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「普通」は人それぞれ

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「え?知成くん、両親は普通の会社員だって言ってなかった?」
「ええ、普通ですよ」
大木がテーブルの上に置いてあるお冷を手に取った。
円のものと同様に、ずっと放置していたせいで結露して濡れている。
「本社って、うちと違ってデカいとこだよ?そこの専務って…君のお父さん、すごい人じゃん。それなら知成くんの実家、太い方じゃないの?」
「いや、普通に会社で働き続けてたら、立場も上がってくるし、専務になることだってあるでしょう?実家はぜんぜん余裕ないですよ。俺を大学に入れるために塾だの参考書だの買うのにも苦労しましたし。前にも言いましたけど、妹が大学生だから、今はその学費で生活ギリギリだし…」
父親はそこそこに大きな会社の専務で、子ども2人を大学に入れられるほどの経済的余裕がある。
円から言わせてもらえば、それは決して「普通」とは言えない。
しかし、よくよく考えてみれば、何をもって「普通」とするかは人それぞれだ。

円のオメガという性、殺人事件の関係者という立場、3歳以降は片親育ちという生い立ちは、大半の人からしてみれば「普通」とは言いきれない。
しかし、円本人はそれを当たり前として生きてきたから、成人する少し前くらいまで、それが「普通」だと思っていた。
大木も同様なのかもしれない。
塾に通わせてもらい、参考書を買ってもらい、大学に進学する。
それが大木にとっての「普通」なのだ。 


「あの、ひょっとして余計なお世話でしたか?あのとき、俺はあのとき、でしゃばらない方が良かったですか?」
大木が突然、不安げな顔になって聞いてきた。
「いや、大木くんと知智さんが何も言わなかったら、ボクは常務に言われっぱなしで、何も言えなくてジーっとしてただけだと思う」
「…そうですか、よかった。知智さんも俺も、あんなことすべきじゃなかったのかもって、すごく考えてたんです」
大木が安堵のため息を漏らした。
「にしても、お父さんが本社の専務ってすごいね。末端の支社の人事変えられるんだもん」
「いや、さすがに専務の気持ちひとつじゃ難しかったみたいです。母親が向こうの人事部の部長でして…それで何とか根回しできたらしいんですよ」
「お母さんもすごい人じゃん」
大木の母は普通の会社員であると聞いていたので、円はまた驚いた。
「まあ、昔は妊娠したのをきっかけに仕事辞めさせられて、キャリア積むのを諦める女の人が多かったみたいだから、相当がんばってたんだとは思います」
「つまり、子ども産んで、子育てがひと段落して、そこから復職したってカンジ?」
「そうです」
「知成くん、お母さんもすごいね」
それが率直な感想だった。
ブランクのあるベータの女性が部長に昇進するとなると、かなり苦労したであろうことが容易に想像できた。
責任ある重要な地位なのだ、並大抵の努力ではとても就けまい。
「そうですね。このへんはホント、尊敬しますよ。俺も頑張らないと!」
大木が屈託なく笑ってみせる。
家族や兄弟姉妹がどんな仕事に就き、どんな人生を歩んできたか、こうもあっさりと話す大木を見て、やっぱり大木と自分は違うのだな、と円は思った。

円は自分の家族の話など、まともにできたためしがない。
放埒という言葉が服を着て歩いていたような父と、その父を上手く利用して、数ある愛人たちを尻目に勝ち誇ったような顔をする母。
腹違いの兄弟姉妹が30人前後いるが、大半は名前も顔も知らない。
今どうしているかさえ知らないし、知ろうという気持ちさえ湧かない。

大抵の人はこれを「異常」というのだろうが、これが円にとっての普通だった。
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