげに侍女を見ながら、妖術でできた人形なのだから、人間の侍女と違って当然だと言い聞かせる。
「ねぇ、さっきのグリフォンって私を狙っていたのよね」
ずっと疑問に思っていたことをシアンに訊ねた。
「あぁ。行方不明者の捜索を始めたことを知った妖魔が仕向けたのだろう。恐らく腕試しだ」
今まで何を訊ねてもはぐらかしていたシアンがまともに答える。
「腕試し?」
綺羅は首を傾げた。
「自分の暇つぶしになるか、試されたのだろう」
「暇つぶしって・・・・・・」
酷い、と綺羅は思う。だが、妖魔からすれば人間は暇つぶしの玩具に過ぎない。
「あそこで青龍を出さなかったのは良かったな。相手に手札を全部見せていたら、この先闘えない」
「そうか。そうよね。でも、どうやったら相手が分かるのかしら」
「さあな」
結局シアンは綺羅が知りたいことについては答えてくれない。
そのことが無性に歯痒かった。
最上階を丸々使った部屋だが、王女の綺羅から見れば簡素な部屋でしかない。
そんな部屋で食事するのは味気ないと食堂へ夕食を食べに行くと、龍使いを珍しがった客達からミュゲの街では短期滞在者は公衆浴場に行くものだと教えられた。
公衆浴場と聞いてお姫様育ちの綺羅はゾッとした。
そして、綺羅は風呂付きの部屋を貸してくれた主人の好意に感謝した。
夕食後、綺羅は食事や睡眠が必要のないシアンと侍女を寝室から追い出すと、少々狭く硬いベッドで眠りに入った。


綺羅は龍宮城の上空で龍宮王から指導を受けていた。
龍宮王が使う龍を相手に赤龍を操るが上手くいかず、綺羅は赤龍から振り落とされてしまう。
ドサっと庭に張られたネットに落ちた綺羅。
しかし、地上に降りた龍宮王は手を差し伸べようとはしない。
「お前のような龍使いが妖獣に敗れて龍宮国の信用を失墜させるのだ」
龍宮王の言葉に綺羅は唇を噛む。
龍には手綱は付いていない。龍使いは龍との信頼関係が築けていれば、どんな攻撃を受けても落ちないのだ。
「何をしている。早く来い」
龍宮王は指笛で龍を天から呼び寄せる。
龍使いは道具を使って天から龍を呼び寄せるのである。
六角柱に龍を棲まわせ、呼びかけるだけで龍が現れるのは綺羅だけだ。
龍宮王は龍に乗るとスッと空へ昇る。
「赤龍」
力なく赤龍を呼ぶと心配そうな目をした赤龍が綺羅に背を見せる。
綺羅は赤龍との意思疎通ができており、信頼関係が築けていると思っていたのだが・・・・・・。
他の龍使い達がどのように龍と意思疎通をしているのか、信頼関係を築いているのか綺羅は知らない。
綺羅には龍使いの友達がいないからだ。
半妖で道具も使わずに大龍を呼び寄せる綺羅は、気味悪がられて誰も寄ってこない。
寄ってくるのは王女の肩書きに惹かれてくる人達ばかりで、信じるに足りない人ばかりだ。
「・・・・・・。大丈夫」
落ちた衝撃で肩や腰が痛い。肘からは血が出ているが手当をする時間はない。
「ボサッとするな。そんなことでは人々を救えないぞ」
綺羅は再度、龍宮王の龍に挑む。
赤龍が火を吐くが龍宮王の龍は結界を張って攻撃を躱す。
「どうすればいいの」
綺羅は考えるが何も思いつかず赤龍にさらに熱い炎を噴かせる。しかし、龍宮王の結界を破ることはできない。
そこへ、龍宮王が扱うもう1匹の龍が下から体当たりをしてきた。
「きゃあ」
赤龍より大きな体格の龍に体当たりをされて綺羅は赤龍から落ちた。
「人々を失望させるのは、お前のように浮かれている龍使いだ」
再びネットに落ちた綺羅に向かって上空から言い放つと、龍宮王は背を向けて上空へ消えた。
他の龍使いのことは褒めるが綺羅のことは褒めない。
褒めないだけならいい。
訓練の時以外に顔を合わせても目を合わせようとしない。そのうえ、失態を犯した龍使いの話になると「また、綺羅のような奴が・・・・・・」と、あたかも綺羅が失態を犯したかのように言うのである。
そんなに自分が嫌いなら引き取らなければ良かったのに、といつも綺羅は思う。
「姫様の龍が城に火を放った」
突然、誰かの声が耳に入った。
気がつくと龍宮城が炎に包まれていた。
「何故・・・・・・」
庭にいた綺羅を他の龍使い達が遠巻きに見ている。
「やはり妖魔の娘」
「龍宮王を殺した」
口々に言う言葉が綺羅に刺さった。
「違うわ。青龍。青龍。早く火を消して」
綺羅が何度も叫ぶが青龍は現れない。
「どうして・・・・・・。早くしないと・・・・・・」
炎が目の前に迫って来て息が苦しい。
「おい。起きろ」
バリトンの声が聞こえた。
「・・・・・・」
ハッとして目を開けると妖魔に戻ったシアンの顔が見えた。
「おい。大丈夫か」
「え・・・・・・。夢」
落とされた感触が今も身体に残っている。
綺羅は無意識に肘に目を遣るが、ネグリジェは綺麗なままだ。
「うなされてたぞ」
「そう・・・・・・」
額に手を当てるとびっしょりと汗をかいている。
「着替えた方が良い。風邪をひく。なんなら湯を沸かすか」
「着替えるだけでいいわ」
「わかった」
シアンが妙に優しい。それほど自分はうなされていたのだろうか。
綺羅は生々しい夢の感触を思い出して身震いをした。
その後も悪夢が綺羅を苦しめる日々が続いた。
日中は失踪した楽団員の家を回り、妖魔の痕跡がないか調べて回る。
1日に数件の家を回るので身体は疲れているが、眠れば妙に現実感のある悪夢を見てしまう。
綺羅は次第に眠ることが怖くなり、ベッドに入らずに侍女を相手に話をして時間を潰すようになった。
だが、侍女はシアンが作った人形のせいか、話は聞いてくれるが人間とは異なる感覚を持っているので、話が噛み合わない。
「こんな時、望月が居てくれれば・・・・・・」
疲れ切った綺羅は、つい乳母を恋しく思ってしまう。
「人間は眠らないと疲れが回復しないのだろう。いい加減、眠れ」
「大丈夫よ・・・・・・。眠った方が疲れるわ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

天牙の華~政略結婚から始まる復讐は、最強の【刀】に至上の恋を教える~

八重
ファンタジー
「俺の婚約者になれ」 主人公・涼風結月(すずかぜ ゆづき)は一条朔(いちじょう さく)にそう告げられる。 共通の敵である災厄の妖魔『朱羅(しゅら)』を倒すべく、偽装結婚をする二人はやがて互いに惹かれ合っていく。 「お前はすぐに逃げようとしなかった。そうしてほしかったんだろう?」 「仮の婚約者でこのようなこと恐れ多いのですが……、朔様の腕の中は心地よいです」 両片想いの二人はつかず離れずの関係を過ごすが、そこに朔の幼なじみの凛も加わって恋模様は一気に急展開を迎える── 復讐から始まった闘いの中で生まれる、自らの力の覚醒、暴走、そして愛。 【復讐(バトル)×和風純愛物語】開幕!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...