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映画の後

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話題は何を食べようかという話に切り替わって、円はシーフードドリアとクラムチャウダー、大木はピザにパスタ、フライドチキン、ドリンクバーも注文した。

「ねえ、大木くん。ボク、君に話してないことがあるんだけど…」
料理を運ばれてくるのを待っている間、円は切り出した。
「何ですか?」
大木が、ドリンクバーで入れてきたメロンソーダを飲み切った。
「ボクね、君と付き合うちょっと前まで、マッチングアプリとか使って相手を募って、夜の相手をしてお金もらってたんだ。まあ、要するに、売春してたんだよ」
これを言えば、別れようと考えるか、そうでなくてもある程度は距離ができるかもしれない。

大木の性格上、このことを会社に暴露する可能性は低いし、少なくとも「あの事件」の当事者であることがバレるよりはマシと考えたのだ。
「お金が必要だったんですか?」
「うん、それもあるね。あと、抑制剤を買うお金を節約するためってのもある。発情期が来た頃を見計らって、そのときに相手を探して、お金出して貰ってたんだ」
「俺、相手の過去について問い詰めるようなことしません。今はしてないんですよね?」
大木は円に告白したときと同じように、真剣な眼差しでまっすぐ円を見た。
「…うん」
これは事実だ。
大木が事あるごとに円に会いたがるせいで、相手を探す暇などとうの昔になくなっていた。
「じゃあ、いいじゃないですか」
大木が屈託なく笑ってみせた。
この反応では、「別れたい」という気持ちを芽生えさせるのは難しいだろうと、円は諦めた。

食事を終えてレストランを出た後は、駅まで一緒に歩いていくことにした。
「今度はどこに行きましょう?水族館?動物園?あ、ショッピングとかどうですか?」
パスタにピザ、フライドチキンの後、デザートにチョコレートケーキとパフェまで飲むようにペロリと平らげた大木は、軽い足取りで機嫌良さそうに歩いていた。
大木のこの大きな体は、あの旺盛な食欲によって作られたものだったのか、と円はひとり納得した。

「どこでもいいよ」
「どこでもってのが一番困るんですよー」
困ったような、それでいてどこか嬉しそうに大木が笑った。
「本当に、どこでもいいんだよ。大木くんが決めて」
本音を言えば、どこにも行きたくない。
ずっと家にいたいし、たまにセックスの相手をしてくれたら、それでいいのだ。
「あと、そろそろ「大木くん」って呼ぶのはやめてもらえませんか?名前で呼んで欲しいんです」
「わかったよ……知成くん」
仕方ないなと名前を呼んだ途端、大木が赤面した。

──笑ったり、キリッとしたり、赤くなったり、忙しい子だな

でも、何故だろう。
そんなところが、なんだか可愛いと思う気持ちが芽生えてきた。

「円?」
聞き覚えのある声に呼ばれて、振り返った後になって、円は後悔した。
振り返った先にいたのは45歳前後の男で、ほっそりした体を看護師白衣で包み、その上に黒いカーディガンを着ている。
首には青いスカーフが巻かれていて、円と同じように首全体を覆うような巻き方をしている。
「久しぶりだね」
男が円に微笑みかける。
「えっと、お知り合いですか?」
男と円を交互に見て、大木が不思議そうな顔をした。
男は親しげに話しかけてくるのに対して、円は不機嫌そうに顔をしかめている。
「その人、ボクの母親だよ」
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