【完結】オメガの円が秘密にしていること

若目

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片想い

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恋焦がれてきた相手の小さな背中を見送ると、大木はその場にへたり込んだ。
「まいったなあ…」
人生、思い通りにはいかないし、思わぬ落とし穴にハマることもある。

大学を卒業し、就職して2ヶ月で会社が潰れてしまうことなど誰が考えるだろう。
その旨を父に伝えたところ、その父の口利きで、縁故採用にも近い形で別業種の会社に勤めることになった。
「アルファだってこと、周りの人には言わないようにしとけ。自分の力で出世しても、アイツはアルファだから優遇されてるんだとか、変なやっかみに遭うかもしれないから」
入社前、父にそう釘を刺された。


通常、アルファは両親もしくは親のどちらかがアルファというケースがほとんどなのに対して、大木はベータの夫婦から突然変異的に生まれたアルファだった。
教育熱心な母の努力の甲斐もあって、3歳で読み書きや九九をマスターし、スポーツにおいても他の子より遥かに抜きん出た実力をみせていたし、15歳のときにアルファであるとの診断が出たとき、周囲は満場一致で「そうだと思った」と告げた。
周りは大木がアルファだと知るや、これでもかというほど持て囃したが、母は違った。
「いい?アンタは人よりできることがたくさんあるわ。でも、たまたまそう生まれついただけなの。できない人をバカにしたり、自分は特別なんだって勘違いするなんて、1番やってはいけないことよ。アルファであることを誇ったり、心の支えにするような人には、絶対になったらダメ」
「わかったよ、母さん」
そもそも、自分がここまでできたのは母の教育の賜物だ。
両親ともに普通の会社員で、家計に余裕があるわけではないのに、本や参考書なんかの教材を惜しみなく買い与えた父にも感謝すべきだと、大木は思っている。
2人の努力のおかげで、高校も大学も日本有数の難関校に入れた。
更には、父は知り合いの会社に自分を紹介して、仕事先の面倒まで見てくれたのだ。
そうなれば、その恩に報いるため、できることをとことんやるだけだ。

新しい職場に対して不安はあったものの、存外やりやすい職場だったし、周りの人はすぐに自分を気に入ってくれた。
大木も職場の人のことが大好きになったし、中でも教育係の富永円には、職場の先輩としてもアルファとしても惹かれるものがあった。

円は大木の6つ歳上の先輩で、常に大きな黒縁メガネとマスクをつけ、首にはタオルを巻いている。
説明は丁寧でわかりやすく、仕事もできるから、周囲からの評価も高い。
先輩の小市さんは彼を陰気だとか無愛想だとか言って苦手意識を感じているようだが、大木はそこにミステリアスでアンニュイな魅力を感じた。
少なくとも、媚びるような態度を取る女性社員や、オメガの軽井沢よりは好感が持てる。

小市さん曰く、彼が首にタオルを巻いているのは、首を痛めないようにするためのサポーター代わりだそうだ。
マスクをしている理由は小市さんも知らないらしい。

──どんな顔してるんだろう?

大木は10代の頃から、マスクをした人に惹かれる傾向があった。
顔の大半が隠れている人は、みんな美しく見えた。
マスクの下にどんな顔が隠れているのか、なぜマスクをしているのか、それを知りたいという好奇心が湧いてくるのだ。
それこそ、食事時にマスクをはずしたときに露わになった円の顔は、今まで会った人の中で一番美しかった。
ふっくらした唇、細い鼻梁、シミひとつないすべすべした頬。
あまりに美しかったから、ついほーっと見つめてしまった。
「ねえ、ボクの顔になんかついてる?」
見つめ過ぎて、少し機嫌を損ねてしまったらしい。
顔にコンプレックスを感じている人は、マスクをして顔を隠す傾向があるようだが、あれほど美しい顔で何を気にすることがあるのだろう。
「いえ…その、キレイな顔されてるなーって。その、なんでマスクしてるんですか?」
疑問に思って聞こうとすると、世話焼きな女性社員たちに会話を遮られてしまって、結局のところ、マスクをしている理由はわからずじまいだった。
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